goo blog サービス終了のお知らせ 

折々スケッチ

小さなスケッチブックやハガキに水彩と鉛筆ペン等で描いた絵を中心に、感じたこと等日記代わりに添えています。

私の大阪万博

2025年04月26日 | 大阪万博



4月21日に日帰りで出かけた万博、たった1日でしたがずいぶん長く楽しめた気がします。
1人で行こうと決めたのは4月15日、それからネットで万博の色々と天気予報も調べ行くのは21日と決めました。16日にはパソコンから入場券を購入し念のために印刷。会場地図もA4に印刷して4枚をつなげば全体を見られます。ここまではとても順調でしたが、なぜかパソコンとスマホと両方で同時のメール送受信が出来ず・・・一晩悩んだ翌日に娘の助けもあって無事スマホへもメールが届くようになり近鉄特急の予約も、シャトルバスの予約もスマホから出来ました。あの時はパニックでしたが、今思えばそれも思い出の一つです。


右手前斜めにあるのは大屋根リングに上がるエスカレーター・全部で5か所にある
11:43 まだ人は少ない


12:15 ここは人が多い


万博へ行く前日には持ち物を準備する。ここまで来ればもう気持ちはルンルンです。娘のアドバイスもあってモバイルバッテリー、お握りと菓子パン、気温の変化に対応できるような羽織る物・・・あとはいつものスケッチブックと絵具と椅子。そしてカードと顔付きの証明書(マイナンバーカード・今回は使わなかった)。ここまで揃ったらJRの駅で新幹線の切符を買う(JR東海ジパングの割引)、金券ショップで難波までのチケットを買う(株主優待)。気分は高まります!


14:15 小学生の団体が帰り始める


17:15



こうして出かける前の5日間も準備しながら万博を楽しんで、21日当日は緊張と楽しみとちょっと不安な私の冒険大旅行! 家に帰った翌日には想い出をかみ締めながらブログを書いてアップして、その次の2日間は教室で「万博行って来たの〜♪」と、皆さんに話していました。




「万博へ行って来た」と言うと「えっ!もう…」と言われる。大抵は「今回はあまり関心なくて行く気がしないの」とも言われる。けれど私が「一人で行っても楽しかったよ~」と言うと「行ってみようかしら」と。こうして口コミでも広がってだんだん入場者は増えるのでしょう。初日の来場者は約12万人、それからは5万人くらいからだんだん増えて私が行った1日は8万人弱。この後の連休から夏休みはどうなるのでしょう。

20年前に開催された愛知万博、この時の初日の会場は閑散として時折みぞれ交じりの雨が降ったりもしました。それが期間の途中から大盛況、予想を超える入場者数になったようです。愛知万博では夫が通訳ボランティアや駐車場ボランティアでせっせと出かけていましたし、私も他県在住の親戚を案内したり中国からの留学生を家に泊めて案内したりとパスポートを買って何度も会場に行きました。今思えばそんなことが出来るほど20年前は若かったのです。あの時は外国館のアテンダントをしていた娘もすっかりオバサンになって、今回の万博では熱心な参観者になってます。
娘の婿殿も偶然同じ日に1人で朝1番から万博会場に行くことになっていて、会場でライン交換してました。「予約したカナダ館の近くに来ました」と私。婿さんからは「今モナコです」とか「只今、アイルランド館並び中」とかラインが来て、地図を出しては「う~ん」あのあたりかぁなどと思ってもそれぞれ楽しんでいるのにそこまで行って探すほどの気はなし。21日はスタッフも加えれば96,000人の入場者、偶然出会うなんてこともなかなか・・・。それでもどこかに知った人がいるのは少し安心な気もしていました。

多分もう大阪万博に行くことは無いと思うけれど、万博のニュースが流れると「あ、あそこだわ」などと親しみを感じて見ています。行くと決めた日からの労力と出費、それに見合う以上に得られた興奮の余韻にまだまだ浸って楽しんでいます。


西ゲートを出た20時過ぎ

交通費(すべて含めて)11,740円
入場券(平日用)    6,000円
会場内で買い物     1,350円
          ーーーーー
        計  19,090円

帰りの新幹線で食べた駅弁、新大阪駅でお土産用に買った551の肉まん、会場に持参したお握りや菓子パンは費用に入っていません。これも経費と言えば経費だけれど・・・。

歩数(家を出てから帰るまで)22,813歩
どれだけ無駄に歩いたのか・・・
スマホの歩数計が間違っているのかも。



大阪・関西万博日帰り1人旅(3)

