ヒルネボウ

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腐った林檎の匂いのする異星人と一緒 8 おばあちゃんが生まれる日

2020-10-19 13:14:55 | 小説

   腐った林檎の匂いのする異星人と一緒

      8 おばあちゃんが生まれる日

 

忘れたちゃったのかしら、今日という日がどんな日だったか。

(えっ、何、何)

ああ、忘れてたよ。大変。時間、ない。急がなくちゃ。朝御飯、食べたら、いいえ、その前に朝御飯を拵えて、ええ? 今からなんて、無理、無理。でもないか。ええっと、その前に、着替え。普段着じゃ、ねえ、あんまりよ、いくらなんでも。途中で花も摘まなくちゃなんないし。おっと、トースト、トースト。今日はジャムだけにしとこ。

みんなで行くって決めたよね。

(そうなんだ)

決めた、決めた。一度は生れてくれないとね、私の立場、ないもの。どうして、あの人たちが結婚する前に生まれてくれなかったのかな。無責任。いいえ、おばあちゃんじゃなくて、あの人たち。勿論、伯母さんもよ。

(誰)

やっと駅に到着。忘れ物はないかね。あるよ。でも、いい。どうにかなるさ。

(ポジティブ!)

駅前広場では芸人が独りきりで歌って踊って演奏をしている。歌の意味はわからない。異星人の言葉かもしれない。立ちどまる人はいない。顔の前にハモニカとカズー。手にバンジョー。踵から伸びる紐で背中のシンバルが鳴る。もう一方の踵は小太鼓。胸には洗濯板。靴底には発条がついていて、ぴょんぴょん。帽子の蓋が開くと郭公が飛び出し、三時を告げる。

(おやつ)

決まって三時。

(おやつ、おやつ)

駅前食堂には、殺し屋たちがいる。連中は笑いをこらえ、こそこそ、こそこそ、内緒話の真最中。今度は誰を殺す。誰でもいいのさ。誰でもいいのか、貴様でも。おう、やれるもんなら、やってみろや。

(やめさせてあげて)

轟音。

巨大な乗り物が入ってきた。

伯母さんたちは、ちぐはぐな衣装の姪を見て驚く。姪は殺されたはずだ。伯母さんの一人は、もう少しで失神。驚かれるとは覚悟してたけどね。誰かと一緒だとよかったのかな。誰かって? ふふふ。内緒。

(知りたい)

人を殺す話はずっと前から続いていた。女主人は、聞こえないふりをして聞き耳を立てている。卑怯な客たちは、こそこそと逃げるように出て行った。好奇心の強い伯母さんたちは、くすくす笑いながら互いに目配せをしている。隅っこの離れた席で元刑事が顰め面をして、ふんぞり返る。彼のテーブルに置かれた食器は、すべて空っぽ。ウエイトレスは靴下を直す芝居をしていて、伝線を発見する。

(やだ)

足跡。これ、ね、どうしても後に残るよ。背中には目がないからな。おい、聞いてんのか、おまえ。食ってばかりいやがる。勘弁してくださいよ。こいつ、昨日から何も口に入れてないんです。おい、手袋、外すなって。指紋、残るだろ。証拠隠滅。これが何より大事なんだ。それと、マスクな。殺し屋のシンボル、忘れちゃ、仕事にならんぞ。

ウエイトレスは、逮捕されて収監中の肥満体の殺し屋の元愛人で、元刑事が刑事だったとき、ある事件で関わり、そのせいで彼は元刑事になってしまった。その頃、ウエイトレスは町から町へと渡り歩くシャンソン歌手だった。歌は、お世辞にもうまいとは言えない。ところが、目つきが妙なので受けた。場末のホステスたちが真似て、斜視になる。眼医者の喜ぶこと。

(へええ)

防犯カメラも、ね、前もって壊す。今だって見られてる。見てるよ。ほら、あの子。

(やだ、やだ)

ウエイトレスは、以前にも、ほんの短期間だが、この店で働いていたことがある。二人目の出産を機に実家に戻っていたが、下の子がどうかして、ふらふらとこの町を歩いていたら、壁に貼られた求人広告が目に入り、考えもなく、店のドアを押した。女主人は彼女が歌手だったことを知っていた。ただし、昔のことは、なぜか、互いに話さない。

