ザ・マイケルブログ!

Hello、皆さん、陰謀論者リチャードコシミズの無害化に成功したので、現在は司法の闇と闘ってます。応援よろしくです!

💎 谷口園恵裁判長の罪悪( しっぱい )ーー 石垣陽介の誤記と調書改竄事件 ーー

2024-01-27 14:06:02 | 石垣陽介

 

 2023年11月30日、東京高裁で令和5年(ネ)第2221事件の公判が開廷された。
 これは令和4年(ワ)第3333号国家賠償事件の2審( 控訴 )であり、1審を審理したのは、令和5年4月1日に東京地裁民事16部の現役裁判官から司法研の教官に左遷になった、あの丹下友華だった。
 奇しくも丹下左遷が決定したのと同日、僕等の令和4年(ワ)21202号石垣訴訟を審理した東京地裁民事34部の佐藤彩香裁判官も、現役判事から最高裁秘書課の参事官へと左遷になっている。
 2人とも僕等の石垣裁判を裁いた裁判官だ。
 その2人が僕等の2つの石垣裁判の結審日から1週間も経たないうちに、両名とも現役裁判官からそうでない部署に異動になった。
 しかも佐藤彩香の場合、彼女が京都地裁から東京地裁民事34部に異動してきたのは、2022年の4月1日だ。
 彼女が東京地裁に異動してきてから、まだ1年しか経っていない。

 通常のケースからすると、これは急すぎる異動なんじゃないか?
 偶然だろうか、これ?
 いやいや、必然だよね、どう見てもこれは。
 丹下友華左遷と佐藤彩香左遷の異動劇の共通項は、僕等の提起した石垣裁判以外にない。
 これが彼女らの運命を変えた躓き石となった、とするのがいちばん自然でむりのない解釈だ。 
 ただ、この1月後、2023年の5月10日に僕が最高裁を直接訪ねたときには、最高裁秘書課のいずみ氏から現在の最高裁の秘書課参事官には佐藤彩香というひとはきていない、と聴かされた。

 えっ、なに? なにがどうなっているの? と唖然となる僕。

 これは、もう、何が何だかわからない、魔窟のような異世界物語だと割りきってしまったほうがいいのかもしれない。

 僕等の遭遇した「 司法の集団誤魔化し物語 」とは、それくらい出鱈目で正視できない醜さに満ち満ちたものだった。
 昭和のころであったなら、法規の体系の基礎部分には、まだしも「 正義 」への信仰やプライドが絡んでいたように思う。
 当時の「 正義 」はいまより暑苦しくて汗臭い
、いま現在僕等がイメージするそれよりも幼稚で野蛮なものであったかもしれない。
 でも、それが全然見られない今現在よりは、そちらのほうがまだしもマシだ。
 平成と令和の両時代を経て、司法の正義は信じられないくらいエゴイスティックな、裁判官個々人の保身マニュアルとしか呼べないものに変質してしまった。
 
 僕等は身をもって彼等の不正義の数々を体験した。
 以下は、正義よりも個々人の保身を重んじるようになった、平成から令和の時代の「 新しい裁判官たちの物語 」である。
 彼等・ニュータイプの裁判官が、過去の裁判官の進化形なのかバグであるのか、僕は知らない。
 さあ、ゆっくりと魔窟の蓋をあけていこうか ―――—



 
 まずは全体像の説明から入ろう。僕等の石垣陽介追及には3通りの道筋があった。

  上図の中央の道筋である、石垣陽介を国家賠償のアングルから追及するコース ―――

  最左翼の石垣陽介の裁判調書改竄に対して知っていると思われる、僕等の1818号の裁判当時さいたま地裁の民亊5部にいて、石垣裁判官の書記官を務めていた森本清美、それから当時さいたまの所長をやっていた吉村真幸から管理責任を追及するコース ―――

  で、最右翼は石垣陽介本人個人をシンプルに追及する、被告:石垣陽介コースだ ――― 実をいうと国賠法には公務員個人が被害者に損害賠償義務を負うかどうかの規定はなく、裁判所の解釈に委ねられているのだが、最高裁が公務員個人は賠償責任を負わないと過去に判示しているので、この石垣個人訴訟は、この3柱において最も棄却される率が高いといえるのかもしれない。

 けれども、この最もストレートでシンプルな石垣個人訴訟が、いちばん最初に最高裁で闘われる事件となってくるとは意外だった。

 もっとも、僕が今回ここで書きたいと思っているのはそちらのコースではなく、あくまで中央の柱=石垣陽介国家賠償訴訟のほうなのだけど。
 
 これの滑りだしの1審は、令和4年(ワ)第3333号国家賠償事件というものだった。
 これを審理したのが 東京地裁民事16部の丹下友華。
 これについては過去にさんざん書いたので、当記事が初見の方はマイケルブログの下記事等を参照されたい。

