磐田の元日本代表MF名波浩(35)が
今季限りで現役を引退することが12日、分かった。
既にクラブ首脳との会談で引退の意向を伝えており、13日にも正式発表される。
名波は来季のコーチ就任は固辞したが、将来の磐田監督就任を希望。
解説者などピッチ外での“修業”後、数年後に指導者として
戻って来ることになりそうだ。
日本代表の「背番号10」を背負った名レフティーが、
ついにユニホームを脱ぐことになった。
「(年俸)ゼロ提示を受けず、自分の意思で引退できることは幸せなこと」。
名波はクラブや親しい関係者に対し、そう気持ちを伝えたという。
名波は95年に磐田入りし、同年5月6日のコスタリカ戦で日本代表デビュー。
97年に磐田のJ1初優勝に貢献すると、
99年にはセリエAのベネチアに期限付き移籍した。
日本代表でも98年W杯フランス大会で全3試合に出場し、
00年アジア杯ではMVPに輝いた。
01年に右ひざ半月板を手術して代表からは遠ざかったが、
左足からの精度の高いパスはまさに職人芸。
高い戦術眼と巧みなゲームコントロールでサポーターを魅了し、
チーム内では兄貴分のような存在として慕われていた。
手術した右ひざの影響もあり、本来ならもっと早く引退するつもりだった。
06年に磐田で出番が減り、C大阪へ期限付き移籍。
しかし、東京で闘病中だった母・祥江(よしえ)さんに
もう一度プレーを見てもらうため、
同年オフに当時J2の東京Vに期限付き移籍した。
直後の07年1月に祥江さんは64歳で亡くなったが、
今季は低迷する磐田から「かつてのサッカーをよみがえらせるために
手助けしてほしい」と要請を受け、現役続行を決意して古巣に復帰した。
他クラブ移籍の際はいずれも期限付きだったように、
磐田にとって名波は幹部候補生。
来季のコーチ就任は断ったが、名波も「40歳過ぎぐらいに監督になりたい」
と語っており、指導者として磐田に戻ることが濃厚だ。
チームのJ1残留と天皇杯制覇に力を尽くすことが、現役最後の仕事となる。
(引用)
ついにこの日が来てしまいました・・・
チームが入れ替え戦を含む降格圏内にいる為、
どのタイミングで発表するのかな?と思っていたのですがね。
やっぱり引退しちゃうんだね。
『ヒロシに似ててサッカーのめちゃくちゃうまい選手が居るよ』
と言われて見に行った順天堂大学時代から足掛け15年。
ずっと応援して来た選手が引退してしまうのは本当に寂しい。
もう後にも先にも15年も追い続けて応援する選手は出て来ないだろうなぁ・・・
去年の今ごろも『引退か?』とヤキモキして奇跡の?現役続行から早1年。
気がつけばシーズンは残り僅か。
もう本当に残された時間は少ない。
現役でいる限り、試合に出てようが出まいがいつか見れるだろう
と言う安堵感もあったのですが来年はもう無いんだよね・・・
そう思うと可能な限り見に行きたいけど・・・
29日の鹿島戦は1分でも良いから出場して欲しいなぁ。
首都圏内で最後のサックスブルーの勇姿が見たい。
サッカーの神様宜しくお願いします。
名波選手本当にお疲れ様でした。
残り3試合楽しんで左足でボールに魔法をかけちゃってください。