1gの勇気

奥手な人の思考と試行

無頓着

2007-06-28 23:27:58 | 1gの思いつき
こんばんは。
水神です。
どべっと、のべっとして、ようやく、パソコン中。

久々の残業は、結構大変です。
お疲れです。
おねえさんは元気です。

閉店20分前。
おねえさんち。
いや、今日はまったく期待してなくて。

それよか、飯食わねば。ということで、栄養さがして、レジへ。
それでも、一応おねえさんボックスを横切ると。
おや。いらっしゃる。

気づいてくれませんが。
閉店準備中。
どたばたではありませんが、忙しそう。

こんな時に限って、開いてるレジが一番遠くだったりします。
むー。
でも。がんばって見つめます。

気づいてくれないかな。
ねぇ、ねぇ、
ぼくの思いが通じたか。

たまに様子見にこっちへ向きます。
でも様子見。ちらっと。
ぼくには気づいてくれません。

今日は気づいてもらえないのかな。
思うてたら。
は。っと。瞳が一瞬大きくなるのが見えます。

気づいてもらえたらしい。
遠くですが。
それでも、見てくれます。

社員とおぼしき男の子がおねえさんに話しかけます。
おねえさんは、お話中もこっち見てます。
当然、お兄さんはなにみてんの?とこっちへ向きます。

ぼくは目を逸らしますが。
おねえさん、ちと露骨です。
というか...この人周りの人に隠そうという気がないな。

あるいは、そのへん気づいてないか。無頓着か。
いずれにしても。
はよ、いけ。(->ぼく)

なんか、もう、どうでもよくなってきた。
話す内容なんて。
とりあえず、行ってこい。

ゆう感じです。
結果として何も話せなくてもいいやんか。
おねえさんのところへ足を向けることから始めんと。

飯食いたてではらいっぱいですが、早くも眠いです。
おねえさんももう家路でしょう。
というわけで、ぼくもそろそろ寝る準備。

考えない方が楽

2007-06-27 22:13:20 | 1gの思いつき
こんばんは。
水神です。
さて。脳天気になんか書く。とゆうたわりには思い浮かばず。

と、がんばって悩んだら、思いつきました。
よかったの。
養老先生の話。

とある本でこんなことをゆうておった。
考えないで、そういうもんだ。としておく方が楽に生きられる。
なので、みんなそうする。

理系の大学生であっても、それだ。
なにせ、水に墨汁を垂らして、なぜ拡散するのかときいたところ、
そういうもんだから。とまじめに答えた学生がいたそうだ。(atokは痛そうだと変換してくれました。えらいの。)

で。理系の人間は(上記大学生は真性の理系ではないらしい。)これを、
考えてしまうのですな。なぜそうなるのか。なぜそうなっているのか。
そういう人たちが学者になっていく。

と、この理屈で行くと、水神はかなりの理系ですな。
ここでもしょっちゅういらんことを考察しているとおり。
どうも、そういうもんだ。と流すことは苦手なようです。

養老先生もゆうてるとおり、結論なんてそうそうでないのですが。
それでも考えてしまう。
で、こんなこともゆうております。

他の人がしない、余計なこと(考えること)をするから、社会にうまく適応できない。
う。ま、正にその通り。
するどいの。さすがだの。

というわけで、うまく社会に適応できてない水神です。
なので、考えすぎず、自然を感じて。とかゆうてる。
自分でも、考えすぎは危険だ。というのは、きっと無意識に感じているのでしょう。

危険というか、疲れる。
感じる方がなんぼか楽。
なぜなら、そこに理屈はないからだ。

でも。もしかしたら。
世の中の人は、感じるということすらしていないのかも知れない。
毎日をたんたんと、考えずに暮らしてる。

なぜなら、楽だから。
そういうもんだ。
で、すべてが片づく。

いちいち感じるまでもない。
んー、いや、きっと感じてはいる。
ただ、そういうもんだ。で、終わっているだけだ。

それが心地よいとか、普段と違うとか、そんなことまで気にしない。
...のか?
ぼくはぼく以外にはなれないので、ようわかりません。

さて、脳天気な話題でしたでしょうか。
ちと、微妙な気もしますが。
涼子さんの話は今朝したしな。とりあえず、明日は行ってきます。いるかな。どうかな。

カエルとひとの違い

2007-06-27 19:11:56 | 1gの思いつき
こんばんは。
水神です。
うむ。虫の声もカエルげこげこも好きなのは、やはり日本人だから。か。

さっきの続きですが、水神は田舎者なので、子供の頃からふつーに、
虫の声を聞いてたし(それどころか捕まえ放題。)、カエルげこげこも聞いていた。
ちなみにカエルはあまり捕まえなかったけど、オタマジャクシ釣りはしてた。