💎 あかねDr が丹下友華判決を公開オペいたします!( 石垣陽介調書改竄事件)

💎 丹下友華裁判官3333号判決の< 審理拒否の構造 >について ( 石垣陽介調書改竄事件 )


 なお、この丹下友華裁判官は僕等の事件の結審後、すぐに現役裁判官の任を解かれ、司研民裁教官という部署に左遷されたという事実を再度ここに書き添えておこうか。

💎 石垣3333号< 108つの膨大誤記・調書改竄 >事件を控訴しました!( 石垣陽介調書改竄事件 )


 
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 さて、ここまできてようやく僕がいちばん語りたかった部分まで辿りついた。

 そう、今記事で僕が最も語りたかったのは、上訴訟説明図の中央柱の上から2つ目にある、令和5年(ネ)第2221号国家賠償事件 ――― これの1審を民事16部の丹下友華裁判官が勤め、その2審( 控訴審 )を勤めたのが、冒頭のトップ写真で紹介されてもいる 谷口園恵裁判長 なのであった ――― この 谷口園恵 について今回は特に語りたい。

―—―— なぜ、17195号の増子由一裁判官やその2審( 控訴 )の吉田徹総括裁判官とかではなく、2221号の 谷口園恵なの?

―――— それは、高裁判事である谷口園恵が僕等ごときの責めに必死になり、自らの社会的立場もプライドかなぐり捨て、しゃにむに汚いゲリラ戦で応じてきたからさ。

―――— ゲリラ戦? それってなにかの比喩なの? それって具体的にどういった戦術なわけ?

―――— 裁判とは原告と被告との問答劇なんだ。まず原告が自身の主張をいくつかの争点にまとめ、それを被告にぶつける。被告は原告のあげた争点にひとつひとつ答えるか、あるいは正当な理由をつけて、それらをひとつひとつ否定する。あるいは賛同する、論破する。そうして、司法の判定人である裁判長が、それらの是非を法律的なアングルから判定し、原告と被告のどちらが勝訴にふさわしいかを決めるわけだ。

—――— ふむふむ、法律に疎い僕にしてもそれくらいなら分かるよ。でも、君がいまいったのはたぶん正規戦のことだろう? 僕はそっちじゃない方がさっきからずっと気にかかっていたんだ。なあ、谷口さんが決行することを決めたゲリラ戦っていうのは、一体全体どういったシロモノなんだ?

—――— 原告の出してきた争点に愚直に対峙して、ひとつひとつのそれらと徹底的に話し合い、原告と被告双方の主張を徹底的に論議して、原告被告のどちらが正でどちらが負けなのを決定する。そのような姿勢を法廷では「 弁論主義 」というんだ。あらゆる裁判の進行の基礎になるのが、この「 弁論主義 」なるものなんだ。

—――— なるほど、つまり君のいうその「 弁論主義 」なる者は、法律を武器にして戦う決闘の、いわば「 作法 」といったものに相当するってことだね。

—――— そう、まさに「 作法 」だね。原告の主張する争点は、絶対に正面から対峙しなくちゃいけない。同意するか否認するかは別にして、とにかく原告サイドの争点には絶対に答えなくちゃいけないんだ。でもねえ、上手中央柱の令和4年(ワ)第3333号の公判を最初に審理した丹下友華裁判官は、これを破ったんだよ。

―――— 破った?

―――— そう、彼女は裁判長席から原告席にむけて「 私は弁論主義を守ります 」とたしかにいったんだ。しかし、彼女はその約束を守らなかった・・・。僕等は333号の訴訟において原告側の争点を7つ用意した。その回答がたとえ7つとも否定であっても、それは構わない。しかし、7つの問いに対しては7つの回答が返ってくるのが正常だ。けれども、丹下は、僕等の争点のひとつひとつと真正面から対峙することを意図的に避けた。僕等の問いのひとつひとつと向きあうことを避けて、丹下は、僕等の7つの問いを、自分の恣意で勝手にいじくって、ある問いとある問いをひとつにまとめて勝手にそれに答える素振りだけ見せてみたり ――― そして、そうやって強引に連結された問いには、司法にとって痛い部分である「 誤記 」だとか「 調書改竄 」などの詳細部分が巧妙に抜かれていたわけなんだ ーーー また、ある問いには答えるけど別の問いはさも存在していないかのように無視したりもした。僕等の主張のキモのひとつである「 公務員の告発義務  」に関しては、笑うくらいの完全スルーときたもんだ。あざとすぎて実際驚きをこえて失笑が出たくらいだ。つまり、彼女は僕等の7つの問いに7つの答えを全く返してこなかった・・・アバウトな煙幕作戦とでもいうのかな? ひとことでいうなら温めのディスインフォメーション作戦というのがいちばん適当かもしれない・・・。

―――— うわぁ・・・マジかよぅ・・・!