2025年04月24日 | 大阪万博


巨大なガンダムとミャクミャク

電動カート(パーソナルモビリティ)を借りて通行可能な場内を見て歩く。


リングの上から見下ろして


大屋根リングからの眺め 17:39
右側がエスカレーター


それから目的の一つだった海に沈む夕日を見るために大屋根リングへ。カートは近くの駐車場に止めてエスカレーターでリングの下の段まで上がり、その上の段までは緩い坂を登る。しかし同じ思いの方が多くてなかなか前に進まない。丁度正面に日が沈む辺りは立ち止まった人、先へと歩く人、戻る人で大混雑。私は人の流れに流されないよう踏みとどまって小柄な女性の後に立って日没を待ちました。空は快晴地上20mの海風が気持ち良い夕方でした。


ドラマのシーンのように日が沈む 


18:31オレンジ色の光を放ちながら海の向こうの低い山に日が沈む。待っていた人達からため息と歓声が聞こえて「よかったねぇ」「明日から元気に仕事しようって気になるね」と。かなり密な状態なので私にも皆さんの声が聞こえます。それからは立ち止まったまままだ見ている人、下へ降りる人、もう少し先へ行く人等でまたしても人は動かない。進むのはほんの少しずつ。少しずつでも進めば安心ですがしばらく止まってしまうとこの先どうなるのかと心配になりますが、皆さん静かに待たれていました。しかし今でもこの混雑、これから入場者が増える暑い日にこれで大丈夫だろうかと思います。大屋根リングの下の層まで降りれば混雑も無く下りのエスカレーターにも乗れましたけれど、やっぱりこの先が心配。


ここまで降りれば人は少ない
大屋根リング

私は大屋根リングから水上ショウを見るつもりでしたが、ショウが終わった後の混雑が心配で下で見ることにしました。が、この判断は間違いだったかも。地上はもう人がいっぱいでしたから。ショウは19:10開始、終わるのは19:30。私が借りた電動カートの返却期限は19:45。ショウ終わって返却場所まで移動できるか分かりません。(少々返却が遅れても問題はないとは思いながら、小心なのです)そこから西ゲートの返却場所までカートを返しに行き、また歩いて戻って、水上ショウの場所近くで立ち見することになりました。






水上ショウ「青と夜の虹のパレード」は幅200m、奥行き60メートルの半円形の水上に水のスクリーンを作りだして照明やレーザーで20分間の物語が展開するのです。早めに予約するなり場所取りするなりすればよいのに、カートを返しに行くなんて、時間と体力の無駄の大失敗!しまったなぁと思いながら1日歩いて疲れた足で立ったまま、人の頭越しに見たショウは立っているのが辛かった。段取りを考えなきゃダメじゃないと、思い返しながらも意表を突く演出と光の美しさに見入ってもいました。色々あっても見られたのですから・・・。で、その後ドローンショウもあるはずなのにいつなのかと聞いてみると「ドローンショウは20:50からです」って。それでは帰りの列車に間に合わないので、トボトボと夜の会場を見ながら西ゲートへ向かいました。その頃(20時まえ)にはいろいろなパビリオンで「今なら予約なしで入れますよ~」と呼び込みの声がしてました。その時間でも超人気のイタリア館には入場を待っている人達が沢山。




ステージでは来場者の女の子が歌ってその家族らしい方とスタッフが踊ってた
入場者が増えて夏の夜になればきっと盛り上がるはず

来た時も帰るときも静かな西ゲート、数人のスタッフの人に手を振っていただいて、ゲートを出る時、記念にスマホのシャッターを押してもらう。そこから振り返って見た大屋根リングは今日一日が夢の中の出来事だったと思えるほどに静かに輝いていました。



シャトルバスは20:30発、西ゲート前と言っても広いので歩いて歩いてやっと「新大阪行き」のバス停へ到着。時間まで持参の折り畳み椅子を出して座り込んでしまいました。バスは完全予約制、乗る時は予約画面をスマホで示す必要が有るのですが、数人前のシニアさんお二人が手間取って進まない。画面は出せなくても予約の氏名は合っているので乗車できましたが、スマホに慣れないシニアさん、他人ごとではないと思っていました。