あー、お約束のカエルに爆竹つっこんで、ばーん。もしてました。
まあ、どちらかというと、それをやるのを上から覗いてた。方ですが。
残酷ではないか。ゆうのは、大人の都合です。

残酷ではないか。あるいは、残酷だ。(断定)されても、子供はわかりません。
ふーん。で、その残酷ってなに?
結局はその体験によって、そこで感じたことによって、それを知っていくのです。

カエルばーんってやって、カエルが木っ端微塵にとびちります。
足がそのへんに転がってます。
それを、生で見ています。

なんとなく、かわいそうな気もします。
そして、それは不思議と忘れないものです。
ちょっと大人になって、そのことが、残酷なことだと気づきます。

そして、納得。理解。それはしてはいかん。となるわけです。
大人が、それは残酷なことだ。
と教えても、まったく身に浸みることはないのです。

で、カエルを殺したことがないひとが、それを人間にやって、殺してしまう。
人を殺して、ようやくそれが残酷なことだと、あとになって思う。
たぶん殺した直後は、思わないと思いますが。

せいぜい自分の将来が真っ暗になってしまったことへの後悔でしょう。
殺した相手のことなど考えない。
爆竹で殺したカエルくらいにしか。下手すると、お前が勝手に死んだせいで俺が...と思っているかも知れません。

どうです?
言い過ぎでしょうか。
思い込みでしょうか。

女の子なんかは、カエルばーんはしてないだろうし、それでも人は殺さないのだから、
そんなのは、不要だ。
と、いうかもしれませんが。(女の子の気持ちはわかりません。)

この間の浮浪者を焼き殺そうとした、大学生たちの言動や行動を見て、
ふとそんなことを思った次第。(というのを今思い出したので、書いてみた。)
彼らは、ひとを焼こうとしたのに、ただふざけただけだ。って。

いいよ。カエルなら、ふざけて焼いたらいい。(まあ、大人がそれをやったら倫理的に問題はありそうだが。)
それを社会が罰することもないでしょう。
確かに動物虐待だし、それを罰する法律もあるが...

警察官がそれをみつけても注意するくらいでしょう。
例え、焼き殺したあとであっても。
この大学生達(ニュースで名前も出てたので20歳以上。)は、それをひとにやろうとしたのです。で、ふざけただけだ。だって。

カエルはよくてひとはだめなのか。
というのか、彼らの論理でしょうが...
なら、牛を食っていいなら、人も食っていいはずだ。

という理論になると思うのですが。
これはだめでしょ。
カエル食べる人には、牛のところをカエルに置き換えてもらって結構ですが。

さて。
そんな話をしたかったわけではなくて。
カエルげこげこの話。

子供の頃は、ただのノイズでした。
やかましい。といって、田んぼに石を投げ込んだりしてました。
石を投げ込むと一瞬だけぴたっと止むのです。すぐまた始まりますが。

でも今はそれにノスタルジーを感じたりしてます。
大人になったからでしょうか。
それとも稀少になったからでしょうか。

なんか話が重たくなったので、今日はここまで。
もっとお気楽な話になる予定だったのですが。
しかたないので、またあとで何か書きます。

たくましき日本の文化

2007-06-27 18:48:27 | 1gの思いつき
たくましき日本の文化

国家の品格を書いた、藤原正彦さん。
このひとに、フィナンシャルタイムズの記者である、デビッド・ピリングさんが昼食をとりながらインタビュー。
なかなかおもしろい記事です。読んでみてください。

