あるタカムラーの墓碑銘

高村薫さんの作品とキャラクターたちをとことん愛し、こよなく愛してくっちゃべります
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豆腐とがんもどきを取り違えるような男の話は、私なら信用しません (単行本版p62)

2007-10-12 00:18:53 | マークスの山(単行本版改訂前) 再読日記
『作家的時評集2000-2007』(朝日文庫)は、買ったその夜から読んでいます。各年ごとにコラムがまとめてあり、年毎の冒頭に簡単な年表がついています。例えば、2000年にはどんな出来事があったのか、これで分かるようになっています。
そういえば、この年にはまだ高村作品には出合っていなかったんだよなあ・・・。21世紀から読み始めた、「遅れてきたファン」ですので。

9日夜は2コラム、10日夜も2コラム読みましたが、その中では「グリコ・森永事件の時効成立」について書かれた内容が、非常に興味深かったです。特にラストの部分、『レディ・ジョーカー』 (毎日新聞社)を読まれた方なら、ニヤリとするかもしれませんね。

***

2007年10月10日(水)の単行本版(改訂前)『マークスの山』 は、一  播種のp46から二  発芽のp87まで読了。

今回のタイトルは、合田さんの迷言に近い発言から。まあ、豆腐とがんもどきが分からない岩田幸平さんが、悪いのですけどね。
ちなみにマークスくんは「がんもどき」を渡してました。(p71参照)

さんざん迷った挙げ句、合田さん・加納さんを個々に取り上げることは、やめました。キリがないのと、あれこれ凝りすぎてしまうきらいがあることにようやく気づきましたのですよ(←遅いわ) ご了承下さいませ。
いずれは「キャラクター考察」というカテゴリを設けて、じっくりやってみたいなあと、実はブログ開設した時からずーーーーーーっと思っていまして。カテゴリだけは設定していますが、未だに公開しておりません(苦笑)


【今回の警察・刑事や、検察・検事に関する記述】

★自供した犯人が密かにくわえていたもう一つの獲物を見落とした……。それが事実なら即、刑事生命の終わりだった。ありえない失態だった。 (p50)

これは佐野警部のことなのですが・・・。ネタバレ。 これは後々の合田さんにも、当てはまる出来事なのですよね。マークスくんの犯歴を見逃していたのだから。特に文庫版の方が容赦なかったです。 


【今回の名文・名台詞・名場面】
今回読了分の大部分を、合田さんがさらってしまった(苦笑)

しかし現在進行形で『太陽を曳く馬』を読んでいるせいか、合田さんが若い! 若すぎる! 30代前半の男性なんだもんね、当然か。30代前半の合田さん、なかなか新鮮です。♪とーれとっれ、ぴーちぴっち♪(カニ料理か)

★その入口の門の前に、白い乗用車が一台止まっていた。男が一人、ボンネットに尻をひっかけていた。白い開襟シャツのその男は、薄明るい空を仰いでタバコを吸い、指先で燃え尽きた灰を弾き飛ばすと、その指で、スラックスの膝に散った灰をはたいて、また残りのタバコを吸い始めた。こちらに顔を向けると、ちらりと炎天の日差しを貫く眼光が光った。「おい」と言う。 (p52)

合田雄一郎さん、初登場の場面。文庫版と大分違いがありますねえ。

★歳のころは三十前後か。未だ青年の面影が残る細面の造作にはこれといって特徴もないが、圧倒的な男盛りの艶と気迫を感じさせる顔だった。その顔とともに、短く刈った髪も開襟シャツもスラックスも、その下の白いズックも、清潔で冷たい石を思わせた。その一方で、タバコをいじる無造作な指や、ぶらぶら揺すっている足が、硬質な風貌とは対照的な仄暗い不穏なリズムを作っているのが、何とも言いがたい第一印象だった。 (p52)

★「あとにしてくれて言うたやろ」
男は突然、関西言葉を洩らした。物静かで暗く、底堅い響きだった。佐野は無意識に緊張した。なぜか、細く切り立った岩稜のように人を畏怖させるものがある。同行の巨漢の刑事がひたすらでかい仙丈ヶ岳の山塊なら、こちらは北穂・槍ヶ岳間の大キレット、あるいは北鎌尾根の垂壁だ。
 (p53)

★豆腐とがんもどき。合田というのは、相当の切れ者らしいがどこか破れている。 (p62)

