定年後も自分らしさを輝かせて暮らそう。

 「まだまだやれるぞ!」と頑張っているシニヤの皆さんへ共感と声援を届けたい。定年後も挑戦し続けるおじいちゃんの記録です。

B.7.海外で安全に暮らすにはpr2、

2016-07-26 | ベトナムのおばあちゃんと田舎で暮らして

   私が二度目にベトナムで働くことになったのはハノイから車で30分のバクニン省のBac Ninh Cityでした。
  日本企業の工場長代理として此処でも約二年間を暮らしました。

  私が工場の近くに住むことを希望しホテル住まいから始まり、ベトナム人のお婆ちゃんと暮らすことになった場所です。
  
  この町での暮らしはハノイにある日本大使館からメールで送られてくる安全情報と、このお婆ちゃんの家族からの情報に
  助けられました。ハノイに近い街ですが日本人に出会うことは少なく日本食のお店もまだありませんでした。

  バクニンへはハノイの有名なロンビエンの橋の近くからバスが出ています。
  土、日、曜日で会社の運転手さんの休みの時はよくこのバスを利用しました。ハノイまで約1時間で25円でした。
  今は150円位するそうです。ここ数年はすごい物価の高騰です。

  
 ○ハノイのロンビエンの鉄橋です。
  

○1900年初めに造られたハノイでは象徴的な鉄橋です。
  

  ディーゼル機関車が走っています。 
  
  すごく小さな駅です。
  

○鉄道でバクニンやハイフォンへ行く場合はこの駅を利用しますが、バスの方が本数も多く便利です。
  このすぐ近くにロンビエンバスターミナルがあります。

 ○帰りが遅くなる場合はハノイ~バクニン間タクシーで帰ります。約片道2000円です。

  私の帰りがどんなに遅くなってもお婆ちゃんは待っていて家のカギを開けてくれます。
  ハノイのホテルに泊るより、ホッとしてよく眠れる場所でした。

 
  Bac Ninhのお婆ちゃん。
  犬と猫と暮らしていましたが、
  一人増えました。
    

  とても親切にしてくれました。
  一生懸命に私の食べれる食事を作ってくれました。
  私のベトナム語の発音も注意してくれました。

 ○特にお婆ちゃんは日常の生活が安全に過ごせるようにを厳しく教えてくれました。

  ・ベトナム人の綺麗なお姉さんに注意すること。絶対誘われてもついて行かないこと。
  ・交通事故防止のためバイクの後ろに乗らないこと。
  ・麻薬常習者に注意すること。(常習者を教えてくれました。)
  
  私が前者の人と話しているとお婆ちゃんの家族が迎えに来て私を連れて帰りました。
  この町では、いろんな人が私に話しかけてくるので私も面白くてつい話してしまいました。
  
  お婆ちゃんの口癖「綺麗な女の子に話しかけられてもついて行くな!」「若い女の子に手招きされても行くな!」です。
  確かにこの町では、カフェやビヤホールの中から若い女の子が手招きする事が多かったです。


  私達はいろんな話をしました。
  ベトナム戦争時代、
  お婆ちゃんの若いころ、
  そして、子供たち、孫の話も、・・     
                           

  いつの間にかお婆ちゃんは日本語を勉強していました。「日本に行きたい!」そう言うようになりました。

  私は、母の病状が悪化し日本に一時帰国したままベトナムへ戻れなくなってしまいました。
  「お婆ちゃんを日本に連れてくる」あの約束が果たせないまま、・・・・

  今年まだお婆ちゃんは元気でしたが、・・・高齢で長旅させるのは心配です。
  私も高齢になりつつありますから、・・・


 ○バクニンの工場の従業員もみなさん私に親切にしてくれました。
  私の顔を見るとみなさんニコニコ顔で挨拶をしてくれました。
  自分のの子供の様な感じにさせる可愛い従業員でした。
  周囲の工場がストライキをやられる中、私の工場はストライキが一度もありませんでした。

 
 ○これらの写真は私が会社の旅行で撮影したものです。撮影する私にみなさん手を振って笑顔で答えてくれています。
 


 ○若い人達に信頼されると絶対裏切れない気持ちで重圧はありました。


○従業員の協力で会社の業績を改善出来たのでこの会社で初めて慰安旅行に連れて行った時の写真です。 


 ○十代の若者が多くいました。 写真右中央が私で60代の高齢者!


 ○若者が多いと、結婚式も多く数え切れないほど出席しました。
 

 
  外国の企業のほとんどが賃金の安い労働力を目的にベトナムにも進出してきました。
 私の企業も例外ではありません。企業は儲けないと存続できませんね。

 その前にその国の文化や人々の人格を尊重してあげないとそこに行く資格はないはずです。
 安い労働力だけ狙っては、企業もそこでは生き残れないと考えます。
 進出する企業はそのことを理解しているようで、多くは理解していないです。日本人の言動で分かります。
 ストライキで賃金を上げられて、もっと労働力の安い国へと移る事の繰り返しでしょう。

 最近の過激テロの原因は間違いなく先進国にも大きな責任があるように思われます。
 地元の政治家やお金持ちと組んで金儲けする場合、その国の一般の人の生活まで考えているでしょうか?
 東南アジアで事業を拡大する。アメリカ、EU、日本、中国、韓国、いづれの国も自分の国でさえ解決できて
 いない多くの問題と矛盾を抱えています。搾取の競争が格差を拡大させ不信感を増大させます。
 ベトナム中部でも数年前には中国の企業が襲われ死者が出てしまいました。 
 中東の石油戦略も各国の経済活動上重要なことは理解できますが、この混乱のさせ方は人々を苦しめるだけです。
 此処まで来るとテロの背景を変えることは難しいです。
 「これ以上テロが拡大しないように経済活動を考え直さないと、」そういう学者さんに現れて欲しい!

 私が言いたいことは、
 その国の自立と人間としての尊厳を認めたうえで企業活動することが重要と言うことです。
 易しそうでなかなか出来ていないことです。
 
 現在の世界の経済学は本当に正しいのですか?学者さん!
 国も個人も借金に借金を積み上げて人を縛り付けて、いつか破綻しませんか?どの国も借金だらけだ!
 
 「人間にはそれが出来ないから紛争やテロ、戦争が無くならないのだ」と言うなら諦めるしかないのかもしれません。
 また、人間は同じ誤りを繰り返すだけでしょうか?

 時間かけても、テロのない世界から戦争のない世界に繋がらないと、核を持って脅し合う世界は怖いでしょう。
 
 もう先のない老いぼれが心配しています。
 
 

   ~ 焦ってももう老いぼれに出来ることは少ない。それでも老いぼれはベトナムを歩きまわります。~ 

 
  
 
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B.6.海外で安全に暮らすには、

2016-07-22 | ベトナムのおばあちゃんと田舎で暮らして

   最近海外で暮らす日本人がテロや事件に巻き込まれるニュースを良く見聞きするようになりました。
  それだけ海外で働く人や海外旅行に行く人が多いということでしょうが、・・・

  海外で働く日本人は97万人もいるそうです。私も海外で長く暮らした経験がありますから安全に暮らすコツを
  書いて見たいと思います。


 ○第一に重要なことはその国を良く知ることです。
  私はベトナムではハノイから車で4時間も離れたハロン湾近くのカンファという田舎に2年間赴任しました。
  日本人は会社の同僚が数人居るだけで、言葉もベトナム語だけしか通じない所でした。

  宿舎の窓から見えるハロン湾が好きでした。
  

  ホームシックになると裏の丘に登ってハロン湾を眺めました。
  
  
  一人で丘からハロンを眺めた際一人のベトナム青年に会いました。
  私がサングラスを落とした話をしたら。次の日その青年がサングラスを届けてくれたのです。感動しました!
  

 ○私がベトナム赴任が決まった時、まずは本でベトナムの概要を把握しました。
  歴史、ベトナム人の宗教や考え方、日本人に対する評価、食べ物、言語、通貨など易しく読みやすいものを選びました。
  
  読みやすくて、分かり易い本です。
  
 
  ベトナム語は発音が難しいですが覚えておくと友達が多く出来ます。
  ベトナム語の先生達、(宇都宮大学の留学生)
  
  
  ベトナム赴任前に二人の先生からベトナム語学びました。
  頭がとても良い可愛らしい先生でした。
 

 ○海外旅行に行くのと海外で働きながら暮らすのには大きな違いがあります。
   
  ・旅行は旅行会社が比較的安全な所、安全な食べ物など調査してくれています。
  ・海外で働く場合、安全が調査出来ないまま遭遇する危険も多くなります。


 ○第二に重要なことは身近な危険情報を分かるようにして置くことです。
   
  ・大使館から情報を頂く場合は在留届を提出しておくこと。危険情報がメールで配信されます。
  ・その土地の人と仲良くなること。(信頼されること)その土地の危険情報が把握できます。
   これが命を守る上でとても重要です。

 ○私と赴任した日本人の危険事例
  ・バスに乗った際ナイフを突き付けられてお金を強奪された。
  ・宿舎の前の道路でバイクにはねられ、ヘリコプターでシンガポールの病院へ搬送された。
  ・遊覧船(漁船)の屋根から海に落ちそうになった。
  ・飲み屋のトイレに入って鍵が開かなくなり、一晩トイレに置かれた。
  ・食堂でベトナム人からいきなり罵声を浴びせられ喧嘩になりそうになった。
  ・ビヤホールで友達になったベトナム人から麻薬を吸わされた。
  ・漁船で遊覧したが船が浅瀬で動かなくなり、背広のまま海の中を歩いて岸に上がった。
  ・お酒を飲んで大声で話していたら、レンガをぶつけられた。
  ・サッカーボールが飛んだ草むらに入ったら注射器(麻薬)だらけだった。
   などなど、

  普通に生活して居る近くに危険がいっぱいです。交通事故も多いです。
  歓楽街はもっと別の危険もあるようです。(私はお酒が飲めないので情報少ない。)

 ○私が病気も怪我もなく帰国できたのはベトナムの友人のお陰です。
  
  この家族は全員で支援してくれました。 
   
  お母さんの実家へも紹介してくれました。
  

  公園に母親と遊びに来ていて私に食事を勧めてくれた子供です。
   
 
 
  私は小旅行が好きで一人でふらりと出かけたりしました。その場所の安全を確認することが大切です。
  ハロン湾で色々教えてくれた人です。
   
 
  公園やお寺院を案内してくれた人達です。女性は積極的でみなさん親切です。
      

  ・友人はいつでもどこでも細かな注意点を教えてくれました。
  このお店はいかない方がいいよ。此処はこういう危険があるよ。いつも誰かが見ていてくれました。
  市場にも友達が出来て、買い物でも何でも助けてくれました。

 ○ベトナム人は信用できる人は家に招待し家族に紹介してくれます。
  友達を大切にしますから、こちらも大切にしないといけません。此処までくれば安心して付き合えます。
 
  この家でも何度も食事に招待して頂きました。
  お礼に家族をマンガチックに書きプレゼントしました。
  


 ○第三に重要なことはあまり目立たないことです。
  私の場合ベトナム人の通訳や友人がそばに居る事がほとんどでしたので危険を感じませんでしたが、
  日本人は目立ちます。中国人、韓国人と間違われることもあります。彼らは日本人より嫌われています。

  目立つことや、行動パターンを把握されない様に注意しましょう。
  ベトナム人で声かけて比較的安心なのは、仲良し女子グループです。
  
  次回はベトナムのバクニン省でのお話しを、・・・・・・

  ~ 外国で暮らす場合危険情報を事前に知って行動しましょう。危険なところは避けるようにしましょう。~  
 
 


  
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A.64.夏野菜美味しんぼ、

2016-07-17 | 日記
 
  紫陽花の花が終わると夏の花そして美味しい夏野菜の季節です。
 少しだけ家庭菜園で楽しもうと毎年易しくて誰でもできるもの作っています。毎年種がとれますからね。

 ○私の家の2種類しかない紫陽花の花も見納めです。
   

 ○庭は夏の花に変わりました。
 

   

  

    

  今年は私の家の百日紅の花がまだ満開になっていません。
 


 ○この四葉のクローバー色も綺麗で花も咲きます。誰かのお土産で頂いたものが増えました。

    

    

  私のブログに花の登場が多くなったのは、母の介護のため家を長く留守にすることが出来なかったからです。
  気分転換に家で出来ることそれは家庭菜園か花の管理でした。冬はギターで過ごしました。

  最近マスコミが介護殺人と言う嫌な言葉を使うようになりました。
  介護者の四人に一人は、「相手を手に掛けたい」「一緒に死にたい」と思ったことがあるとのアンケート結果とか?
  
  兄弟や家族が何人いても介護者は一人に偏りがちになります。
  介護者は頑張って自分を追い込んでその結果・・・・です。押しつけられて、追い込まれて、殺人者と呼ばれます。
  押し付けたり、追い込んでいる社会や、人は同情だけですか、・・悔しいですね。

  私は、父を7年、母を10年介護してきました。その前は祖母を母が介護していました。
  介護に慣れていたというか、家にだれかしら介護を必要な人がいつもいました。
  介護保険も介護施設もほとんどない時代からそういう暮らしをしていたので、母の介護も自然にしていました。
 
  何かこの国おかしくなっていませんか?
  宗教家が、「親を捨てろ」と言っています。「親からは教育ぐらいしか受けていない」 そういう時代だとか?
 
  私は親から学費を貰って学校へ行っていません。働いて親を援助しながら学校へ行きましたが「親を捨てる」
  なんて考えられません。親なくして私達はこの世にいない存在です。
  親は例外なく「子供に迷惑かけたくない」そう思っています。
  「子も親を見捨てられない」そういう人が苦しみます。みんなで支援しないと善人が殺人者です。
  老人で何もできないなんて逃げてられませんね。

 ○夏野菜も大きくていい物が出来るようになりました。
    
 
           
 

 ○茄子、胡瓜、とまと、最近は毎日収穫できます。 
   

    

 ○緑のカーテンはゴーヤとパッションフルーツこれも定番になりました。
   

 パッションフルーツは実がなっても甘くなりません。ハウスでないとだめかも?
 ゴーヤは色々食べ方あります。簡単なのはバナナと牛乳とゴーヤのジュースです。

 胡瓜はわかめと混ぜて酢のものが美味しいです。
 トマトはみじん切りにして豆腐に掛けて+ドレッシングで毎日食べます。
 輪切りにして玉葱としその葉をあえてドレッシングで食べても美味しい。

 ジャガイモも玉葱も沢山頂きました。
 小山和牛のブランド品も頂いて、西瓜も大きいの2個届きました。
 有り難いことです。


 
 ~ 工夫すると生活費は相当節約できます。高齢になったらいくら経済活性化のためでも無駄なお金は使いたくないです。~
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A.63.あじさいの散歩道、

2016-07-04 | 日記
   暑さが本格的に厳しくなってきました。家にいて冷房の中に浸かってしまうと体調崩します。
  「少し汗かかないと」と考えて紫陽花の咲く道を歩いて来ました。

  ペットボトル持って水分補給しながら歩きましょう。涼しい所見つけて休みながら楽しみましょう。

  今日は小山市間々田にある「しらさぎ館」の周りを紹介します。
  田んぼの道ですが舗装されていますから車椅子でも大丈夫ですよ。駐車場もあります。

  


    

 ○多くの種類の紫陽花が楽しめます。

  

  

   

   

 ○人が少ないですからゆっくり写真も撮れますよ。

 

 

 


 ○しらさぎ館で休憩できますよ。冷房されてますしトイレも自動販売機もあります。
  入口の天井の隅に燕の巣です。昔はどこの家の軒先にも来ていましたが、今は懐かしいですね。
  
      


 ○田んぼの用水路にもいろんな生き物が住んでいます。お孫さんに見せてあげると喜ぶかも???
 
    

 
    

 ○石ではありませんよ。タニシです。タニシがいるとホタルがいますね。
      


  キャー!! 俺の苦手なヘビも・・・・長いものに巻かれたくないぞ!!!
  
    

  やっぱり、紫陽花の花の方がいいですね。
     

     

    


 ○これ、何かご存知?・・・そうですよ!あのタロッペ。
  天ぷらにするとおいしい!でも此処のタロッペは採らないで下さいね。

    

  お孫さんと歩くといいですね。
  お孫さんとサイクリングもいかも?
  発見があるかも??

  
   ~ まだ昔の風景が残っている場所です。でもこの場所も誰かが苦労しながら守ってくれているのでしょうね。~
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