その中で、心に残った言葉と、つっこみをひとつ。
アメリカの教授が虫の音を耳にして、「あのノイズはなんだ」と言った。
虫の音を雑音扱いされて、藤原氏はあぜんとしている。

という話に、この記者は、英国に於けるクリケットのバットにボールが当たる音は、
「夏」と「村の緑地」を意味する音なのだ――ということと同じではないか?
とゆうておる。

うむうむ。
確かに、ぼくにはクリケットの音はただのスポーツでの音でしかない。
そこに季節感を感じることはできない。

結局は、文化なのだ。
日本人もイギリス人も、それは人種や遺伝子で区別すべき物ではなく、
育った環境が、日本人やイギリス人を作るのだ。そう感じた次第。

あと、こんなことをゆうてたそうだ。
ある東京の大学の教授が電子器具を使って実験した結果、日本人は虫の音を聞くのに右脳を使うが、
欧米人は左脳で聞いているので、日本人は虫の音を音楽として聴き取るのだと証明した

ちなみに。この話に関しては、期せずしてITmediaから鋭いつっこみが入ってました。
おもろい。
さて。最後に。以下引用です。

列車に間に合うよう急ぐ私は、駅の構内に飾ってある生け花の前を通り過ぎた。
駅員が生けたものだろう。改札を通ると、駅長が深々とお辞儀をしてくれた。
列車は当たり前のこととして、定刻に到着する。藤原氏は、日本の良いところがどんどん失われていると嘆く。
しかし私には、日本の良いところは変わらず残っているように見える。変わらず、驚くほどたくましく、残っていると思う。

感動しました。この記者さんの言葉に。
なんとなく、「日本」に自信をなくしている日本人。
だから、米国流を是とする。

そうではなくて、日本は相変わらず日本だし、
生活は確かに西洋風にはなったけれども、その文化はやっぱり日本なのです。
こんな時代でも、たくましく残っている日本流。

決して大切に守っているわけではない。
ただ、当然のこととして、生け花があり、駅長が挨拶し、電車が定刻に来る。
なるほど。あまりに当然すぎて気がつかなかったが。それが、日本。なのでしょう。

杉田かおるの離婚記事は公共の利益にかなう...う?

2007-06-27 09:25:33 | 1gの観方
杉田かおるの離婚記事は公共の利益にかなう...う?

うはは。おもしろすぎるぞ、小学館。
あまりこういうゴシップ記事には興味ないし、ここでも書いていないのですが。
おもしろいので、書いときます。

詳細は記事を読んでいただくとして、概略を書くと、
小学館の週刊ポストに、杉田かおる氏自身が、離婚は元夫の罵倒や暴力が原因だ。
と激白した記事が載り、元夫がそれはうそだ。と名誉毀損で訴えた裁判です。

で、裁判で小学館側はこう曰ったのだ。

「『負け犬』から『セレブ婚』を果たして注目された杉田さんの人生の有為転変を語ったもの」として公共の利益にかなうものだったと主張した。

これに対して、裁判官の鋭い(というか容赦ない)つっこみ。

野山宏裁判長は、「ゴシップ記事の範囲を全く出ないもので、公共の利益には当たらない」

うははは。まったくその通りだ。
日本にもまだ常識人はいるらしい。
というわけで、800万円の損害賠償を命じたのです。

それに対して、小学館側はまだ納得いかない様子。
あくまでゴシップ記事ではない。
公共の利益(つまり、日本国民のためになる道徳的記事...自分で書いてて笑わずにはいられない。)にかなうものだ。

はぁ。小学館の程度が知れる。
この人達の常識というか、倫理観というのは、杉田かおる=えらいひとなのだ。
いや、杉田かおる氏自身をどうこういうつもりはない。本人知らんし。

でも、あのひとのことだから、もしこの件に関して取材を受ければ、不当判決。ゆうことでしょう。
それが本心かどうかはしらんけど。
杉田かおる氏自身に関しては、あの芸風からこの件に関して不利益はないだろうし。

そのほかに、記事はまったくのうそっぱちで、実際の離婚の原因は、

一方、判決文には「レストランで杉田かおると口論になり、かおるが原告(元夫)を罵倒するような言動をしたことによって、結婚は破綻の方向へ向かって行った」といった「実情」が書かれている。