(なぜ)

死体か。死体なら、どうにかなるさ。そっちは任せとけ。図書館の裏の花壇に寝かせとけばいい。花が咲いたことのない花壇だよ。きっと見つかる。見つからん。見つかったら? 誰に? 司書? おまえ、冗談、きついな。

ウエイトレスは、ある日、簡単な挨拶だけを残して店を去った。しばらくして戻ったとき、目尻の皺と顎の下のたるみが目立った。足首の太さに女主人は気づかないふりをした。ウエイトレスは感謝しつつも、なぜか、不満。

(なぜ)

なぜか、いつも仏頂面の彼女だが、客には嫌われなかった。

(なぜ)

ねえ、これに乗るの? 荷物、持った? ああ、恐ろしい子だね、おとなの会話を邪魔するなんて。で、ね、それでね、ええっと、何の話でしたっけ、そうそう、だからね、私も申し上げたんですよ、司書の方に。そしたら、目の色が変わっちゃいましてね。冷たい感じなのに、本当は気が小さいんでしょうね。いええ、主人のことじゃ、ありませんよ。

(ハックション)

御主人の趣味は美しい風景を御覧になることでしたっけ。ええ、世界中の美しい風景を撮影するんです、古いカメラで。おばあちゃんち、美しい? お黙り。

(やあい)

他に、世界中の美しい言葉を集めていますの、たとえば。ねえ、おばあちゃん、もう、生まれそうだよ。急がなくちゃ。どうにもなりませんよ、私たちの力ではね。美しい言葉、たとえば。

ウエイトレスは汽車を見送るために、店を出た。女主人は、涼しげに笑い、天を仰ぐ。そこには原因不明の大きなくすみが広がっている。見飽きた。何とかしたい。でも、どうやって? 考えるためにコーヒーを淹れる。飲みはしない。

(うふふ)

ああ。おばあちゃんの匂いがしてきたよ。また、見損なっちゃうのかな、生まれる瞬間。どの色がいいかって、そりゃあ、緑でしょう。どうしてって。おほほ、何のお話でしたっけ。車の色? 車って何の? たとえば? 

乗るのは、どれだっていいのさ。ただし、最初に来たのは、やばいぜ。二番目は安直だな。三番目にしよう。混んでなければだがな。あ、来た、来た、一番目。

どの列車でもいいというわけじゃ、ありませんよ。それぞれ、違う終点なんですから。最初のは、違いますね。次のを待ちましょう。そんなこと、言ってると、時間がなくなるよ。終点が違っても、どれだって、おばあさんちの前を通るんでしょ。伯母さん、伯母さんたら、ああ、また、寝てるよ。お姉様がいつも口癖のように言ってましたよね。急がば廻れって。あっ、じゃなくて、おばあちゃんはとんでもない人だって。だから、とんでもない所で生まれるんじゃありませんか。終点なんか、全然関係ないと思いません? なぜ、笑うの。私の言ってること、変ですか。変ですか。変なら、変と、おっしゃいよ。水臭い。変なら変と、最初から言ってくれてたら、私だって、違う生き方ができたかもしれないじゃありませんか。私が変だとしても、そうなってしまったのは、みんなのせいでしょう。違いますか。違うなら、違うと。ほら、来たよ、二番目。あれは違います。

あれじゃないって。俺たちが乗るのは、この次だ。なぜなんて、聞くなよ。うるせえな。嫌なら、国に帰れ。国って何。

(なぜ)

おばあちゃんの口車に乗せられて南の国にまで行ってしまったのは、どこのどなたでしたっけ。私のこと? いいえ、私は南には行ってませんよ。じゃあ、どこ、たとえば、東? 毎晩、トマト料理ばかり食べさせられてうんざりした人は、どなた。私、トマト、嫌い。苺がいい。お黙り。

(あはは)

来たぞ、三番目。用意。

議論してたら、三番目が来ましたね。議論というものは、いろんな役に立ちますが、ことに暇潰しになります。そもそも、この世の中に役に立たない物なんか、ありはしないのです。いいこと、聞いた。あなただってきっといつか何かの役に立つことでしょう。信じなさい。信じるのです。信じることから、すべてが始まります。そして、終るんだよね。