—――— 原告の争点についてきちんと返答しない、これを「 弁論主義の違反 」という。また、争点を審理しなかったという意味あいにおいて「 審理不尽( 審理がなされなかった )」ともいう。いずれにしても司法的には、これは大変な恥であり不祥事なんだ。結審のわずか4日後に最高裁人事で彼女に異例の左遷令が下ったりしたのも、ある意味当然なんだよ、あれは。

—――— すると丹下は司法の公正神話を守るための人柱にされたってわけか・・・。ひどいな、人身御供じゃないか。

―――— うん、なんだかんだいっても国の裁判官っていうのは、所詮国家の兵隊でしかないんじゃないか、と僕は思ってる。こんな判決を書いたことで、実質的な彼女のキャリアは終ってしまうんじゃないかな。石垣陽介が裁判判決という「 公文書 」のなかに残した「 108つの誤記 」っていうのは、それほど異例の逆金メダルだったんだよ。これ、ダメ金とか逆金とかいったほうがいいかもね。1818の控訴で高裁の高橋譲がこれをなんとか修正しようとしたが、あれほどの数の致命的な誤記の大群をきちんと全部修正できる人間なんてどこにもいない。だから、高橋は、65才の円満退官まであとわずか7か月というゴール直前まできていたのに、僕等が2022年で石垣問題を攻撃する3333号の訴訟をしたことを知った段階で、依願退官した。つまりは石垣事件から逃げたんだ・・・。

—――— うはーっ!

—――― いや、でもね、高橋さんは利口だったと思うんだ。この石垣事件は冤罪とそれによる収監が争点になった袴田事件なんかとはちがっていて、殺人や冤罪の被害者なんかもいないんだけど、こと司法が司法の良心をこれだけ投げ出したっていう重要度と深さからいうと、僕はこれ、うん、戦後最大の法曹事件だといってしまってもいいと思ってる。あかねさんともこの話題ではよく話すんだ。たとえば僕等は東京地裁の民事34部に行こうとして、間違って東京地裁の民亊31部を訪れちゃったことがあるんだ。

—――― へえ、それは初耳だな。そこでどんなことがあったのよ?

—――― 31部は上図裁判総括表の最右翼。34部は最左翼の(ワ)21202号であって、僕等はここに訴状はすでに提出していたのだが、直接ここの事務局を訪ねたことはなかったわけ。ちょうど昼時で書記官さん事務官はみんな出払っていて、31部事務局には男性職員が1人しか残っていなかった。後から判明するんだけど、たまたま僕等の相手ををしたその男性職員は、僕等の令和4年(ワ)第17195号事件の担当書記官に当たる青山裕治だったんだ。僕等が彼に(ワ)21202号の訴状を提出すると、彼は、あれ、これは、とすぐに返してきた。ひょっとして34民事部にもっていくものではないんですかって。

 これにはいささか驚かされたよ。裁判所、特に東京地裁なんて1日だけでも膨大な数の事件を扱うわけじゃない? いちばん最初に提訴していた3333号の口頭弁論はもう始まっていたから、それを扱う16民事部に行けば僕等の素性がすぐに察せられる理由は分かるけど、訴状は提出したもの1回も尋ねたことのない民事31部の青山裕次書記官が、34部宛に僕等が作製した21202事件用の陳述書を見て、それを書いたのが今ここにきている僕等であることを瞬時に察することができたということは、僕等がこうして地裁にやってくる以前に、僕等の21202と17195の訴訟に関する情報が、既に東京地裁民事31部と34部のあいだで綿密に共用されていたということだからね。

 僕等は巨大な東京地裁にくるたびに、裁判所を巨大なものとして感じ、自分たちはそれに比べると蟻みたいに小さな存在だと感じていた。でも、実際はそうでもないんじゃないか? と思いだしたのは実はこのときからなんだ。なぜなら、僕等の相手をしたこの青山裕次書記官は、明らかに僕等のことを恐れていたからね。話すたび、そのことが実感できた。彼は東京地裁民事31部に所属の書記官であったにも関わらず、地裁第34民事部に既に届いていた僕等の(ワ)21202号の訴状について詳しく知悉しており、僕等が、わあ、くる事務局を間違えちゃった、すみません、いまから34部に行きますから、というと、いやいや、せっかく31部に来たんだから、ここはひとつ17195事件の手続きもしていったらどうですか、といって立ち去りかけた僕等を引き止めた・・・。

 いや~、そろそろこちらかお電話しなきゃなあ、と、わたし実は思っていたんですよ。いやいや、すぐすみますから、申しわけありませんけどそこで( 事務局窓口前の長椅子を指して)少々お待ちいただけますかって・・・。

 でも、そんな言葉と裏腹にそれは全然すぐじゃなかったんだ。彼は何度も電話をかけてどこかと話し、話がまとまって僕等のほうに立ちあがりかけて、僕等がそれに合わせて立ち上がりかけたら又きびすを返して席にもどるを繰り返し、結局、僕等はここで20分以上も待たされることになった。 