新大阪駅21:34発の新幹線「こだま」はほぼ満席。座席に着くと皆さん夕食開始、私も駅で買った弁当を食べて長かった1日を思い返していたら1時間ほどで名古屋到着。そこから地下鉄を乗り継いで駐輪場へ。自転車をこいで家に帰ったのは23時半近く。朝、家を出てから帰宅するまで15時間余、万博会場滞在9時間の旅でした。

会場では思うようにならない事も色々ありましたし、反省点も多々。それでも一人で万博に行けたこと、まだ大丈夫だと思えたことは大きな収穫でした。結局見たパビリオンはカナダ館だけでしたし、会場の名物も食べずでしたが「大阪万博に行って来た」と言う満足感は十分。私の行くことが出来る万博開催はこれが最後だろうと思うからやっぱり行って良かったです。

万博日帰り1人旅は 終わります。
私の1人旅にお付き合いいただき有難うございました。

大阪・関西万博日帰り1人旅(2)

2025年04月23日 | 大阪万博


球体や面白い形のパビリオンそのむこうに大屋根リングを見ながら一休み



出かけた21日は家を出たのが7時、帰りは遅くなる予定で23時を過ぎればバスは無い。遅くまで動いている地下鉄駅まで自転車で走り駐輪場へ。地下鉄で名古屋駅へ行き近鉄特急「ひのとり」に乗る。この赤い車体がカッコよくて1度乗ってみたかった列車に今回初めて乗れました。名古屋から大阪難波まで2時間少々、ここからシャトルバスに乗る南海難波駅のバスセンターまでの道が分からず、聞きながら、訪ねながら・・・ちゃんと時間には着きましたがネットの行き方の説明とは違った気がしました。何はともあれ乗れば30分弱で万博会場です。

会場の埋立地夢州(ゆめしま)は万博会場以外はまだ工事中の埋め立て地って感じです。ここにカジノが出来るのですって・・・わざわざバクチバなんぞを〜・・・と思う。
入場するなら地下鉄につながっていない西ゲートの方が空いていると聞いていたので、西ゲートへ。この日は待ち時間ゼロで入場できました。時計は11時を回っていて、12:15に予約していたカナダパビリオンは東ゲート近く。急いで歩けば7,8分といっても初めての場所を探しながらでは脚のためにも無理は禁物。外周を走る電気自動車eMoverに乗りました。1回400円、1日乗り放題1000円。迷わず1日用にしてチケットがわりのリストバンドを手首に撒いてもらいました。バスに乗れば時間的に早く着いたとは思えませんが脚には楽でした。


外周を走る電気バスeMover(写真はネットから拝借)


1日用のリストバンド


バスの「リング東停留所」を降りるとちょっと寂しい場所でした



間近で見る大屋根リングは大きくてやっぱり目で見なくちゃこの大きさこの形は実感できないなと思いながら地図で見ておいたカナダ館へ。カナダ館は予約済みの人と予約なしの人とが二列に並んでいて交互に入場。予約なしの人の方がずっと多いのでこれで公平なのでしょう。入場すればタブレットを借りてこれをかざすと拡張現実(AR)の技術で多様な場面ごとに変わるカナダが現れる。カナダパビリオンのコンセプトは「再生」隅に埋め込まれた半円形の中にはカナダの宇宙船から見える風景も見られる。出口には運が良ければビーバーのキャラクター「パーカ」いるはずですが、この日はお留守。でもパークスカナダが国立公園の絶景ポイントに置いているという赤い椅子があって、私も座って記念撮影。ただ名物料理の販売店はまだ未完成でした。
外に出てゆっくり建物を見る。外観は「春になると川の氷が溶けだして断片が川の流れをせき止める」と言うイメージだとか。外壁の白と文字の赤もとてもすっきりと素敵でした。


カナダ館


タブレットをかざして映像を見る


カナダ館とのご縁は2005年愛知万博が開催されたときカナダ代表の奥様が私の教室に1年近く来ていただけていたことです。お忙しい中にもよく出席されて教室展にも出品されました。万博が終わりに近づいた頃には教室の皆さんをカナダ館に招待して頂けて、パーティールームでお茶を頂いたうえにカナダ館とアメリカ館へ。当日はどのパビリオンも大行列でしたが、カナダ代表ご夫妻とご一緒なら別のルートで待たずに入館。ちょっとビップになった気分だったような…そんな事があって、これは私の気持ちだけの事ですが、先ずはカナダ館を見ることにしたのです。