(うふふ)

元刑事が柱の影の中からぬっと姿を現す。店を出た客たちの何人かをどうかして連れてきた。さて、彼らはどこに連れて行かれるのか。

(どこ、どこ)

ウエイトレスは店に戻った。客が減ったのを幸い、止まり木に大きな尻の片方を載せ、固い黒パンを齧りながら水を啜る。服に落ちたパン屑を払いながら、嘘だらけの思い出を語る。聞くたびに違う物語だが、女主人は少しも疑うそぶりを見せない。

伯母さんは、どやどやと乗り込んできた殺し屋たちに一瞥を与える。別の伯母さんは肩を竦める。他の伯母さんたちは手提げからコンパクトを取り出して、一斉に化粧直し。

(うふふ)

ウエイトレスは嘘の種が尽き、煙草を吹かす。女主人は昇る紫煙を目で追い、天井のくすみに再会する。煙草の齎す天井への害に関する聞き齧りを打ち消すために、首をほんの少し右に傾けた。なぜか、左でなくて右。

(なぜ)

ウエイトレスになった日から、話の種がどんどん増えた。客たちは、自分好みの物語をポケットに入れて持ち帰り、眠りに就く。夢の中で、若い頃のウエイトレスと旅をする。ここだよ、ここ。ここに来たかったんだ、君と二人で。

(やだ)

窓の外に、黄色の畑が広がる。刈り入れのために外国人研修生たちが働かされている。刈った跡がミステリー・サークルになり、彼らはさまよう。ばらばら。蛇行。袋小路。悪循環。畑の向こうには鋸状の山々が壁のように立ち塞がる。赤い雲が、ひい、ふう、みい。あれ、消えちゃった。ねえ。急に消えちゃったよ。二番目に消えた雲の下に見えていたのが、あれがおばあちゃんのうち? きっとそうだ。決めたっと。あそこで育ったんだよね、伯母さん。私は違いますよ。この人でしょう。私は覚えてませんね。この人でしょう。私のせいにしないでちょうだい。この人ですよ。

小さい頃のことを思うと、今でも、胸が疼くの。もう、小さくはないのにね。泣けば証明になるのなら、泣いて見せるわ。ほら。涙の味は小さい頃とちっとも変らない。

(何があったの)

どうしてあんなことになってしまったのか、今でもわからない。

血を吸うタオルなら、たっぷりありまっせ。

何が起きたのか、誰も教えてくれないの。聞いても、驚かれるだけ。知らない? 知らないの? えっ、本当に? へえ、本当に知らないんだ。ふうん、冗談かと思った、なんてね。

(へええ)

しつこく聞けば、疎まれるだけ。

(あはは)

ねえ、伯母さんたちの話、ちっともわかんないよ。わかる話をして。わからなくはないけど、わからないふりをしないと、いけないんだよね。なぜだか、わからないけど。

(なぜ)

おい、子供が聞いてるぞ。まずいな。放っとけ。気にするな。子供の話なんか、誰が本気にするもんか。殺した後、どうするんだ。ばらばらさ。ばらばらか。ああ、ばらばらだ。ばらばらでも、やつらにばれるかもしれないぞ。やつら? 元刑事か。違うか。じゃあ、誰だ。聞いているやつらが他にもいるってことだよ。どいつだ。あいつか。じゃなくて、あいつ。

(どきどき)

ウエイトレスの話はぐるぐる回る。終点がない。昔から今に辿りつきそうになると、昔になっている。いつ、そうなったのか、女主人には思い出せない。彼女にも、いろんなことが起きた。それとこれとがごっちゃになってしまう。一人の女が喉を手術すると、もう一人の女が離婚する。誰かが階段の途中で脱げた自分の靴を見下ろしていると、誰かがどこかで拾う、あの、あれをね、拾う、たとえば。

(たとえば)

恋なんて言葉は嫌いよ。

恋や死がどんなものか、俺たちにはわからない。だから、殺すのは難しいのさ。

美しい言葉って、どんなのがありますの、たとえば。恋と死以外で? そう、以外で。

(以外で)

