青色鉄道模型運転会

一宮市青色申告会ホールで開催されている、鉄道模型運転会公式ブログです。Xアカウントは@railaoiro138a

妙高高原に行きました(1)

2015-10-24 21:00:00 | 日記
皆様、こんばんは。
事務局です。

24日の妙高市内は、午後から風が強くなりましたが、晴れの良い天気でした。

本日は、新潟県妙高市にお邪魔しました。

自動車で訪れ、時間に余裕がありましたので、妙高高原駅、妙高温泉街、池の平温泉街も訪れてみました。

まず、旧JR妙高高原駅です。

北陸新幹線開通により、妙高高原駅は、JR信越本線の駅ではなくなりました。

妙高高原駅を境に、新潟寄りは、「えちごトキめき鉄道・妙高はねうまライン」に、長野寄りは、「しなの鉄道・北しなの線」に移管されました。

駅は、えちごトキめき鉄道が管理する駅となりました。

JR(旧国鉄)妙高高原駅といえば、上野発の、特急「あさま」号、「白山」号、名古屋発の急行「赤倉」号が運行されていた頃、駅舎内や駅前は利用客で賑わっていました。

上野行きの特急列車が到着する直前になりますと、「みどりの窓口」には、利用客の長い列ができていました。

駅構内では、旧石田屋(石田商店)様が駅弁を販売されていました。

利用客減少により、急行「赤倉」号は廃止され、長野新幹線開業後、上野発の特急列車も廃止されました。

そして本年春、北陸新幹線が開通し、JR駅から、地方のローカル駅に仲間入りした、妙高高原駅は、悲しいぐらい、寂しかったです。

駅舎内をのぞくと、「みどりの窓口」が廃止されて、広い駅舎内が、利用客が少ないことから、本当に広く感じました。

駅弁販売もなくなっており、聞いたところ、駅弁を製調・販売されていた、旧石田屋様は、駅弁の販売量が減り、2011年に廃業されたそうで、駅前にあった石田屋様の建物(酒屋様の隣)は取り壊され、さら地になっていました。

救いだったのは、駅北側に設けられた、バスターミナルや観光案内所が健在だったことでした。

駅から高台に上がるとあります、妙高温泉街に訪れてみますと、駅の衰退と同様の歩みをたどっていました。

ただし、関川共同浴場「大湯」様は健在でした(銭湯好きはレッツゴーです)。

加えて、同じ関川地内、星野公園内にあります、日本最古と言われる、「スキー神社」様も健在でした。

高校生の頃から神社巡りをしている私(寺西)ですが、スキー神社様は、たいへんに異色です。

スキー事故が減ることを祈願する神社で、祭神の中には、神様の他に、日本初のスキー事故で亡くなられた酒井様という方が入っていることが特記されます。

歴史は、1932(昭和7)年、現在は、妙高中学校グラウンドになっているという、「殿下スロープ」に建立されたそうですが、雪崩により本殿が倒壊してしまった、とのことです。

倒壊後、関係者のご尽力により、1941(昭和16)年に、同公園内に神社は移転し、再建立されたそうです。

鳥居の他、木造社殿もあります。

さてお昼になりましたので、昼食をとることになり、飲食店を捜しました。

捜し求めて入ったお店が、国道18号線沿いにありました、「食堂竹内(たけうち)」様でした。

典型的な、地元の人が利用する、地域密着型の飲食店です。

お邪魔しますと分かりますが、周りには、廃業された飲食店が目に付きます。

私は写真の、ミックスフライ定食(※)をいただきました。

※平日はランチがあります。

次回に続きます。

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