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街道を歩く

今まで歩いた街道、町並み、これから歩く街道、町並みを散文的に紹介

阿武町奈古

2007-10-08 10:15:10 | 街道関連
この地名を見てどれだけの人がここだと判るであろうか。
この地は山口県萩市より国道191号を約10キロ北上したところに位置する。この191号が味気なくこの地を縦断し、あっと言う間に過ぎていくため存在すら気づかないように思われる。ところがである。
 奈古駅前の道から海側に約200メートルも行くと、国道に並走した旧道にあたる。それを左に折れると私が期待していた風景が目の中に鮮やかに飛び込んでくるのである。勿論道の両脇にはその佇まいが残り、心を和ませてくれるのである。本道から分かれる路地を抜けるとそこはもう海、漁港となる。
 彼の地は山口県萩から島根県益田までの約60キロの北浦街道(この名は地図による)の中核を成していたと思われる。 
 車を置いて久しぶりに街道を歩くと心が弾むのだ。自分でもなぜか笑いが出る。いい気分である。そうして歩いていると、後ろから母が声を掛けて来た。人の家の玄関前にしゃがみこんでしきりに手を伸ばして話しかけている。「柴犬がおるよ」
この一声で踵を返し見てみると、なんともはや、人懐っこいころころとした愛嬌のある柴がいる。思わず手を差し出すと嘗め回すは、甘噛みするは、前足でこっちにこいと催促するは、はては立って私を仲間のように歓迎してくれた。母はその仕草があまりにも可愛かったので「連れて帰りたいね」とも言ったくらいなのだ。(写真:柴)
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行ってきました

2007-10-08 00:00:04 | Weblog
本日10月7日父を連れて父を産んだ母の郷に行ってきた。目の黒いうちに連れて行くことが出来たらと悔やまれてならぬが没法子である。父が好きだった東海林太郎の歌を聞かせながら、もうすぐ着くからと言い聞かせながら、涙目になりながら車はそこを目指している。一番好きだった「国境の街」に変わったとき母の郷に着いたのである。偶然だ。いや父がそうしたのかもしれん。父の遺影を小脇に抱え、母親が産まれたであろうその地を父にしっかりと見届けてもらい、集落を一緒に歩いた。涙が溢れてとまらなかった。父は複雑そうな顔をしていたけれどやはり嬉しかったであろう。そして父も涙が溢れてとまらなかったにちがいない。
 この日はどんよりとした雲が頭を押さえ、雨男である父の本領を発揮する様相であったがそうはならなかった。ただ、帰路についてから嬉し涙であろう雨が降った。連れて来たかいがあったというものだ。この次は父を母のもとに帰してやらなければいけない。そして私も母も父のもとに行くのである。そして又何時の日か父が生まれ、母が生まれ、そして私が生まれるのである。今こうしていても涙が次から次へと溢れてきてとまらないでいる。べそをかくと父に怒られてしまう。
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