渡来人が支配する為に使用した手法「天孫降臨」その1の続きです。
時は、縄文時代から弥生時代に移り変わりの時代です。
大陸から船を使って移住してきた渡来人(弥生人祖先)と既に住んでいた原住民(縄文人)
・農耕、建築など文化的にも進んでいる。
・言葉も違い大陸の状況を説明しても理解してもらえない。
・八百万の神々(山の神、海の神など)自然崇拝があった。
渡来人(弥生人祖先)がとった手法
八百万の神々を産んだのは、私たちの先祖の神であった。
私たちは、その神様の子孫である。
その神様の命令で、この地に来た。
つまりは「天孫降臨」です。
紀元前5世紀頃、九州北部から徐々に西日本へ広がり東北地方まで広がっていくのが弥生時代(弥生文化)
この時代に、天高原、黄泉の国の思想やイザナミ・イザナギの国生みの信仰が出来たのではないか。
大陸では、始皇帝が無くなり、秦帝国が一代で滅びます。中国大陸内部が乱れた時代です。
前漢紀元前206年 - 8年)が長安を都として大陸東側を統一、朝鮮半島へ支配を伸ばします。
この時代に、倭国は朝鮮半島を経由して交易を行うようになります(九州北部が主体)
農耕で蓄えて穀物が交易の材料であり、財力が支配です。神様信仰から、財力、武力支配へ移行します。
九州北部の国「奴国」などが、有明海側へ、宮崎など南東へ、出雲など山陰地方へ支配を広げようとします。
再度、「天孫降臨」を使って支配します。
奴国(九州北部)が天高原で、支配を広げていく国々が 葦原中国の関係です。
出雲も、スサノオが天高原を追放されて、山陰地方の隠岐の島へ降り立ち、国造りをします。
これも、一つの天孫降臨です。
アマテラスの孫にあたるニニギが、アマテラスの命令で高千穂の地へ降臨、日向の地(宮崎)に国造りです。
古事記などに記載されている日本神話は、弥生時代中期の九州北部から支配が広がっていく時代の出来事を神話にしています。
しかし、古事記は太安万侶らによって奈良時代に編集されました。
7~8世紀ですので、5百年ほど前の歴史です。彼らは、この時代の出来事を知ることが出来たのでしょうか。
・古墳時代から伝わる各地の言い伝え(神話)に共通点があった。
・遣隋使、遣唐使の派遣など大陸から古代の倭国の歴史書を読むことが出来る様になった。
(徐福、奴国、邪馬台国、卑弥呼などの存在は否定できない)
・蘇我氏の仏教信仰で起きた神仏習合から神仏分離へ移行、日本古来の神道復活をまとめる必要があった。
日本神話をまとめる注意点は
・先祖が大陸からの渡来人では ダメ
・先祖が大陸の国へ朝貢しては ダメ です。
そこで、時代設定を変更
ニニギの天孫降臨は数千年前
神撫東征は、紀元前600年
大陸の秦の時代より古い時代設定にします。
大陸の史記を一部取り入れたのが
自国の名前に 倭 の漢字を用いた。
自国の名前を ヤマト(邪馬台)と呼んだ。
しかし、聖徳太子が大陸へ送った手紙「・・・日出る国の天子より・・」の強烈な一言で
自国の名前を 日本 と改名します。
さすがに、この時代の出来事は、誰もが知る事実ですのでやむ得なかったのでしょう。
時は、縄文時代から弥生時代に移り変わりの時代です。
大陸から船を使って移住してきた渡来人(弥生人祖先)と既に住んでいた原住民(縄文人)
・農耕、建築など文化的にも進んでいる。
・言葉も違い大陸の状況を説明しても理解してもらえない。
・八百万の神々(山の神、海の神など)自然崇拝があった。
渡来人(弥生人祖先)がとった手法
八百万の神々を産んだのは、私たちの先祖の神であった。
私たちは、その神様の子孫である。
その神様の命令で、この地に来た。
つまりは「天孫降臨」です。
紀元前5世紀頃、九州北部から徐々に西日本へ広がり東北地方まで広がっていくのが弥生時代(弥生文化)
この時代に、天高原、黄泉の国の思想やイザナミ・イザナギの国生みの信仰が出来たのではないか。
大陸では、始皇帝が無くなり、秦帝国が一代で滅びます。中国大陸内部が乱れた時代です。
前漢紀元前206年 - 8年)が長安を都として大陸東側を統一、朝鮮半島へ支配を伸ばします。
この時代に、倭国は朝鮮半島を経由して交易を行うようになります(九州北部が主体)
農耕で蓄えて穀物が交易の材料であり、財力が支配です。神様信仰から、財力、武力支配へ移行します。
九州北部の国「奴国」などが、有明海側へ、宮崎など南東へ、出雲など山陰地方へ支配を広げようとします。
再度、「天孫降臨」を使って支配します。
奴国(九州北部)が天高原で、支配を広げていく国々が 葦原中国の関係です。
出雲も、スサノオが天高原を追放されて、山陰地方の隠岐の島へ降り立ち、国造りをします。
これも、一つの天孫降臨です。
アマテラスの孫にあたるニニギが、アマテラスの命令で高千穂の地へ降臨、日向の地(宮崎)に国造りです。
古事記などに記載されている日本神話は、弥生時代中期の九州北部から支配が広がっていく時代の出来事を神話にしています。
しかし、古事記は太安万侶らによって奈良時代に編集されました。
7~8世紀ですので、5百年ほど前の歴史です。彼らは、この時代の出来事を知ることが出来たのでしょうか。
・古墳時代から伝わる各地の言い伝え(神話)に共通点があった。
・遣隋使、遣唐使の派遣など大陸から古代の倭国の歴史書を読むことが出来る様になった。
(徐福、奴国、邪馬台国、卑弥呼などの存在は否定できない)
・蘇我氏の仏教信仰で起きた神仏習合から神仏分離へ移行、日本古来の神道復活をまとめる必要があった。
日本神話をまとめる注意点は
・先祖が大陸からの渡来人では ダメ
・先祖が大陸の国へ朝貢しては ダメ です。
そこで、時代設定を変更
ニニギの天孫降臨は数千年前
神撫東征は、紀元前600年
大陸の秦の時代より古い時代設定にします。
大陸の史記を一部取り入れたのが
自国の名前に 倭 の漢字を用いた。
自国の名前を ヤマト(邪馬台)と呼んだ。
しかし、聖徳太子が大陸へ送った手紙「・・・日出る国の天子より・・」の強烈な一言で
自国の名前を 日本 と改名します。
さすがに、この時代の出来事は、誰もが知る事実ですのでやむ得なかったのでしょう。