宮地嶽古墳 (福岡県)
胸形徳善(この地域の大首長、天武天皇の妃である尼子娘の父)の墓とされる。7世紀初頭に築造されている。天武天皇の親戚であるだけでなく海運を業として全盛を築いているようだ。埋葬品の殆どが国宝に指定されているとのことでどれだけの力を持っていたのか。径34m、石室長22mとあり、玄室が中心に無いことが判るから径の長さは間違っているのではないか。我輩は50年前中学生の時林間学校で初めて古墳に接したのがここだった。また、石室に入った時の記憶はいまだに生々しいのである。今では簡単に入ることが出来ないのが残念だがな。
当該ブログの記事は令和5年4月19日から26日までである。
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