甚六ぶらぶら日記

岩手の穀潰し主婦・甚六の覚書

住吉神社・天満宮

2008-01-09 13:25:59 | 盛岡散歩
 松も取れた8日、お天気が良かったのを幸い、初詣第2弾(もはや「初」ではないのですが)として住吉神社と盛岡天満宮に出かけてまいりました。季節はあまり良いとはいえないものの、ひっそりした神社には清冽な空気があって、良いものです。



 ・住吉神社 




 鳥居が四本続きます。社殿の賽銭箱の右に見えるのは外したお飾り類。山のように奉納されていました。



 一年で一番寒い時期に近づいています。境内もひっそりしていました。



 ・盛岡天満宮  新庄町5-43

 学問の神様として知られる菅原道真公を祭る天満宮。時節柄、たくさんの絵馬が奉納されていました。



 この神社の境内にはたくさんの見どころがあります。例えば天神社特有の「飛梅」。まだ小さくて固いものの、確かに芽が育っている様子。
 そして「撫牛」。京都の北野天満宮の撫牛は背中がつるつるに光っていますが、こちらのはざらざらしています。まだまだ撫で甲斐がありそうです。
 


 この境内は中学時代の啄木のお気に入りの場所としても知られています。
 このなんとも言えない顔立ちの狛犬は、高畑源次郎という人物が明治38年に奉納したもので、これを愛した啄木が小説『葬列』に登場させ「石狛よ、汝も亦詩を解する奴だ。」「俺は生まれてきてから未だ世の中といふものが西にあるのか東にあるのか知らないのだ、と云つた様な顔だ。」と書いています。現在この狛犬はそれぞれ啄木歌碑の上に鎮座しています。




 ↑阿形の台座には「夏木立中の社の石馬も/汗する日なり/君もゆめみむ」と読めました・・・。


 ↑吽形の台座には「松の風夜晝ひびきぬ/人訪はぬ山の祠の/石馬の耳に」『一握の砂』にある歌です。



 ↑は銭湧石とか石割梅とか呼ばれるもの。



 ↑啄木歌碑。境内から少し斜面を降りたところに眺めの良い広場があり、啄木の歌碑があります。これは昭和8年建立の盛岡で最初の啄木歌碑であり、啄木の自筆から集字拡大した文字を自然石に刻んだもの。

 病のごと
 思郷のこころ湧く日なり
 目にあをぞらの煙かなしも

 この広場にはそり遊びをした跡がありました。散策するならもっといい時期に・・・。



 ↑社殿の屋根の上におそらく魔除けのためのナニモノカが。なんでしょう?こういうものが気になるのです。
 
 天満宮では10日11時からどんど焼きだそうです。