それから当日予約の出来る場所を探して、予約機で探してもやっぱり見たいところは空いていなくて諦めて休憩。そこで昨日アップしたスケッチを描いて、さて・・・。ネットで見た電気カート(パーソナルモビリティー)を借りるために東西ゲート近くにあるという貸し出し場へ。毎時0分からの抽選。その時居た場所から近いのは東ゲートだったので東ゲートの貸し出し場へ行き時間まで並ぶ。で、13時の抽選は外れ!ここまで歩いてきて待って・・・はずれって。運が無いのだから仕方がないとはいえどっと疲れます。それから予約なしOKのパビリオンに並ぶか、ブラブラ楽しむか、それなら大屋根リングを見たり中心部にある「静けさの森」を見ようとまたぶらぶらしたり持参のお握りを食べたりして西ゲートの15時抽選に向かいました。西ゲートの方が人は少ないだろうと期待して距離にして1キロ余り。急いだので抽選まで15分ほど立って待つ。係の人に「一般枠ですか?障害者、高齢者枠ですか?」と聞かれニッコリ「高齢者です」と。見ればわかっても聞くのがお仕事。東ゲートでは聞かれなかったし枠別の抽選でもなかった。西と東ではやり方もの違うようです。と言うことで私は当り!しかしそれからが長かった。10名の当選者は貸し出し申込書と同意書を書いて、それから注意事項など説明。それが終わると同意書に書かれた№のカギがいただける。はずでしたが何かが間違ってまず5名だけは良かったのに私を含む5名のカギは無いって。それでも何とかなって使い方の説明を受けて乗れたのは抽選から45分後の事でした。無料で4時間お借りできるのですし、万博はまだ始まったばかり文句を言ってはいけないのかもしれません。




前の籠にリュックを入れて花粉症のためにマスクして 私


このパーソナルモビリティ、まだあまり知られていなくて珍しそうに眺めたり止まると話しかけられることが多かった。「これどうやって借りるの」「いくら?」「運転は難しくない?」などなど・・・。聞きたそうに私を見た方に「抽選で借りられますよ」と言えば首を振って日本語で「ワカラナイ」と。そうだったスマホに翻訳ソフトを入れておけばよかったと思っても間に合わない。ベンチの端に腰かけてお握りを食べていた時も大柄な外人のおじさんが向こう端に座りながらチラッとこちらを見た感じ。ここで「こんにちは」と言えるといいけれど後が続かない私。黙ってお握り食べました。外人さんも黙って袋のチップスお召し上がり。あ〜あ情けないことです。


左の竹の向こう側は竹で出来たベンチ
ベンチでお握りを食べた「静けさの森」

そんな私も日本人なら大丈夫。「それどうやって借りるの?」と聞いてきたオバサマ。話していると彼女も「お天気がいいから急に思い立っての1人旅」で「子供が休みの日は混むし、足を引っ張ることになるのも嫌でしょ。今日は思い切って奈良からきました」と。「チケットも当日券を今ゲートで買ったの。パソコンなんてできないからね。現金は使えないらしいからカードだけは持ってきて」「歳だからみんなに迷惑かけないように楽しみたいでしょ」っていう彼女は72歳とか。お互いババちゃんの1人万博なのでしばらく話が弾みました。

つづく。





大阪・関西万博日帰り1人旅(1)

2025年04月22日 | 大阪万博

大屋根リングの下は日陰になって沢山あるベンチで休憩しながら最初の1枚



2025年4月大阪万博が始まってニュースなどで会場の様子が伝えられると、やっぱり行ってみようかなと思いはじめ、行くなら涼しくまだ空いている5月の連休前の今しかないと、21日に日帰りで行って来ました。
入場券などの手続きが面倒そうなのでツアーにしようかとも思いましたが、ツアーは天気が選べない。若い人と一緒に行けたとしても私の脚と体力では、付いて歩けない。独りなら疲れたら休めばいいし、つまらなければ早く切り上げて帰っても自由。そんなきままな万博見学に付き合ってくれる友人も無くて、80過ぎたババちゃんの万博1人旅になりました。



