本日開催された掲題意見交換会の感想です。
今日が11回目の開催でしたが、今までの10回の会でも議会に対しての厳しい意見が大半と聞き及んでいます。今日も同じく厳しい意見が殆どでした。
私の率直な感想は、議会に対する不満や不信からくる「不安」です。
議員定数や報酬の削減は、一丁目一番地の話です。何年もかけてやることではないし、未だに議会の総意が得られていないし、周回遅れの類似団体や職員との比較論です。ましてや今更市民の声を聞くような悠長な話ではないでしょう。
厳しい言い方をしますが、「小学校のホームルーム」以下のレベルです。
こんなことでさえ総意を纏めきれない議会に不安を抱くのは私一人でしょうか。
危機管理、ガバナンス、自律・自浄という根っこの問題です。
そろそろ最高裁の有罪判決が出そうなS元議員の件。
議会では全員一致で辞職勧告を決議しましたが、結局は辞職させることは出来ませんでした。高裁の実刑判決後も、大手を振って議会に出るわ、委員会委員にも就任するわ、という非常識がまかり通りました。
犯罪を犯した議員を辞職させることのできない生駒市議会に対する不信が、未だに生駒市民の心の奥にくすぶり続けています。実力行使で議場から締め出すこともできたでしょうし、最終的には議員が自主解散する手もあったと思います(極端ですが…)。
議会全体として、信を問われていたのです。こうした受止め方ができない議会の感性のお粗末さです。
これは議会の存亡に拘わる事件で、致命的な議会の危機でした。
自律・自浄のできない議会、危機感のない議会、ガバナンス・統治の欠如した議会に対して、市民は不信感をつのらせたのです。
会派や各議員によって政策は当然異なります。政策をめぐっては議会内で大いに議論をやってもらえば結構です。しかし、政策論争とこの事件とは全く次元の異なるものです。
現山下市長はスーパーマンではありますが、オールマイティではありません。議会の統治まではできません。第二のS元議員や第二のN元市長が今後現れないという保証はありません。その時、今の議員や議会で大丈夫なのか ということです。
これが私の不安であり危機感です。
信頼回復が先ずスタート台です。その第一歩として早期の条例改正が必要でしょう。
「実刑判決が下された議員は、その時点で議員の職を失う」といったような…。
*冤罪議論や支持得票数議論は枝葉末節でもありここではしません
今後の生駒市の行政においては、市立病院案件をはじめとして課題が山積です。よって二元代表制の一翼を担う議会への期待は想像以上に大きいものがあります。私も期待したい一人です。だからこそ時には辛口を言います。
でも残念ながら現状の議会ではそれはどうかな と感じますが、皆さんの気持ちは如何でしょうか。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます