日本では賃金が低く、増えもしない。 一方でアメリカは、高度サービス産業の賃金が著しく高く、伸び率も高い。そして、労働力がこの部門に移動している。 日本の現状を打破するには、アメリカに学んで新産業を創出し労働力の移動を促進する必要がある。 アベノミクス中の賃金上昇率が、 日本で1.3%、アメリカでは26.1% 日本の賃金が上昇せず、国際的に見てかなりの下位であることが、最近さまざまなところで問題とされている。 日本の実質賃金が20年以上の期間にわたってほとんど上昇しない。そして、さまざまな国に追い抜かされてOECD諸国の中でも下位グループに落ち込んでいる。 これは由々しき問題だ。何とかしてこの状態から脱却しなければならない。 では、どうすれば現在の状態から脱却できるか? その1つの手掛かりは、賃金が顕著に伸びているアメリカの状況を調べることだ。そして、なぜ日本との間で差があるのかを分析する必要がある。 日本の状況を変えるためにアメリカの状況を知っておくことは不可欠だ。 アメリカ商務省経済分析局(Bureau of Economic Analysis)の統計を見ると、雇用者1人当たりの賃金(Wages and salaries per full-time equivalent employee)は、全産業平均で2020年に7万1456ドルだ。 1ドル=114円で換算すれば814.6万円になる。 13年では5万6667ドルだったので、この7年間に26.1%増えたことになる。 これに対して、日本の賃金は、毎月勤労統計調査による20年の現金給与総額(事業所規模5人以上)では382.1万円だ。パートタイム労働者を除く一般労働者で見ても500.9万円と、アメリカの61.5%でしかない。 そして、13年からの増加率はわずか1.5%だ。 一般労働者だけをとっても、13年からの増加率は3.1%にすぎない。 日本とアメリカのあまりの差に改めて驚く。 13年はアベノミクスが始まった時期だ。つまり、雇用を増やしたと喧伝されるアベノミクスの期間にこれだけの違いが生まれたのだ。 「情報・データ処理サービス」 アメリカで賃金上昇率は61.0% アメリカの賃金は業種別に極めて大きな差がある。 賃金が最も高いのは、「情報」(Information)で、2020年の水準は14万7732ドルだ。 13年からの伸び率は実に56.6%だ。 この部門中で「情報・データ処理サービス(Information and data processing services)は、賃金が18万3801ドルで、13年からの伸び率はなんと61.0%にもなる。 そもそも、このような部門は日本の産業分類にはない。それが、このような驚くべき成長ぶりを示しているのだ。 「金融・保険」の賃金は12万4106ドルで、伸び率は30.0%だ。 「専門的、科学的、テクニカルサービス」(Professional, scientific, and technical services)は11万3114ドル。伸び率は27.3%(ここには、法務サービス、コンピュータ関連サービスが含まれている)。 また「企業経営」(Management of companies and enterprises)は13万8006ドルで、伸び率は17.9%だ。 このような高度サービス産業が成長して、アメリカ経済を牽引している。 日本ではこうした部門の発達が遅れている。 日本の賃金が低く、上がらない原因はこの点にある。 なお、賃金が平均より高い部門としては、以上のほかに、まず鉱業(11万3400ドル)がある。とくに石油(19万440ドル)。 また公益事業(12万925ドル)、卸売業(8万8244ドル)も平均より高い。 製造業はもはや主要産業ではない それでも日本よりは高い 製造業の賃金は7万6391ドルであり、全体の平均よりやや高いだけでしかない。日本の場合に産業平均よりかなり高いことと対照的だ。 製造業の賃金の伸び率は20.2%であり、産業全体の26.1%より低い。 これは、製造業がもはやアメリカの主要産業ではなくなっていることを示している。 そうであっても、アメリカ製造業の賃金は日本の製造業の賃金より高い。この原因として、つぎの2つが考えられる。 第1に、製造業の中にも成長部門がある。その代表が「コンピュータおよび電子製品」(Computer and electronic products)だ。賃金が13万8914ドル、伸び率は34.4%と高い。 第2にファブレス化が進んでいる。その代表がアップルだ。 製造業といっても、日米の製造業は異質のものであることに注意が必要だ。 なお、賃金が平均より低い部門としては、農林漁業(3万8338ドル)、小売業(4万2908ドル)、健康ケアと社会支援(Health care and social assistance)(6万1026ドル)、宿泊(4万4941ドル)、飲食サービス(2万8860ドル)がある。 これらの業種は日本でも賃金が低い。 賃金が高い高度サービス部門にシフト 雇用者数は製造業の2倍に 2013年から20年の雇用者の変化を見ると、つぎのとおりだ。 産業全体では、1億2554万人から1億3217万人へと5.28%増えた。 「情報、データ処理サービス」は、34万人から49万人へと44.2%の増加。「金融・保険」は、571万人から635万人へと11.1%の増加。そして「専門的、科学的、テクニカルサービス」は、779万人から912万人へと17.0%の増加だ。 このように、賃金の高い部門での雇用が大きく増えている。 なお、製造業の雇用者は、1174万人から1184万人へと増えてはいるが、伸び率は0.83%と低い。 このように、アメリカの産業別雇用は高度サービス産業へと移動している。 「情報」「金融・保険」「専門的、科学的、テクニカルサービス」「企業経営」の雇用者を合計すると、2026万人だ。 これは雇用者総数の15.3%であり、製造業の1184万人(9.0%)の2倍近い。 アメリカの産業が脱工業化を果たしていることがはっきりと分かる。 変化するアメリカ、 変化しない日本で大差 結局のところ、アメリカで賃金の伸び率が高いのは、情報産業のような新しい産業が登場しているからだということが分かる。 その部門が付加価値の高い経済活動を行なっており、それがアメリカ経済全体を牽引しているのだ。 それだけでなく、雇用者がその部門に移動したことが経済全体が成長した重要な原因だ。 それに対して、日本ではそうした変化が生まれず、古い産業構造が続いている。そして、人々は以前と変らぬ企業に勤務し続けている。つまり、1つの会社に依存し続けている。 このような違いは、産業分類の項目の立て方にも現れている。 アメリカの産業分類では、「経営」という項目がある。日本では、経営者は企業の一員と考えられており、「経営」が独立した産業とは考えられていない。 アメリカでこれが独立した産業と捉えられているのは、経営者は専門的なサービスの提供者であり、企業から企業へと移動するのが普通のことだからだろう。 働き手も日本では、終身雇用や年功序列は崩壊しているのに、その当時と同じメンタリティを続けている。 この結果、会社の外の条件や環境の変化に鈍感になる。 このような固定された制度や働き方を打破することが必要なのだが、それは容易なことではない。 例えば、退職金制度がある。満額の退職金は勤務年数が長くなければもらえない。こうして人々が組織にロックインされ、労働移動が起きない。 このような状況を変えて成長を実現するには、相当の努力が必要だ。 (一橋大学名誉教授 野口悠紀雄)
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