会場到着は11時 西ゲートは待ち時間ゼロ
前を歩いているのは同じシャトルバスの人たち


ついこの間まで、大阪万博って全く関心は無いし大勢並んで造り物のの建物や映像を見て回っても終われば忘れる・・・それならその費用で山や海に行って自然の風景に浸った方がずっといいと、思っていたのに4月初め頃娘婿さんに「もちろん行きますし、始まれば万博情報が溢れてお母さんも行きたくなりますよ」と言われて気になり始めたのです。

行くとなったら会場の情報を集めて、入場券を買って、乗り物の予約をして、パビリオンの予約もする。たったこれだけの事なのにパソコンとスマホに振り回された数日間でした。パソコンとスマホと両方で使えるようにするだけで頭の中はパニック。いくつもの「ID」と「パスワード」が駆け巡り何がどれだったか・・・。とりあえずパソコンで万博IDを取得してチケットを買い、うまくスマホに表示されないと困るので入場券は印刷。私にとってパッと取り出せるのはやはり紙の情報です。それでもスマホでも使えるようにしておかないとと夜更かししても解決しなかった翌日、突然娘が「仕事で近くに行くから寄るわ」と連絡をくれました。これぞ天の助けです!娘がスマホ設定中に私は娘家族用の夕ご飯をお弁当にして待機。待機していると「この・・・は何?」「・・・は何使ってるの?」と次々聞かれても私には「???」ばかり。用語が分からない。娘は呆れていましたがそれでもスマホもパソコンとつながりこれで万博に行けそうな気になりました。
そのうえ娘と孫ちゃんは万博初日に行っているので情報も聞けました。

デジタルチケットは用意で来たらパビリオンの入場予約が1つだけ出来ることも娘に聞いて知りました。私は行くことに決めたのが遅かったのでパビリオンの予約が出来るのはは4日前から。それも日付が変わる午前0時を過ぎたら素早く予約ボタンをタッチ!なんだとか。眠いのに夜更かしして時計を見ながらソレッとばかりにタッチしたのに画面には「647番です。順をお待ちください」って。でも3分ほどで予約画面になったのですが、見たいパビリオンの都合の良い空き時間はほとんどなくて、迷っている間にも予約は埋まりそう。とりあえず愛知万博の時ご縁があった「カナダ館」を予約しました。
もともと万博の雰囲気を味わえばいいくらいのつもりでしたから、リングの大屋根で会場を眺めて夕日を見て夜の水上ショウでも見られればと思っていたのでカナダ館が見られれば上等です。



往きは名古屋から近鉄特急「ひのとり」難波まで
難波からシャトルバスで万博会場へ
帰りは会場からシャトルバスで新大阪へ
新大阪から新幹線で名古屋へ



地図は会場で購入(200円)
万博入場券のQRコードは印刷(スマホが上手に開けなかった時のため)

当日の色々は長くなりそうですが、また次回に。


教室仲間と公園スケッチ

2025年04月18日 | 鶴舞公園


緑化センター温室



朝の空気もやっと寒さから暖かさへ、この心地よい季節もきっとすぐに暑さへと変わるはず。折角の良い季節なので18日は普段は外でスケッチすることの少ない方達と鶴舞公園でスケッチ会でした。鶴舞公園(つるまこうえん)は昨年の朝ドラ「虎に翼」に時々登場した噴水塔や名古屋市公会堂があり、今ではコスプレの聖地なのだとか。でも18日はコスプレ族ではなくて遠足か校外学習らしい子供たちが多かったです。




大きな樹の下でスケッチしていると頭上のカラスが騒がしい。手提げ袋の絵の具を取り出そうとすると地上に降りたカラスが期待の籠った目で見つめて来る。食べ物を出せば仲間を呼び集めるはず。あの沢山のカラス何とかならないものでしょうか。そんな樹の下の多くのベンチでは12時ごろからお弁当などを食べている人が増えて来てもカラスは寄り付かない。と言うことはいつもここでお弁当を食べる方達からはおこぼれを貰えていないのかなぁと。私たちのようにたまたまやって来るオバサン達はおやつをくれるのかも…などとスケッチしながら考えていました。で、スケッチはいつものようにチャッチャッと4枚。他の方達はそれぞれちゃんと丁寧に描かれていました。




