短歌結社?熾の浦和高砂歌会に参加して10年以上になる。
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2019年4月20日、平成最後の歌会であった。
この中で、一番歌の上手な某氏の歌が、”人生の真ん中に位置した平成は空白だった”ような主旨で衝撃だった。
実は、自分も同年代で、平成は、人生のど真ん中にあったのだが、氏とは違った意味合いで、空白だ。
オウム事件、911同時多発テロ、311震災、社会的な事件はいろいろあった。
個人的にも結婚、子育て、引越し、マンションの売却損と住宅ローン返済、妻の病気、いろいろあった。
然るに、仕事人生が失敗、遅すぎた反省の日々で、あまりにもぱっとしない為か、我が平成は、やはり、空白だ。
某氏は、やるべき道が定まってきたから、令和にかけて、歌に結実できたのかも。
自分は、恥ずかし、当面、日々の生活を、ただ続けるので手一杯。
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ところで、熾浦和高砂歌会で、沖ななも先生 や 仲間から、拙作、最近、直された事例をあげてみたい。この我が趣味も、平成は停滞。そんなものか。
液晶に「余命半年」文字浮かび垂乳根の母は死にたまうのか
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メールには母の余命は半年と!我がフリーズしデバック見切る
注)沖先生、仲間が言うには、斎藤茂吉の露骨な真似はいけない。
気取らず、自分の言葉で、統一しろとのことで、書き直してみた。
オリオンは終電乗るため駆けていた若き日同様南天にあれど
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終電に乗るため駆けた若き日と同様オリオン南天にあり
注)順を変えたほうがいいとのこと。平成の前半は、ブラック労働?だったが、
充実感があった。今、思うと、何にもならなかった、実らなかったのかな。
駅毎にかつて待ち合わせし場所を過ぎるに切なし彼女等何処《いずこ》へ
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駅毎にかつて待ち合わせせし場所を過ぎるに切なし彼女等何処《いずこ》へ
注)「待ち合わせし」を「待ち合わせせし」に、せ、一字を入れると
リズムが整うのだそうです。
山笑うようにパルコも笑い出し井沼の桜を迎えんとす
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山笑うように公園も笑いだし井沼は桜を迎えんとす
注)字余りでも、普通に公園でいいとのこと。意味が伝わらないと駄目。
花桃と八重桜落つ花道を行けば実家に南部富士載る
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花桃と八重桜落つ道ゆかば実家の屋根に南部富士載る
注)花がだぶるのが駄目。屋根がないと説明不足なそうです。
風光る明治通りの鈴掛の若葉ともども新人来たり
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当年も明治通りの鈴掛の若葉ともども新人来たり
注)あまり、盛るな、飾るな、とのこと。笑。