ということなそうな。
つまり、逆なのです。
...ひどすぎ。

週刊ポストよりは、かなりきちんと裏付け取材(捜査?)をした結果のはずです。
裁判官が、そう述べるからには。
事実と認定できるだけの証拠があるのでしょう。

なんか、ひどいね。
ここまでくると、杉田かおる氏をかばう気にもなれん。
自分を卑下するのは芸としてよい。ただ、他人を卑下する芸は最低。

自由は自己責任

2007-06-27 09:04:18 | 1gの観方
自由は自己責任

NHKBSの世界のニュースでやっていた小さなニュース。
アメリカで中国製のピックアップトラックやSUV用タイヤがリコールされた。
その数45万本。

輸入した、地方の小さなタイヤ販売店。
リコールできるような金はない。
と、米当局に訴えたが、米当局はこれを無視。とにかくやれ。リコールせよ。

NHKBSのニュースはここで終わっていたが、上記リンクのasahi.comによると、
この輸入・販売会社は中国で損害賠償の裁判を起こしたそうな。
事故車の映像を見たけれど、見事にタイヤの表面がべろーんと剥げておった。

ある意味、きれいに。
急ブレーキかけて、タイヤがべろーんといったら、如何ともしがたい。
これはいかん。リコールだの。当然だの。

で、asahi.comは死者が出ているとゆうていたが、
NHKBS(アメリカABC)は死者はまだ出ていないと言う。
情報が錯綜しておるの。

asahi.comもAP通信によると、と書いているので、結局は米国内の情報が
日本に正しく伝わってきていないことになる。
もしかしたら、ニュースに時間差があるのかもしらん。

さて。
リコールは金銭的に無理。という販売店。
ある意味無責任。

でも、自由ですな。アメリカは自由。
リコールするだけの体力のない小さな会社が、車のタイヤをノーチェックで輸入販売できるんだから。
日本は既に、国内タイヤメーカーの独占市場(あ、海外大手もいる。ミシュランとか。)なので、これはない。

もしやるとしたら、国内タイヤメーカーがそのブランドを以て輸入するので、
ノーチェックで輸入販売なんてありえない。
仮にあったとしても、その体力でリコールするでしょう。できるでしょう。

で、この小さな会社...そろそろ社名出すか。フォーリン・タイヤ・セールズ。
ここんちは、輸入する際に、米国基準でチェック(テスト)せよ。
と伝えたそうだ。伝えただけ。テスト結果すら見ていない。

せめて偽造があれば、政治問題にできたかもしれんが。
伝えただけのようだ。
つまり、事実上黙認。問題があることは知らなかったにせよ、あるかも知れないとは感じてたと思われる。

もし、それを感じてもいないなら、かなり脳天気な経営者だの。
45万本のリコールなんてできないのは分かっていただろうに。
つまり、会社が潰れるリスクを取って、輸入・販売していたわけだ。

まあ、それは経済的な問題なので、会社をつぶすだけですむかもしらんが。
タイヤだからね。
事故が起きたらひとが死ぬこともあるのです。

命は戻らんよ。
キリスト教は命の大切さは説いてないのかの。
アメリカ人が全員敬虔なキリスト教徒というのも、かなりのステレオタイプだけど。

うむー。アメリカ人が、日本人を画一的に見るのも分かるの。
中国人は未だに日本では軍服着た軍人が街中で幅を利かせていると信じてるらしいし。
まあ、そんなもんだの。他国の印象なんて。

とういわけで。
ようやくタイトルにたどり着きました。
自由は自己責任。

輸入の自由はある。
けれども、何か問題が起きたら政府は無視。ただ、リコールせよ。という。
つまり、自分で責任を取れ。ということだ。

きびしい世の中だの。
でも、それも当然か。
と思うのは、ずいぶんと考え方がアメリカナイズされてる感じもする。

危険だ。
けど。
なるほど。やっぱり日本人は日本人だ。と思った記事もあった。

フィナンシャルタイムズの記事。
この記事についてはあとで書きます。
これは書きます。今日書きます。

でも、このニュースはこれでは終わらない。
損害賠償求めたって、中国のやることだから、米国基準を守る理由はない。
とやると思われます。買ったのはそっちの責任だ。たまに壊れるタイヤがあっても当然だ。

