今日は「5・4運動」から100年です。1919年5月4日、中国の北京大学の学生など3000人が、ドイツの山東省権益を日本にゆずりわたしたパリ講和条約反対を叫んで集会を開きました。これをきっかけに、労働者や市民、商人も参加した反日運動となり、中国全土に広がりました。
それから、100年。この運動が、現代の日本と中国に何を問いかけているかを、しっかりと見ることが、必要だと考えます。
「21カ条の要求」。中学、高校時代に学んだ歴史の用語です。この要求は、1915年に日本が第一次世界大戦に乗じて、山東省の青島(ちんたお)を攻略してドイツからの権益の継承や、大連や旅順などの旧ロシア権益の期間延長を求めて北京政府に突きつけたものです。
北京政府はこれに抵抗し、学生を中心に全国の反日運動が起こったわけです。
この運動は、朝鮮での「3・1運動」に触発されていると言われています。
その中国の「5・4運動」から100年の今日、日本と中国が、再び戦うようなことのないように、そして、日本と中国が友好を深めて、関係を発展させ、アジアと世界の平和に貢献する事を願ってやみません。
写真は、当時の北京の学生の街頭演説のものを「しんぶん赤旗」からいただきました。
それから、100年。この運動が、現代の日本と中国に何を問いかけているかを、しっかりと見ることが、必要だと考えます。
「21カ条の要求」。中学、高校時代に学んだ歴史の用語です。この要求は、1915年に日本が第一次世界大戦に乗じて、山東省の青島(ちんたお)を攻略してドイツからの権益の継承や、大連や旅順などの旧ロシア権益の期間延長を求めて北京政府に突きつけたものです。
北京政府はこれに抵抗し、学生を中心に全国の反日運動が起こったわけです。
この運動は、朝鮮での「3・1運動」に触発されていると言われています。
その中国の「5・4運動」から100年の今日、日本と中国が、再び戦うようなことのないように、そして、日本と中国が友好を深めて、関係を発展させ、アジアと世界の平和に貢献する事を願ってやみません。
写真は、当時の北京の学生の街頭演説のものを「しんぶん赤旗」からいただきました。
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