 しかも、この青山裕次書記官は、僕等の都合を何一つ聴かずに、17195号事件の第1回口頭弁論の日取りを勝手に決めてきちゃったんだ。
 これには正直びっくりした。前橋地裁でもさいたま地裁でも横浜地裁でも大阪地裁でも、あと、東京地裁のほかの民事部でも、原告の都合も尋ねないでこういうことをされたのはマジでここが初めてだった。
 そのことを軽くいうと、いや~、日が詰まってまして、この日を除くと公判は相当遅れちゃうかもしれないので、すみませんが、とくる。
 で、そういいながら、彼、微妙にびびっているの。
 
 でも、そういうのはなにもこの青山裕次書記官だけじゃなかったの。

 スターターの石垣陽介 ――――
 その2審の高橋譲 ――――
 21202号の元民事34部の佐藤彩香裁判長 ――――
 さっき語った元・民事16部の丹下友華裁判長 ――――
 3333号国家賠償事件で国の代理人を勤めた内田高城氏 ――――

 全員が、もれなくそうだったのよ。
 僕等は最初の石垣陽介のあまりにも酷すぎる誤記群と裁判調書改竄( 注:これ、某警察署の知能犯罪課の刑事に見せたところ、全員が瞬時に「 ああ、これはコピペですね 」と明言した )に圧倒されていたんだけど、この石垣問題隠蔽のために遣わされた裁判官は、結局、みーんな僕等を潰すために駆り出された司法組の刺客だったのよ~ いや~ これ、表現はギャグだけど、内容は全然ギャグなんかじゃないのよ。 

 で、そうやって派遣された司法組の刺客のなかで最凶の輩は、僕はさっき記事紹介した元・東京地裁民事16部の丹下友華裁判長だと思っていたんだけど、その印象は去年の11月30日以来全部ひっくり返っちゃった。

 うん、そう、東京高裁民事2部の 谷口園恵裁判長がいよいよご降臨あそばされたのです ――― 。

 というわけでまずは彼女のブロマイド公開といきますか(笑)




 上図で書き抜いた彼女のセリフの通り、谷口園恵裁判長 の審理態度には徹底的に「 真摯さ 」が欠けていた。
 いろんな裁判官を見てきたが、これほど不誠実な審理態度を取ったのは彼女が初めてだ。
 一応法衣を纏ってはいたが、彼女の場合それは法衣には見えなかった。
 夕刻の買い物にやってきたおばちゃんが、八百屋の前で偶然知り合いに会って、続けざまにあからさまな愚痴を連発しているみたいな審理態度だった。
 彼女は石垣陽介を証人尋問に呼ぶのをやめたことは両脇の2人の裁判官と相談して決めたと唐突にいい ――― 2審では裁判官は裁判長を中心にして合計3人いるのです ―――しかも「 その理由は、私がさっきいいました 」という発言に当たる、彼女のそれらしい言葉に僕等は覚えがなかった。
 で、当然、聴き返すわけだが、彼女は激しく首を振って、とにかくそういうことなんで、とあさってのほうを見ていうばかり。
 僕等が「 ちょっと待ってよ。石垣判決の誤記の問題は? 調書改竄と国家公務員の告発義務スルーの問題は?」というと、「 あ~! 今日はもうこれでお終い! お終い!」と顔の前でイヤイヤの仕草をして、原告の発言中に裁判自体をウヤムヤ結審してしまう始末・・・。

 吉本かよ~っ! と、ついいいたくなった。あまりにも脱・司法然とした、こんな終わりかたに心底唖然としたな。

 で、そのようなハチャメチャな審理態度を超えるほどハチャメチャだった 谷口園恵 の判決は、以下の通りだった ―――—

 











 僕等の7つの争点に対して7つの回答はどこにもなく、僕等が出した29ページの控訴理由書の回答は、見ての通りたったの3ページ。
 しょぼすぎて、さらにはいい加減すぎて、もう笑うっきゃない。
 そして、東京高裁民事16部・谷口園恵裁判長の判決の論旨は、3ページ目の1行目から14行目までのこの部分に尽きる ―――


—――― 控訴人らは、原判決別紙誤記一覧表、甲48、49等を提出し、事件2原判決には108もの大量の誤記がある旨主張する。そして、前提事実のとおり、事件2控訴審判決( マイケル注:1818号の2審。高橋譲の控訴判決のこと )において事件2原判決( M注:石垣陽介1818判決のこと )の主文が更生され、事実及び理由の記載に付加訂正が行われ、その中には明らかな誤記の訂正があったことが認められる。
 とはいえ、これらの誤りから、事件2担当裁判官に、その付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認め得るような特別な事情があると推察することはできない。控訴人らは、事件2原判決( 石垣 )にはあまりにも大量の誤記があることから、判決日直前のやっつけ仕事、又は酩酊によるものだと推察できるなどと主張するが、大量の誤記の存在から直ちにそのような推論が成り立つとはいえない
 したがって、下が控訴人ら主張違反行為⑤を国賠法違反と評価することはできない。
( 東京高裁民事第16部・谷口園恵裁判長書く)