...書いててちと怖くなったの。
テレビや洗濯機なら、たまに壊れても当然だ。と言える。
日本の企業のも、ふつーにたまに壊れる。

テレビや洗濯機なら、壊れたら直せばいいし、保障期間内ならタダで交換だ。(名目上は修理だが。)
最近の家電屋は5%上乗せで五年保障やってるし。
でも。タイヤや車は。

ひとが死ぬしの。壊れるタイミングによっては。
タイヤが壊れると、大概事故だの。
車が止まっている状態でタイヤが壊れることは、考えにくい。(車ならエンジンがかからんとかありそうだが。)

話は戻って。
きっと、損害賠償など勝ち取れない。
仮に勝ち取れたとして。

NHKBSの映像では小さな工場(こうば)で、手作業でタイヤを作っておった。
小さな工場の手作業で45万本作れるとは思えないので、
きっとたくさんの工場で作っていたのでしょう。

それをとりまとめていた販売会社(フォーリンなんとかへの販売。)も、
必ずしも大きな会社とは限らない。
中国のことだから、夜逃げするかもしらんし、まじめに判決に従ったとしても、自己破産。(中国にもあるのかの。自己破産。)

で、このフォーリンなんとかが自己破産したら、米国政府はどうするんでしょう。
きになるところです。
気になるところですが、たぶんだれもこのニュースを追いかけてはくれないでしょう。

むー。
まあ、裁判なので、中国の裁判がどのくらいかかるかわかりませんが、
1,2年かかるのなら、もうだれもこのニュースを覚えてないでしょう。

...1,2年リコールをほったらかしか?
それを米政府は許すのか?
気になるところです。米国政府の対応を見たいところです。

---
追伸
中国のタイヤメーカーは、中国第二位のメーカーでした。
メーカー名は不明です。googleでは探せませんでした。無念。

二位なので、それなりに金はありそうです。(根拠なし...探し出せなかったので、売り上げも不明。)
これはおもろい。
賠償なるか。

夢という名の妄想

2007-06-27 08:10:39 | 1gの思いつき
おはようございます。
水神です。
みなさんいかがお過ごしでしょうか。

今日は晴れのはずで、一応空は晴れてるつもりのようですが...
どんよりしてます。
梅雨ですな。よいですな。季節感たっぷり。

さて。本当に涼子さんは水曜日いないのでしょうか。
ここへきて若干疑問を感じる今日この頃。
でもおやすみもまた必要。

というわけで、おやすみです。
仕事もおやすみ。
今日はお医者だしの。

コペンも洗わねばの。
いいかげん鳥糞がえらいことになってる。
GWいらい洗った記憶もない...。

しかし。昨日の涼子さんの様子。
んー。
完璧に拒否してましたな。

拒否というか、逃げてた感じですが。(ぼくもひとのことは言えない。というか、ぼくが悪い。)
まあ昨日はダメな日だったのでしょう。
表情もめちゃめちゃ硬かったし。

なぜでしょう。
昨日も書いたけど。口説かれる方がなぜ緊張する?
...わからん。どーんと、構えてればいいやん。

適当にあしらうつもりで。
適当にあしらわれたからって、諦められたら、その程度の想いだったということで。
...とは、いかんのだろうな。

自分の中で、ぐるぐるして、世界を作ってると。
なんか分かる気がする。
きっと、完璧に振る舞いたいんだ。昨日はそれができなさそうだった。ということだ。

でも、相手してくれそうな雰囲気を持ってることもあるし、
ようはタイミングでしょう。
気持ちの。

ぼくの気持ちは?
タイミングは?
なんか、昨日の涼子さん見てたら、小さいことに思えてきた。

ぼくの、何話そうか、うまく話せるかな、緊張しないかな、のどは声出してくれるかな。
なんて。ことは。
そして、昨日の表情を見て。

色っぽい話はだめそう。(エッチな話ではないぞ。あなたのことを気に入っている。ということだ。)
好きだから。つい、言ってしまいそうになる。
が。あの様子だと、そんなこというと、きっと引くな。内心はともかく、引くな。

