腐った林檎の匂いのする異星人と一緒
19 世界攻略本(改訂版)
まず地図を作ろう。ただし、初期段階での世界地図製作は不可能なので、あなたの目覚めた土地、すなわち、あなたが旅の目的を知った村の墓地の周辺の地図を作ろう。
地図を作るには、墓碑銘を解読せねばならない。その墓に埋葬されているのは誰か。誰がそれを建立したか。古代文字の研究家に尋ねよう。彼は紛れている。賢者に見えない。意外な姿をしている。老人を買い被ると、付きまとわれる。彼を原野に捨てる。そこに道具は落ちていない。
ばらばら死体が浮き沈みする濁った池の畔を楽しげに通過する。鼻歌。
偶然の滝。
当惑の泉。
三色菫。
町口に横断幕が張られている。歓迎されているのは、あなたではない。少年たちが小動物を踏んで遊んでいる。
冬の公園のベンチに置かれた新聞を隅から隅まで読もう。有益な情報は得られないが、読み終えると、誰かが名前を呼ぶ。それがあなたの名前だ。名前は二つある。どちらかを選ばねばならない。名前によって運命が決まる。迷っている暇はない。あなたには時間がない。
あなたの懐中時計と議事堂の時計の示す時刻とは違っている。どちらが正しいか、地図が完成するまで、わからない。
マンホールの蓋に町の名前が書いてある。読めない。
図書館は封鎖された。
交差点がある。
極彩色のアド・バルーン。間の抜けた感じの礼砲。紙吹雪。楽隊。毒々しい色の林檎飴。顔をこわばらせた記者たちは意味のある質問ができない。戴冠式に参列を許された社長たちの一人がわざとらしく笑いをこらえている。憎らしいなら、生卵をぶつけようか。彼の耳元で、歩きにくそうなタイト・スカートの秘書が事変の発生を告げる。あなたは彼女を見る。彼女はあなたを不思議そうに見返すが、すぐに目を逸らす。あなたは彼女を追う。そして、陥穽に落ちる。その前にランプを買っておくべきだろう。
地下は迷路。そこで水や食料や薬草や武器などが拾える。お約束の手紙も落ちている。過去のあなたが未来のあなたのために書いた手紙だ。あなたは未来人ではないので読めない。眼鏡は落ちていない。
あなたはリュックサックを下して、賞味期限切れの缶詰を開ける。偶然を装って黒い犬に接近し、肉を与えてみると、犬は人間になる。彼は古い友だちで、特殊な壺に入った丸薬を飲むと一時的に無知になるが、同時に強力になり、鎖を断ち切る。時間によって効果が異なる。悪くすると、あなたは襲われ、負傷する。最悪の場合、死ぬ。その確率は十二分の一。
死ぬと墓地に戻る。そのとき、所持金は半分になっている。紙幣が封筒に入っている。
思い切ってどん底に落ちると反動で跳ね上がり、地上に立っている。
市場では、生意気そうな少女が母親の写真を祖母に見せている。失笑。
行商人になろう。そして、魚を売ろう。行商人には二種類ある。魚にも二種類ある。客も二種類。二者択一だ、次から次に。
本屋に積まれているのは、小説家が詩人を絞殺する漫画。
町長は面会謝絶だが、門には見えない門を潜れば会える。庭に着飾った人々かいる。人違いをしたら、地下道からやりなおしだ。彼女は蛇を抱いていない。バラライカを担いでいない。井戸を覗きこんでいない。彼女の脱げた靴を拾ってはならない。拾うと死刑になる。死刑になりたくなければ、古い友だちを殺して身代わりにしなさい。懐中時計は拳銃として使用可能。竜頭が撃鉄。
別の古い友人が鸚鵡の姿で現れることもある。そいつもさっさと殺しなさい。おしゃべりな白い鸚鵡。武器は不要。首を捻るだけ。
あなたには時間がない。映画館の暗がりで人面瘡を剔抉する。
ドーナツは買わない。通りで喫煙。深く吸って、長く吐く。
遊園地では、腹話術師が人形の異星人と睨めっこをしている。おとなたちまでが笑いこける。女は噎せる。野外の舞台の下に少年が潜む。姉が彼の名を叫びながら歩き回る。腕まくりは怒ったときの癖。
驟雨。凧は上げられない。
重い花瓶が割れる。橋は渡れない。
帰休兵がぶらつく猥雑な通りを縫うように進む。ちょっと肩が触れただけでも乱闘に発展しかねない。いくつも並ぶ店のどこかの椅子の下に忘れ物がある。
大きな建物が丸ごと一つ消失している。
ほとんどの馬は疫病で死んでしまった。死ななくても立てない。馬車は動かない。自転車は発明されていない。飛行機も発明されていない。タイム・マシンさえ発明されていない。
休耕地。
郊外の三叉路の左右どちらかは急坂で、滑る。バランスを崩すと死ぬ。死ななくても、旅は中断する。隣国で革命が起きない限り、あなたは宿屋から出られない。革命後、世界銀行は封鎖されるので、預金は下ろせない。いくらか、前もって墓地に隠しておくのも一法だろう。
路上で占い師が勝手に占ってくれる。その占いを信じると、面倒な事件に巻き込まれ、投獄される。幸い、死刑は免れたが、全財産を弁護士に奪われる。
幽霊が出るという噂の廃校の焼却炉で、深夜、アイテムをすべて焼く。身軽になろう。幽霊は出る。
翌朝、大きな木の下で、誰かが誰かに鍵を渡す。
向うべき場所は、海か砂漠しかない。
掌島の位置が不明なのに乗船すると、海賊に襲われる。海賊はあなたに二者択一を迫る。仲間になるか、大海原に飛び込むか。撓る狭く長い板を渡って海賊になると、四つの海を漂い続ける。経験値は増えない。大陸棚の海獣はとても強く、陸に近寄れない。回復魔法を習得していない限り、何度闘っても勝てない。虫眼鏡は役に立たない。
人魚は絶滅した。たまに円盤が通過する。
あなたには時間がない。
耳障りな声を発しながら渡り鳥の群れが甲板に粘った糞を落とす。漕ぎ手たちは老いる。帆は潮風に嬲られ、夕日が透けて見えるほど、薄くなる。地図は完成しない。
あなたはどこで間違ったのだろう。
(終)