そうかな、俺は知ってるつもりだけどな。たとえば、役所の窓口から窓口へと盥回しされること。じゃなきゃ、あれさ。臨時給付金を袂に突っ込み、ぶらぶらさせながら、親爺は大陸へ行っちまったんだ。たとえば、そんなもんよ、死は。

伯母さんたちは瞠目。

おい。見世物じゃねえぞ。

録音中と、元刑事に囁かれ、元客たちは胸を撫で下ろす。

親爺の野郎、結局、すってんてんさ。秋風の吹く夕暮れ、ふらりと舞い戻った。まるで昨日の今日といった風情でね。戸を開けるや否や、飯、だもんな。怒ったろう。誰が? 

(誰)

数年を飛び越えて戻ったみたいに、平気の平左。土間の甕から柄杓で水を掬い、がぶりと飲んで見せた。ほつれて汚れた袖で口を拭い、飯、と繰り返したんだな。おお、坊主か。俺を兄貴の名で呼びやがった。俺は隣の部屋に逃げ込むしかなかったよ。兄貴の位牌の置いてある小部屋だ。よせ、そんな話。俺にだって息子はいるんだぜ。

伯母さんたちは長くて染めていない髪の一房を胸の前へ送り、枝毛を探す、揃って。

元客たちは眠そうだ。瞼を擦る者。こっくり、こっくり、無言の問いかけに応じる者。開いた本を閉じかけて落とす者。誰も拾ってくれない。

物語なんて、飽き飽きですよ。どうせ、全部、嘘だから? 嘘がいけないんじゃありませんよ。知ってると思うけど、嘘には良い嘘と悪い嘘がありますね。良い嘘は退屈です。

俺は位牌の前でね。よせって言ってるぞ。止めないと。

(怖い)

悪い嘘の前では居住まいを正すのです。ちゃんと教わったとおり。教わったかな。

上着の前を留めろ。やがて降りるぞ。

たとえば、夢の中で夢から覚めて走り出してるみたいなのね。誰にも追いつけないんだ。速過ぎるから。じゃないな。むしろ、のろいの。だのに。小さいからかな。とても小さいからかな。ずるずる滑る。滑り続ける。空を飛んでいるみたいだ。朝露を載せて長い葉の上を伝い落ちる花びらのよう。でも、のろいの。この汽車みたいに? どの汽車? 

(ええっ?)

今、どこ、走ってるの? 脱線? 飛行機じゃないよね。船でしょう。

(いつから)

船は海から浜辺へ突進し、砂浜に乗り上げ、そのまま、草原を走る。やがて、二番目に消えた赤い雲の下に着くんだ。古民家の玄関の扉を大きなお尻が押し開き、おばあちゃんが出て来るよね。そして、廂の下でくるりと回って、回り過ぎて戻る。腰を曲げ、大きな前掛けで両手を隠してて、その片方を抜くと、頭の上で大きく振る。もう片方の手は見えない。前掛けは血だらけ。誰を殺したのかしら。玄関の両側に立つ樹木の葉が隙間なくべたべたと茂っていて、突然、蕾がぷちぷちと弾け、深紅の花が咲きまくって、葉の緑に勝ってしまう。

(ある、ある)

殺すのは人間だ。牛じゃないぞ。

ウエイトレスが甲高い声で笑い出した。笑いは止まらない。前からも後ろからも右からも下からも見られたくなくて、上を向く。目は瞑っていた。目尻からしょっぱい液体が出て頬を伝う。

(つつう)

おばあちゃん。おや、まあ、どこの子だい? いつもの挨拶なんだ。

(いつもの)

おばあちゃんは血塗れの両手を前掛けの裏に隠した。すると、おばあちゃんの全身は家の扉に隠され、家は麦畑に隠され、麦畑は夜に隠された。おばあちゃんの声だけが残る。あれえ。おばあちゃんたら、もう、生れたんだ。がっかり。今度こそ見られると思ってたのに、生まれるとこ。お化粧直しなんかしてたら、そりゃ、遅刻するさ。おばあちゃん、似合ってたよ、あの赤い頭巾。私にくれるんだよね。叱られたくないので、伯母さんたちは寄ってこない。前庭の入口で元客たちと議論をしている。時間稼ぎのだめだ。芸人が背中から胸に手回しオルゴールを移し、聞き慣れない曲を演奏し始めた。変拍子なのに、元客たちはすぐに合わせて踊り出す。踊りながら、手を出した。誘われて、伯母さんたちは素っ気なく手を預ける。元刑事はいない。いるはずなのに。あっ。いた。

(どこ、どこ)

元刑事は芸人に身を窶していた。もともと、芸人だったんだね。そうだよ。知らなかったかい。誰だって、そうなの? おばあちゃんも? 