 谷口園恵、大量誤記については以上のように認めてるのよ。
 けど、袴田事件の大善文男裁判官(38期)がかつてやったように、たった一つの書類の不備で事件を指し戻した時のような裁判官の良心といったようなものを、異常の谷口の裁判判決から感じることはできない。
 
 谷口が弄んでいるのは児戯級の屁理屈であり、この判決書の底に流れているのは「 谷口園恵の責任逃れのいじましい情念 」だけだ。

 これを読んだ直後、僕はあかねさんと2人して爆笑しちまった。
 笑わずにはいられなかった ――― これほど日本の司法の低落ぶりを象徴する文章は、今後誰も書けないだろう ――― 谷口判決のこの部分にはそれくらい低劣な地獄の香りがたちこめていた。

 さらに谷口は、なるたけ「 裁判調書の改竄 」という注意ワードを使わないよう努力しながら、そのことをこう表現している。


—――― 原判決16頁2行目の「しかし、」から4行目ないし5行目の「珍しいことではない。」までを( M注:1審の丹下友華判決のこと )「しかし、第2回期日調書には佐々木書記官の押印がある上、第2回期日調書には、期日における当事者及び裁判所のやりとりが詳細に記載されており、同期日に立ち会った書記官でなければ作成が困難と考えられること、第3回期日調書を第2回期日調書と同じ体裁( M注:僕等は書式という単語を使っている。谷口はそれをあえて婉曲な『体裁』という単語にいいかえている。隠蔽の罪悪感がなせる業か?)で作成することは、異なる書記官であっても、パソコンに保存されたデータを用いることなどにより可能であることを照らすと、控訴人等の指摘する事実から、森本書記官が大2回期日調書を偽造したと推認することはできない。」に改める。
( 東京高裁民事第16部・谷口園恵裁判長書く)



 なんなんだろう、苦しげの上にさらに苦しげなタッチを追加して編まれた、この騙かし地獄のような怪文章は・・・?

 僕等はこのような改竄のような事象を疑うのが嫌だから、司法は潔白を証明するために佐々木智穂書記官やさいたま地裁民事5部の森本清美書記官、さらには現在旭川にいる石垣陽介元・裁判官を法廷に呼んで証人尋問しろ! といっているだけだなんだ。

 シンプルじゃないか。
 僕等は何度も何度もおなじことを主張し続けてきた。
 嘆願の書類も書記官にいわれて何度も提出してきた。
 でも、そうすればそうするほど司法サイドの言葉は、真相究明のアングルから遠去かり、曖昧模糊とした、責任逃れの詭弁の泉に沈んでいくばかり。
 こんな日本語にもなってない文章を苦しんで苦しんで書いて、谷口園恵、あなたは日本の裁判官としてマジで恥ずかしくないのかえ?
 僕は恥ずかしいよ —―― 君と対峙した時間とそこで交わされた応答を思い出すだけで、僕は恥ずかしくなってくる。


 上図最右翼の令和5年(ネ)第565号の吉田徹裁判長は、僕等が石垣陽介裁判官の不誠実についてなじったとき、こういった。

—――― 裁判所は、見てますから・・・。

 

 

 この吉田徹裁判長の言葉の意味は、あなたがたのいってることの意味は分かる、けれども、裁判所にしたってこの種の不祥事をただダラダラと見逃しているわけじゃない、あなたがたは石垣陽介のその後の処遇を見たでしょう? 彼は2021年に旭川地家裁の所長に左遷になった。この事件にはいろいろな人間が加担してしまっていて、掘りおこすと真面目に働いているその人たち全般に被害が及ぶんだ。そういうことはしたくない。だから、あなたがたの意を汲んで、石垣陽介を旭川に飛ばしたというこの事実でもってあなたがたに忍んで、引いてもらうことはできないものかな・・・?

 といったようなものではないかと推察できるんだけど、わるいけど僕等はこの意見に頷くことはできないな、吉田徹さん ―――。

 裁判所は日本のあらゆる制度の免疫系であり、そのリンパ系が滞るということは、即、日本という制度そのものの死に結びつくことだ、と僕は思ってる。

 石垣クンや丹下友華や谷口園恵のような保身機構に溺れた裁判官たちを許すことは、僕等にはやっぱりできません、吉田徹さん ―――。

 僕等が求めているのは石垣陽介元・裁判官の公的な処分です。

 あるいは石垣陽介本人の謝罪。さらに石垣事件の全貌の発表・・・。

 先日、最高裁から上手図最右翼の上訴が認められたという通知がきました。

   令和6年(オ)第12号
   令和6年(受)第14号

 現在逃走中の上図中央柱の3333号も近日中に最高裁の棚に上がってくることでしょう。
 石垣陽介事件の関係者のすべての皆さん ――― そこでの審理を僕等は楽しみにしています ――— では、また、いずれ!(^0-y☆彡

