10月26日アンクルジョージナオぺさん 没後10周年。
私に「カイノア」というニックネームを付けていただいたジョージナオぺさんは、
2009年10月26日にお亡くなりになりました。今年2019年10月26日の本日、没後10周年になります。
ナオぺさんとは数々の思い出があります。
20年近く前になるかもしれませんが、佐藤真砂美さんと銀座タクトでライブを行った日、ナオぺさんが見に来られて、
ワンステージ目終了後、「お前の名前決めた。カイノア・カオルだ。」と言われました。
私が「え!??本当ですか?どういう意味ですか?」聞くと、
「お前のギターは、まるで寄せては返す波のようだからだよ。」
と身振り手振りで説明してくれたのです。本当にうれしかった。
それから何度もお会いする機会があり、仙台のフラハラウ:Hui Lehua(設楽カへアラニ洋子さん主宰)のメレフラパーテイに一緒に演奏しに行った事もありました。
渋谷のバッキーで何度かお会いした時、ナオぺさんは私の前で突然オリを唱え始め、自分が指にはめていた指輪を私の指にはめてくれたのです。これにはとても驚きました。
ハワイでもクプナフェスティバル、
ハワイミュージックアワード:レガシーアワードの時もお会い出来てうれしかったです。
その他、数限りなく、いろいろな事がありました。
ナオぺさんの遺伝子を継ぐ人はハワイに限らず、
日本人の方で沢山います。
フラの方、プレイヤーの方・・・。
私もそうですが、ナオぺさんと出会えた事を生涯の誇りにしている方は多いのではないでしょうか。
きっとそれぞれの方がナオぺさんと共有した時間の中で何かを感じ、とても大事な事を得る事が出来たのだと思います。
メリモナーク・フラ・フェステイバルを立ち上げ、ハワイでは日本でいうなら「人間国宝」のような存在の偉人ナオぺさん。
今後も私は自分が得た事を、若いミュージシャンや
スクールの生徒さん達に伝えていきたいと思っております。
私に「カイノア」というニックネームを付けていただいたジョージナオぺさんは、
2009年10月26日にお亡くなりになりました。今年2019年10月26日の本日、没後10周年になります。
ナオぺさんとは数々の思い出があります。
20年近く前になるかもしれませんが、佐藤真砂美さんと銀座タクトでライブを行った日、ナオぺさんが見に来られて、
ワンステージ目終了後、「お前の名前決めた。カイノア・カオルだ。」と言われました。
私が「え!??本当ですか?どういう意味ですか?」聞くと、
「お前のギターは、まるで寄せては返す波のようだからだよ。」
と身振り手振りで説明してくれたのです。本当にうれしかった。
それから何度もお会いする機会があり、仙台のフラハラウ:Hui Lehua(設楽カへアラニ洋子さん主宰)のメレフラパーテイに一緒に演奏しに行った事もありました。
渋谷のバッキーで何度かお会いした時、ナオぺさんは私の前で突然オリを唱え始め、自分が指にはめていた指輪を私の指にはめてくれたのです。これにはとても驚きました。
ハワイでもクプナフェスティバル、
ハワイミュージックアワード:レガシーアワードの時もお会い出来てうれしかったです。
その他、数限りなく、いろいろな事がありました。
ナオぺさんの遺伝子を継ぐ人はハワイに限らず、
日本人の方で沢山います。
フラの方、プレイヤーの方・・・。
私もそうですが、ナオぺさんと出会えた事を生涯の誇りにしている方は多いのではないでしょうか。
きっとそれぞれの方がナオぺさんと共有した時間の中で何かを感じ、とても大事な事を得る事が出来たのだと思います。
メリモナーク・フラ・フェステイバルを立ち上げ、ハワイでは日本でいうなら「人間国宝」のような存在の偉人ナオぺさん。
今後も私は自分が得た事を、若いミュージシャンや
スクールの生徒さん達に伝えていきたいと思っております。