名古屋市公会堂



女性ばかり5名、スケッチしたら次はランチでおしゃべり会です。どこで食事をするかなんて予定も立てずに歩き出すと修理中なのか屋根をブルーシートで覆った建物から人が出て来るし、扉にはcafeとある。ちょっと見てみようと覗くと店員さんに「何名様ですか」と聞かれて…案内されて・・・それが中に入ると100年以上の古民家を改装した店内は思ったよりも広くて居心地も良かった。
お店は「ヌンクヌスク鶴舞公園」 いただいたのはキッシュのランチセット(キッシュ・サラダ・スープ・ドリンク)
美味しくて皆さんすっかりいただいて「デザートも食べましょう」と。それぞれ苺ケーキやシュークリームを注文して食べながらまたおしゃべり、店員さんに「お時間です」と言われるまでオシャベリ・・・。

新緑と様々な季節の花に満足してお腹もいっぱい。店を出るとそれぞれ家に帰る人、もう少し公園を歩こうという人、私は家から自転車だったのでまたそのまま自転車で帰りました。家から公園までゆっくり走って30分ほどの場所です。この距離なのですから暑くなる前にまた出かけたいと思っています。



この先はバラ園


いつの間にか10日も過ぎ・・・

2025年04月12日 | 野菜

小さな筍



10日余りもブログ更新できなかったのは、色々の用が続いて気持ちがそっちへ行っていたからで、私は元気です。ただ忙しいことを理由にしての運動不足と過食で体重増加 → 膝痛悪化、これではいけないと真面目な散歩を再開したところです。
そして、今日は朝からすっきり晴れて暖かい。自転車で走れば長く楽しませてくれた桜も盛りを過ぎて、花びらが帽子にも肩にも自転車の籠にもひらひら ひらひら。これで今年の桜も終わりまた来年。来年はどんな桜をどこで見ているだろうと、そんなことを思うようになったのは元気だった兄嫁さんが1月に倒れて入院中だからかもしれません。来年もまた桜を楽しめるほどの元気でいたいものだ思います。

桜が終わりに近づけば木々の芽吹きが始まってピッカピカでツッヤツヤの芽が「春だ〜っ!」と叫んでいる。こんな季節に私だってグズグズしてはいられない。散歩も家事も5月の展覧会準備も・・・気持ちはヤル気になっています。この気持ちが続きますように…。

土筆のおすそ分けから

2025年04月03日 | 野菜





先日、兄嫁とお茶を飲みながらおしゃべりしていると「この間の土筆ねぇ、懐かしてねぇ昔の事を思い出したわ」と。この間の土筆と言うのはもう10日以上も前にお裾分けした土筆の事。以前、一年に1度は食べたいと私の姉に話した事があり、春になると届けてくれます。姉の家の近くにはまだ少しは空き地や畑があり土筆も生えるようですが「土筆摘みに来てと言えるほどには生えなくてね」と、私一人分ほどの土筆を「絵にも描けるように」とハカマを付けたまま、スギナも数本は加えて届けてくれます。今年のその日はちょうど私が出かけていて帰ると玄関に土筆の袋と一抱えのネギが置かれていました。「電話してくれたら家に居たのに」と私。「ついでがあったから行っちゃったの」と。



姉の友人の畑でとれた葱


根元を残して植木鉢に植えたら育ってきた葱



早速スケッチ用に形の良いのは取り分けて、夕食用に1皿分ほどハカマを取って今年初物の土筆の卵とじが出来ました。残りは夕食後にハガキに数枚スケッチして、翌朝ハカマを取ってサッと茹でました。と、そこへ兄嫁さんがピンポーン。「今ね土筆を茹でてたの」と言うと「へ〜っ土筆ってもう2、3年も食べたことが無いわ。春の味ねぇ~いいねぇ」と言われてしまい「私は昨日も食べたから、少ないけどどうぞ」とそっくり袋に入れて、葱も一緒にお裾分け。それから10日も立ってから「懐かしかった・・・」と言う話になりました。2、3年食べたことが無いって言っていたけれど本当は10年以上前だったらしい。月日や時間が時々あやふやになる兄嫁さんなのに10日も前の事を「美味しくて懐かしかった」と言われ、よほど印象深かったのだろうと思います。いくつになっても子供の頃の食べ物の記憶は残っていてそれが切っ掛けになって次々と懐かしい情景を思い出す。兄嫁さんより10歳若い私でもやっぱりそうだよなぁ・・・と。小学生の頃の春休みに母と土筆摘みに出かけた日のことを思い出していました。







にほんブログ村ブログパーツ

アクセスランキングにほんブログ村