京都文化検定の勉強で、興味のあったことを少しお話します。
大報恩時にちなんだお話ですが。
本堂を造営する際、大工の棟梁であった高次が代りのない柱の寸法を切り誤ってしまい困っていた。それを見た妻のおかめが斗組を用いたらどうかとひと言アドバイスし、その結果無事に竣工させることができた。しかしおかめは女の提案で大任を果たしたことが知れてはと上棟式を待たずに自害してしまった。高次は妻の冥福を祈り宝篋印塔(おかめ塚)を建て、おかめの名にちなんだ福面を付けた扇御幣を飾ったとされる。その後、大工の信仰を得るようになり今日でも上棟式にはお多福の面を着けた御幣が飾られている。度重なる戦乱にも残った本堂とも結びつき厄除、招福のおかめ信仰につながっている。
マンマミーア