 



カッ飛べ! これが石垣誤記だ(# ゚Д゚)









 また翔べ! これが石垣調書改竄だΣ(・□・;)















★ 石垣さんも丹下さんも裁判官なんだから、地裁隣りの法務省赤レンガ棟を入って右手の「 越前碑 」を

参拝したことがあるはずです。そのときの自分の初心を思い出してほしい。あなた方はあの頃の自分に
いま向きあうことができますか? 目を反らさずに微笑みかけることができますか? そのへんのこと
をいっぺんよく考えてみてください。





💎 「 裁判所は見てますから 」と吉田徹裁判長はいった。( 石垣陽介調書改竄事件を疎ましく思う司法人たち )

2024-01-23 13:00:24 | 石垣陽介

 

 端的にいえば、真相は非常に単純なのだ。
 令和元年、さいたま地裁民事5部に属していた石垣陽介裁判官が、僕等の令和元年(ワ)第1818号事件を裁いた。
 僕は当時とあるカルト集団から集団訴訟を受けていて、同時に提起される各々の裁判に受け身の答弁書を書いて応戦するのがやっとだったのだが、友人のあかねさんの助力を受けて、彼等からの連続の3連続訴訟を戦ったあと、初めて別訴として僕とあかねさんが原告であるところの「 1818号 」を立ち上げた。
 
 僕は、この1818号を立ち上げるまえ、彼等から受けた3つめの訴訟の結審の日、彼等の集団
から庁舎内で待ち伏せを受けた。
 反社など危険な原告・被告がいる場合に行われる、私服の特別警備隊のついた危険な裁判であるにもかかわらずに、だ。
 僕は躊躇なく110番通報して、さいたま地裁調書内1Fロビー内に浦和警察の生活安全課の部隊が臨場した。
 通報時刻は、令和2年(2020)10月11日午後0:00ちょうどのときだ。
 
 特別警備をつけなければいけないほど危険な裁判であるにもかかわらず、このような原告・被告間の軋轢を許してしまったのは、さいたま地裁としては醜聞だった。
 この前年には東京地家祭裁入口で離婚調停に訪れた一女性が、調停の相手であった夫に殺傷される事件が起こっており、さいたま地裁は地裁への警察突入事件を前年度に起こったこの事件と重ね合わせて自分たちが非難されることを恐れた。
 つまり、彼等はこの件を揉み消そうとした。
 そして、そのような密命を帯びて、僕等の1818号訴訟の前面に派遣されたのが石垣陽介裁判官という官吏だったのだ。
 彼の使命は「 スキャンダルの揉み消し 」と「 集団スラップ訴訟 」の揉み消しだ。
 僕等は多数でなされたこの待ち伏せ事件を、僕個人に対する彼等の集団訴訟の証拠として、僕等の令和4年(ワ)1818号訴訟の争点に組みこんだのだが、彼はこの事実に対して強引に消しゴムをかけてきた。
 下の1818号の石垣判決の一文がその証拠だ ―――—

 




 これは笑うほどお粗末で野蛮な隠蔽であり、ほとんど児戯だ。
 文明国の裁判官が書いたものとはとても思えない、法律の基礎も判例への考慮も全くなされていない、ヒステリックな決めつけだけが並べられている醜態文ではないか。

 こんな恥ずべき醜態文を書くために、石垣陽介はどれだけ心身を削られたことだろう?
 僕はそれを思うたびに心が寒くなる。
 これを書いた瞬間、石垣陽介という裁判官はたぶん死んだのだ。
 まともな裁判官がこんな無茶苦茶な空想シュール文を判決文に平然と書くことができる、なんてとても思えない。
 実際、彼の書いた1818号判決は異常極まりないものであって、総計して108つにも及ぶ膨大な誤記があったのだ。


 当然、僕等は棄却にされたこの1818号を控訴した。
 もちろん、さいたま警察本部の情報公開センターから入手した、さいたま地裁庁舎に浦和警察が臨場した証拠も添えた上で。
 この2審を裁いたのが、当時東京高裁の総括判事であった高橋譲であった。
 彼は「 飯田が110番しただけ( 警察などこなかったという意 )」の石垣文を消去し、その日さいたま地裁に警察が臨場した事実を認めた。
 さらに彼はさらに、2審判決で石垣陽介のなした108つの誤記のうち、70までを見つけて必死に訂正してきた。
 それから、彼は1審で石垣が判決内に多用した「 失当 」という用語をすべて切除した ―――。


 

 
 けれども、この高橋も石垣の判決の正当性はやはり維持してきたのだ。

 石垣判決文に108つもの箇所の異常な数の誤りがあり、2020年10月11日にさいたま地裁に警察がやってきた事実をやってこなかったとする意図的な改竄を明白に行っていたにもかかわらずにだ。 

