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4月4日第一日曜日は、からつ労山の仲間と韓国岳縦走と高千穂峰登山を一日で達成しようと計画していた。
そんな折、3月30日、縦走の一つである新燃岳が小爆発して、立ち入り禁止の規制が張られたというニュースが飛び込んできた。
参加者は既に決まっていて、『縦走は無しでも霧島に行こう』ということになった。
既に高千穂峰にも韓国岳にも登った人がほとんどであったが、『高千穂峰の円錐状のシャープな稜線をまた見たい』とか『竜馬とおりょうの立った場所に立ってみたい』とか、それぞれに目的を持って集まっていた。
私は、2008年5月25日韓国岳から大浪池までは歩いたことがあったが、韓国岳から見る『大浪池の深い緑色の湖面をまた見たい』ということと、昨年春に小学生が遭難死した韓国岳からの下りに足を運び冥福を祈りたいと密かに思っていた。
とはいえ、それらの目的以上に『気心の知れた仲間との語らいや共に行動すること』に惹かれて集まったに違いない。
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冒頭写真は『高千穂峰のシャープな稜線』(山頂部は霧につつまれている)
と2枚目は山頂での集合写真
出発は鏡の古代の森駐車場を3時であった。4名が集まっていた。(K一郎さん、ヒラノさん、テツさん、私+3Kの4名)
もちろん夜明けには程遠く、空には星が煌いていた。
途中イチさん、暢さん、アキさんを加えて7名の仲間との山行である。
多久インターから高速に乗り、途中玉名とえびのパーキングでの休憩を挟んで、
6時43分には「高千穂河原」の駐車場に着いた。
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早速、先ず『高千穂峰』に登ろうということで、身支度をして7時過ぎには鳥居を潜って古宮址口への参道に入った。
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石畳の遊歩道を20分ほど行くと火山礫が目立つ赤土の登山道に入った。
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潅木帯がなくなったところから急傾斜の『ザラザラ』としたガレ場を登っていく。
『竜馬とおりょうはどんな格好で登ったのだろう』『どんな声を掛けながらこの急登を越えたのだろうか』
『足下は草履だろうか』等々思いながら、上を見ると先行する仲間のお尻だけが見えていた。
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足場の悪い急斜面を喘ぐこと50分、ようやく火口淵に上がった。
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火口淵は風が強く、ようやく見えた高千穂峰は霧につつまれていた。(冒頭の写真である)
大きい溶岩の陰に隠れて風を避けたが、ここまで上がってきた安堵感からかみんな笑顔が溢れていた。
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一旦、火口淵から主峰との鞍部に降りて、霧につつまれた山頂目指して登り上がった。
目の前に『天之逆鉾』が立つ山頂が霧の中に現れてきた。(鳥居の中に薄っすら見えるのが『天之逆鉾』である)
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山頂部の後の方に回ると『霊峰高千穂峯』の一等三角点の標石があった。
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竜馬とおりょうもこんなに喜んだろうか。(アキさんとイチさん)
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『天孫ニニギノミコト降臨之霊峯』
の碑を前にして撮ったものである。
竜馬は『天之逆鉾』を抜いたといわれるが、どのような思いからだろうか?
私は、恐れ多くて山頂部に足を踏み入れることが出来なかった。
凡人の私が比べることがおこがましい話ではあるが。
我々7名で15分ほど山頂を独占していたが、暫くしてようやく2名が上がって来た。
我々は、霧が晴れそうもないことから後続に入れ替わって下山することにした。
火口淵を下る頃になって、沢山の登山者が上がって来た。
春休み最後のお別れ登山のような小中学生の団体もいた。
下山も足下は踏ん張りが利かず、油断すると滑って尻餅を突いてしまう。
慎重に足下を選びながら下った。約1時間で高千穂河原の登山口に戻ってきた。
時間はまだ10時前である。次はどこに登るか。
結果『大浪池』経由で『韓国岳』へ登ろうということになった。
大浪池登山口へ移動した。既に駐車場はいっぱいで、辛うじてスペースを見つけて車を止めた。
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10時35分再び入山。登山口からは、良く整備された石畳が続いた。
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30分余りで大浪池休憩所がある池の淵に登り上がった。下の写真は大浪池と韓国岳。
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時計回りに回るか逆周りにするか協議した結果、時計回りに大浪池を回ることになった。
11時35分。大浪池が見渡せ、かつ韓国岳が正面に見えるところで昼食時間となった。
下の写真は、食事を始めた頃の韓国岳。山頂には雲がない。
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食後の韓国岳。山頂に雲が掛かってきた。
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食事の後、周りにあるミヤマキリシマを覗いてみた。開花まではまだ時間が掛かりそうだが、しっかり蕾を膨らませているのが確認できた。
ミヤマキリシマ
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登山道の脇や草むらを探してみると、下の写真のような花が咲いていた。
○○○ショウジョウバカマ
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○○リンドウ
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約50分ほどゆっくり時間を過ごして、いよいよ出発。
大浪池の淵を下って韓国岳への登山口に向かう。
下り切った所から韓国岳非難小屋までの木道が整備されていた。
遭難事件を受けての整備であろうか。
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大浪池東回りの登山道から分かれると韓国岳への登りが待っている。
急傾斜の山肌に、木段が整備されていた。2年前の5月は刃こぼれの階段や傾斜が崩れた階段があり、下るのに苦労した記憶があった。
おそらく昨年の遭難事件を受けて整備されたのであろう。補完された踏み板に、枚数を把握するためか、番号が赤いチョークで記されていた。
足下に目を向けながら、遭難死した小学生の冥福を祈った。悲しい出来事であったが、彼の事件を受けて整備された木段に感謝しながら登らせてもらった。
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13時35分、分岐から約50分で韓国岳山頂に着いた。
山頂直前、大浪池や新燃岳を振り返ってみた。
大浪池は靄が掛かったようで、深い緑色の湖面は見ることが出来なかった。
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新燃岳は山腹からも白い蒸気か噴煙を上げている姿が見えた。
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全員揃ったところで本日2座目の集合写真を撮った。達成感で満ち足りた笑顔が溢れています。
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ついでに私の記念写真。
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健脚のイチさん、テツさんが往路を引き返し車を持ってえびの高原まで残り5名を迎えに来てくれることになった。
13時55分、我々5名はえびの高原の韓国岳登山口に向け下山して行った。
15時、えびの高原の売店広場に着いた。
15分程して二人が迎えに来た。そのまま国民宿舎の温泉に。
早朝から頑張った身体を温泉で癒して、2座を歩いた余韻に浸りながら、
お互いに労いの言葉を掛けながら、仲間への感謝の念が湧いてきた。
鏡の駐車場に戻ったのは20時45分。17時間45分の楽しい山行が終わった。
『今日もありがとう』『お疲れ様』清々しい気分で言葉を交わし、みんなと別れた。
龍馬は、たぶん草鞋だったのでしょうね~♪
遭難の小学生、ご冥福をお祈り申し上げます。
あの時、自衛隊が登っていれば・・・(あれだけ普段から訓練している自衛隊にあの山系で「2次遭難」の文字は無かったはず、上長の命令を吹き飛ばす勇敢な人はいなかったのか???、と勝手に思うのは拙者だけでしょうか)
欲張りでしたがいい山歩きが出来ました。
竜馬は草履だったのでしょうね?
風頭にある革靴はその後でしょうか?登り難いのが教訓になって・・・。
遭難事件は、まさに仰せの通り。
なぜ階段の横をしっかり探さなかったのだろうと歩きながら感じました。