最初からここまで全部、佐野警部の視点なんですよね。それが全て読み手にビンビン伝わって、「合田雄一郎」という人物像が浮かび上がってくるから、凄い。

★疲れがたまってくると余計なことを考える前に、いつも本庁の武道場へ足を運ぶ。若手を相手に地稽古をやり、今夜はたまたま相手が全日本選手権の経験者だとは知らず、したたかに打ち込まれたが、欲も得もなく疲れ切ると、安堵のようなものを覚える。あとは四日間履きっ放しだったズックと身体を洗い、密かに飢えていた脳味噌にウィスキーを流し込んでやるだけだった。 (p66)

中途半端になっている文庫版の再読日記 で、「1ヶ所だけ、単行本版と違っているところがあります。さて、どこでしょう?」と記しました。お解かりになりましたか?

★年に数回、忘れたころに手紙をよこす男がいる。高校・大学時代の友人。義兄。地方検察庁検事。いろいろ肩書はあるが、十四年も付き合っていると、相手が手紙をよこす理由など、もはやどうでもよくなってくる。ただし、その男の手紙は、普段は筆不精で賀状一枚書かない怠け者に、曲がりなりにも数行の返事をしたためさせる特別な力を持っていた。 (中略) 
男は加納祐介といった。
 (p66)

義兄の存在が初めて明かされたところ。何度読んでも、ここはどきまぎする私は、今さら言うまでもなく加納さん派です。

★『先日、頭蓋骨から復顔された顔写真なるものを見る機会があった……』などと続いていた。
『……あれは実に醜悪だった。そもそも土に還った肉体の復元などというものは、モンタージュ写真とは完全に別種のものだと思う。あの生々しい凹凸のある粘土の顔を前にしたら、誰しもおのれの知力に危機感を覚えるだろう。目前で形になっているばかりに、あの似て非なる別物があたかも本物のように思えてくるのは、これこそ人知の限界というやつだ。』
 (p66)

★新年早々、何ということを書いてよこす奴だと思いつつ、合田は加納の若々しい美貌を思い浮かべた。一人一人が独立した国家機関である検察官の建前が、加納という男の中では名実ともに生き続けている。その結果の若白髪だが、あと十数年我慢すれば、それも美しいロマンスグレーになるだろう。同じように私生活は最低だが、貴様の方がまだマシだと思いながら、合田は、四日分まとめて呷ったウィスキーの勢いで、拙い返事を書いた。 (p67)

義兄の手紙の内容と、読んだ合田さんの反応が興味深い。
「貴様」と悪態ついてますが、これも今では新鮮に感じますねえ。当人を目の前にしての呼び方は、「あんた」呼ばわりが96%、「祐介」が4%だもん。

★『……小生の方は、先日は、口論のあげくに同級生をナイフで刺し殺した中学生の取調べに立ち会って、こんな事件を未然に防ぐ力は警察にはないことを痛感した。家裁に送致したが、それで少年のかかえる問題が片づくわけではない。 (中略) 小生には、先日のような子供の事件一つの方が公安のご大層なしかめっ面よりはるかに身近で深刻だ。足元のぬかるみを気にしているうちに、社会はどんどん悪くなっていく。目を据えるべきところに据えて、小生も貴兄も貴重な時間と神経を浪費しないことだ……』 (p67)

「口論のあげくに同級生をナイフで刺し殺した中学生」の事件が、ここ数年で「よくあること」になりつつあるのが、怖い。

★合田は誰の目も気にしなかった。一分やそこらの時間を、自分のために割くのは平気だった。他人のデスクに足を上げて、純白のズックの紐を結び直した。新品ではないが、よく洗ってあった。
用心し、叱咤しなければならないのは他人ではなく、自分自身の心身だ。
 (p84)

出動前の、「刑事・合田雄一郎」の儀式と心構えとでもいいましょうか。

★それだけぼんやり考えた後、合田雄一郎は音一つなく立ち上がった。
三十三歳六ヵ月。いったん仕事に入ると、警察官職務執行法が服を着て歩いているような規律と忍耐の塊になる。長期研修で所轄署と本庁を行ったり来たりしながら捜査畑十年。捜査一課二百三十名の中でもっとも口数と雑音が少なく、もっとも硬い目線を持った日陰の石の一つだった。
 (p84~85)

ここを読むたびにいつも気持ちが高揚する私。「やったあ~!」とガッツポーズしたくなるんですよね。これほど「刑事・合田雄一郎」を正確に描写している部分は、ないと思うの。



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