 たぶん、高橋譲は、司法の日常に波風を立てたくなかっただけだったんだ、と思う。

 だから、彼は石垣の書いた「 欠陥だらけの異常な判決 」を是とし、これを差し戻すことをしなかった。
 その判断には、マジにカルトと闘ったりしている( しかも弁護士をつけない本人訴訟で )僕等に対する見下しがあった。
 こーんな低次元な法律のことなんか全く知らない愚かな連中には、法律を踏み外してはいるものの、この程度の誤魔化し判決で通るだろうさ、という傲慢な差別があったんだ、と僕は思う。

 
 そして、このような傲慢かました彼等2人には、後日、それ相応の報いが訪れた。ご覧あれ!(笑)


★ 石垣陽介裁判官( 43期 )2022年10月25日 東京高裁第23民事部より旭川地家裁所長に左遷。





★ 高橋譲裁判官( 35期 )令和5年( 2023 ) 東京高裁10民事部総括から円満退官7か月前に64才で依願退官( 自主退官 )





 ここまでが僕等の前半戦の成果だ。
 これ以降は後半戦に入ることになる。
 2022年1月、僕とあかねさんは石垣陽介の誤記と調書改竄に対する国家賠償の裁判、令和4年(ワ)第3333号訴訟 ―――

 現在、旭川地家裁の所長をやっている石垣陽介個人を標的にした、令和4年(ワ)17195号訴訟 ―――

 石垣1818号事件当時、石垣と同じさいたま地裁民事5部に在籍して、石垣裁判の裁判調書を担当した森本清美書記官、当時さいたま地裁の所長をやっていた吉村真幸を訴えた令和4年(ワ)21202号訴訟 ――― をそれぞれ提起した。




 これ、自分ら的にもややこしくて分かりにくいので図にしてみた ――― ご覧あれ!!
 





 超・めんどかった―――!

 しかもだよ、これら訴訟に関しても左遷組がまたゴボゴボと出てきたのよ~ 冗談ちゃいます、冷や汗たらたらの事実です。

 まずは上図の真ん中柱の僕等のメイン令和4年(ワ)3333石垣国家賠償事件の担当となった、東京地裁民事16部の花・丹下友華裁判官が最初の生贄となっちゃった。
 てことで彼女からアウト~!!




 そして、お次は僕等の令和4年(ワ)21202号の担当を務めた、図最左の東京地裁民事34部、佐藤彩香裁判官のご退場~!
 石垣クンから数えたら、なんと4人目よ、4人目。
 フツーありえんでしょう、こんなのは・・・。





 しかも、このお2人、僕等の2つの裁判が結審してから、いずれも1週間以内の電撃左遷でありました。
 おっとろしい ――― 笑いも凍るわ。
 これらがただごとじゃないのは、この記事読んだ誰もが理解できることでしょう。
 そう、異常事なんだよ、これは。
 

 だけどもねえ、上総轄図最右部( 3.副 )の判事名 ――― 令和4年(ワ)第17195号 / 東京地裁第31部増子由一 となっている部分にご注目あれ。
 
 この令和4年10月27日の17195号事件の口頭弁論のとき、31部の増子(マヒコ)由一判事だけは、なんとあの石垣陽介を法廷に呼んでくれていたのです!

 これは裁判所の対応としては、はっきりいってとても珍しい、例外的な
ものだった、といっていいでしょう。
 僕等の某組織相手の裁判では、複数の制服組の特別警備が法廷前、法廷内につけられているのが常。
 裁判所の庁舎に入るときにはまず1Fロビーの金属探知機等を潜る必要があるわけじゃない?
 ところがこの玄関ロビーを潜り抜けたあと、肝心の法廷に入廷する際にも、僕等は制服組による超入念な手荷物 & 身体検査を原告・被告双方とも受けていたわけ。
 これをやめさせたのが、当時東京高裁民事10部総括の高橋譲判事。
 彼が法廷外の某民事室に僕を呼び出し、直接そのことを告げてくれた。( あのー、高橋さーん、これ、たしか裁判官に禁じられているはずの行為っスよね!?)

 これ以来僕等の裁判からは物々しい特別警備の制服組の姿が消失したわけなんですが、この増子(まひこ)由一判事のときだけこの制度が急に復活したんだよ。
 僕等は地裁1Fロビーで手荷物検査を受けて地裁庁舎内に入ったあと、法廷前の廊下にて久々の厳重な手荷物と所持品の検査を多数の制服組から再び受けることになった。

―――― あらら、懐かしいじゃないのねえ、これ。どうしたのかな・・・?

