高橋靖子の「千駄ヶ谷スタイリスト日記」

高橋靖子の「千駄ヶ谷スタイリスト日記」

10月22日 「セントラルアパート物語」 

2005-10-23 | 千駄ヶ谷日記
浅井慎平さんの小説、「セントラルアパート物語」を読み終わる。
10年ぐらい前に読んだものだけど、私自身が「表参道のヤッコさん」でセントラルアパートのことを書いているので、久々に取り出して読み直した。
まるで新しく読むような新鮮さと切なさを感じた。
私自身が存じ上げている方々がつぎつぎと出てくるので、あまり客観的になれないことが多少はあったかもしれない。
文章の進行とともに、私の中にある原宿や青山のマップをとぼとぼととたどる。
主人公とともに、スーパーマーケットの「ユアーズ」あたりから、交差点を右に曲がり、同潤会アパートを通りすぎて、冷たい雪のなかを、セントラルアパートに戻る、、、それらは、みんな消えてしまった風景なのだけど、雪で真っ白に覆われたあの風景、あの時間がページのなかから痛いほどくっきりと立ち上がり、広がった。
あの時代、あの場所で繰り広げられた人生が、本の中でいきいきと呼吸している。

私が以前住んでいたマンションが取り壊され目下工事中だ。
近所なので、時々通る。
私は一階に住んでいたので、引っ越した当時、伊勢丹の屋上で千円ぐらいの杏の苗木を買ってきて、部屋の裏側にある小さな庭に植えた。
数年後、か細い枝に数十個の実をつけ、その後、杏の数は年々増えていった。
夏はその広くない裏庭にテーブルを置いて、家族で日曜のブランチを食べたこともあった。
引越しの時、杏の木を引き抜くことがはばかれて残してきた。
時々、寄り道してどんどん大きくなる杏の木を見上げて、話をした。
言葉にすると照れくさいけど、木は私の友だちだ。私は中国の星占いで、「樹の星」の生まれなのだ。
工事が始まって、杏の木が心配だったけど、無事生き残っていた。
春、工事の囲いの中で、今までにみたこともないぐらい見事なピンクの花が満開になった。
きっと枝もたわわに杏の実がなるだろう。「すっごくきれいだよ」と私は話しかけた。

それからしばらくして現場を通ると、囲いスレスレにあった木々は一本を残して、みんな消えていた。
きっと工事に支障が生じたのだろう。
あの満開の杏の花は、ずっと前にそれを察していて、ありったけの命を ピンク色に燃やしたのかなー、と思った。
でもあんまり感傷的になっちゃいけない、街は刻々と変わってゆくのだ。
写真 (撮影・Yacco)