ウエイトレスは踊りながら語り続ける。語りは歌に代わりそうだ。女主人は庖丁を研ぐ。林檎を剥くためだ。刃が光った。

殺し屋たちは苦虫を噛み潰す。

(ぎりぎり)

女主人は肉切り包丁を研いでいる。

殺し屋たちって、元何だか、知ってるかい。知らない。

おい、あの婆あからやっちまおうぜ。ついでに、あの子もな。あいつには何もかも知られちまったらしいから。

(逃げて)

怖いよ。大丈夫だよ。怖くない。みんな、お芝居なんだから。そうかな。そうだよ。人間らしい生き方ってのはね、みんな、お芝居なのさ。教わらなかったかい? 教わったかな。うん。教わったよ。ちょっと忘れてた。おやおや。賢い子だね。

女主人は鉈を研いでいる。

(鉈?)

ええい。もう、我慢なんねえ。やっちまおう。待て、待て。死ぬ芝居をされちゃ、元も子もない。誰でもいいや。そうだ。あの阿呆踊りの連中。そうか。行け、行け。おう。

きゃあああああ。

無茶苦茶無茶苦茶苦茶無茶空

ぎゃあああ。

無苦茶茶空茶無茶茶無苦茶無

(こっち、来る、何で)

苦無無茶空無苦茶無茶茶茶苦

(狼?)

茶無無茶茶無茶空無茶苦無茶

(わわわわ)

真に迫ってるね。噴水みたいな血。あれもお芝居なんだ。そうだよ。

元刑事は、にやにやしながら演奏を続けていたが、彼もあっさりと殺される。

苦無無空苦無苦空

おばあちゃんが生まれる日って、いつも、こうなの? 知らないよ。初めて生まれたんだもの。殺し屋たちは元殺し屋になって、前庭のあちこちで休んでいる。井戸の周囲だけ明るい。死体は見えない。後始末だけはきっちりとやるよう、仕込まれている。肉の焼ける匂いが漂う。おばあちゃんが手料理を振舞った。立って食う男。しゃがんで食う男。皿を地面に置いて横向きになって食う男。トマトをそっと他人の皿に移す男。

さて、この物語に終わりはない。始まりもない。しかし、人類には始まりもあれば終わりもある。その終わりは近い。ごく近い。

ウエイトレスは掠れた声で歌う。女主人はチェーン・ソーを構えた。

おばあちゃんは、なぜか、笑っている。

くうくう。起きてください。む? 最終が出ましたよ、さっき。元刑事に似た駅員に起され、ふらふらと身を起こす。お気を付けて。例の肥満男が牢破りをしたそうですからね。知ってる。でも。どうやって気を付ければいいの。歩くだけで大変なのに。足元しか見えない。地球が揺れている。四輌分を歩いた。運転室の窓には内側から布が下りていた。どうかして改札口を抜けたらしいけど、地上には出ない。べたりと坐り込んだ汚い男が焼肉弁当をかっ込んでいる。目が合うと、男は睨んだ。見てはいけませんよ。見知らぬ人が来て、まるで小学校の同級生みたいに、親しげに囁く。元司書だ。御一人ですか。ええ。出口を御存知だったら、教えていただきたいのですが。出口ですか、何の。連れ出してくださると助かるんですが。どちらまで。ええっと、どちらと言われても。おばあちゃんち? えっ? ええ、はい。おばあちゃんって、どんな方? さあ、まだ会ったことがないので。本当に? えっ? ええ。いえ。はい。いいえ。あの、はい。えっ、いえ。

新しい物語の始まり? それとも、いつもの伝線? 

(うふふ)

すぐ後ろを異星人が歩いている。

(終)

写真

 

 


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