 と僕とあかねさんはノスタルジックに笑ったりしていたんだけど、開廷と同時にその理由が呑みこめた。
 裁判長席の増子(まひこ)判事がこういったからだ。


―――― 先週、石垣さんが地裁の第31部まで答弁書を届けに見えられて、わたしが応対しました。
     で、わたしは彼に直接いったんです。

     石垣さん、あなた出てきたらどうですかって・・・。

 
 原告席の僕等はぎょっとなった。
 実をいうと、かなり嬉しくもあったんだけど、それが実感できたのはもっと後からの話で、そのときはその意味が分からなかった。
 僕等は僕等の裁判の被告である石垣陽介を法廷に呼び出すための申請書を3種の裁判ごとに必ず提出していたんだけど、民事16部の丹下友華さん( 3333号の担当判事 )にしても、34部の佐藤彩香さん( 21202号の担当判事 )にしても、この種の申請にまともに応じて被告・石垣陽介に法廷の呼び出しをしてくれた裁判官は、それまで誰ひとりとしていなかったんだから。

 民事31部の増子(まひこ)由一判事はもう1度彼が石垣陽介を呼んだ事実を復唱するように繰り返し、この一審は結審となったわけなんだ。

 令和4年4月1日に最高裁人事は、さいたま地裁民事5部にいた石垣陽介に東京地裁民事23部への異動を命じ、
( これは僕等がさいたま地裁に1818号の閲覧に出向き、裁判調書の改竄を見つけるちょうど3日前のことでした )

 僕等の3333号国家賠償裁判がいよいよ始まり、それとは別系列の石垣個人訴訟もはじまると、同年10月25日、またしても最高裁人事が発動して、彼は判決を書かないでもオッケーな、最果ての旭川地家裁の所長職へと左遷されてしまったのだ。

( 増子(まひこ)さんのいる東京地裁民事31部に答弁書をもった石垣が「 相談に訪れた 」のは、彼の答弁書が令和4年10月19日であることから、19日から25日までの7日間のどれかだったということになります。そして、その屈辱的な異動人事の2日後に、この17195の増子(ますこ)さんから法廷へきたらどうかなどといわれ ――— ああ、可哀想な石垣クン! ひとまわり以上年のちがう後輩裁判官のところに答弁書もって訪れるのは、プライドの高い彼にとってさぞかしストレスだったでしょうに! 自分の間違いだらけのトンデモ判決を後輩に知られ、しかも、その目下の後輩に「 裁判にきたらどうですか!」などと遠慮もなくいわれ、もう石垣クン粉々だよなあ w )

 

 この増子(マヒコ)裁判長と遭遇したお蔭で、僕等は裁判所の人間のすべてがどうしようもない誤魔化し野郎ばかりじゃないってことが分かった。
 初めて分かったの、ああ、こんな裁判所みたいな場所にも真人間はいたんだって(笑)

 そして、このことは上記総括頭最右部の2審・令和4年(ネ)565事件の担当判事、東京高裁第17部の吉田徹裁判長のケースでも裏付けられた。

 僕等、原告席で7割方フテながら、石垣陽介クンへの不実をいつものように口にしてたのよ。


―――— だいたい、これほどの間違いが異常にある判決が判決として通るってことが異常なんじゃないですかね? そう思いません?

―――— うん、知り合いの弁護士に話したら愕然としてましたよ、マジで。ねっ、あかねさん! そうだよね?

―――— ええ、そうなんです。だいたい石垣さんが私たちの訴状を読んだかどうかも怪しいわ。あたしたち、真剣にそう思っているんです。彼、さいたま地裁でもわたしたちの訴状、まるで読んでないっていうのが丸分かりだったんですから・・・。

―――— ねえ、もしかしたら酔っぱらって書いたのかも、なんてことまで思わせるレベルだもんね、ここまでくると・・・


 と原告席の僕等がいうと、裁判長席の吉田徹裁判長はおもむろにこう発言したの。

―――— 裁判所は、見てますから・・・・。

 僕等は一瞬空白になって、それからちょっと震えた。
 その刹那、吉田徹裁判長がもの凄えいいオトコにきらめいて見えた ☆ミ
 この写真、どういうわけか物凄く写真写りわるく見えるんだけど、実際の吉田さんはこんなんじゃなくて、もっと恰好いいです。

    もう何年も裁判生活やってるけど、この瞬間がいちばん嬉しかったよね、あかねさん ――— ?

 そんなかんなやってるうちに年も越して、僕等のもとに最高裁からの招待状が先日やってきました。
 
  令和6年(オ)第12号
  令和6年(受)第14号

 最高裁いくよ、石垣クン ――— 首洗って待ってなねっ! (^0-y☆


 ( 次号に続く )

 

 





★ 石垣さんも丹下さんも裁判官なんだから、地裁隣りの法務省赤レンガ棟を入って右手の「 越前碑 」を
参拝したことがあるはずです。そのときの自分の初心を思い出してほしい。あなた方はあの頃の自分に

いま向きあうことができますか? 目を反らさずに微笑みかけることができますか? そのへんのこと
をいっぺんよく考えてみてください。