気をつけよう。
こちらから近づいて、話しかける。
という行為だけで、十分過ぎるほど好意は伝わる。

世間話か...初めて話す人と。
共有時間はありそうでない。
なにせ、公式にはゼロだ。

さて。
なんとなく、逃げ腰だった水神ですが。
やっぱり男の子。

逃げる女の子を見ると、追いかけたくなるものです。
相手から動いてくれないかな...なんて夢を見てもいたのですが。
あの様子では、100年待っても無理そうなので。

追いかけてみます。
というか、追いかけたい。
追いかけさせてくれるかな。という不安は杞憂。

なぜならば。
追いかけることは、自分の意思だけでできるのだ。
ま、それで逃げられたら、無理はしませんが。女の子の拒否は絶対なので。

みんなでじゃまする

2007-06-26 21:14:22 | 1gの思いつき
こんばんは。
水神です。
いきましたよ。おねえさんち。

これがまた。
こんなときに限って、おばちゃんたちが、よってたかってじゃまをする。
目を合わせる間すら与えてはくれないのです。

むー。
で、レジが終わって、袋詰めが終わった頃に、おばちゃんたちも
サービスさんボックスからいなくなります。(声がしなくなった。)

ふと、顔を上げます。
ボックスを見ます。
もぬけの殻です。

およ。
お客さんにどっか連れてかれたか?
と、諦めて帰ろうとしたら、空いているレジの袋をいじってました。

おねえさんはふと顔を上げそうになって、ぷいって。
...ふられました。


結局今日はとーくから、一度だけ。
んー、冷たい。
せつない。

ま、次回がんばろ。
しかし。なんで、口説かれる方が緊張するのだ?
ふしぎ。

正しさの違い

2007-06-26 07:40:56 | 1gの思いつき
おはようございます。
水神です。
相変わらず、朝はよ目が覚めます。

むー。
ねむー。
どーいんだろ。

今日もどんよりです。
でも雨はないみたいだの。
晴れるつもりもなさげですが。

人の意見とは、勝手なもので。
もっともらしく、思い込みを語る。
でも、それに共感するひともいるのです。

思い込み(社会的にはちとはみだしてる)ではあったとしても、
そこに、そのひとの思いがあるから。
もっと言えば、魂のこもった言葉だから。

論理的に正しいことが、あるひとにとっては、必ずしも意味のあることではない。
たまたまみた、とある文をみてそう思いました。
つっこみどころ満載ですが...まあ、それはそのうち気が向いたら。

人ごとだの農水大臣

2007-06-25 21:20:49 | 1gの観方
ミートホープすごいの

豚肉に牛の心臓を混ぜて牛肉。
色を付けるために、牛の血をまぜた。
そのほかにも山のようにいろいろ問題が出ている模様。

しまいにゃ、
「販売店も悪いし、半額セールで喜んで買う消費者にも問題がある。消費者も安いものばかり求めるから…」
と曰ったそうだ。

自分はその需要に応えただけ。
ということなのでしょうね。
いやー、見事な本音ですな。

で、今日になって、前言撤回しておりますが。
ゆうてしまったものは、もう戻りません。
というか、この言があろうがなかろうが、会社精算(廃業)は確定なので、大した影響はありませんが。

でも、この言葉で、この社長の意識はよく分かったし、それが会社の意識ともなっていたこともわかった。
元従業員からの告発を放置した農水省と北海道庁。
このふたつに属する公務員も同じくらい非があると思うのですが。

なぜならば。放置したということは、放置できたということだ。
問題意識が限りなくゼロに近い。
もしこれが大問題だと感じた関係者がひとりでもいれば、決して放置なんてことにはならなかったはずだ。

農水大臣が「開いた口がふさがらない」とかゆうとるが、
それは自分のことだという認識がないのが、すごいの。
ある意味大物。

もう一回ゆうときます。
農水省とその大臣は、ミートホープと同等に、「開いた口がふさがらない」。
ひとのことゆう前に自分を律するべきでしょ。

もう一つ、なんと、天皇陛下がミートホープ前を通ったそうだ。(車で。)
で、「なぜミートホープの前を通るのか。天皇陛下に失礼だ」と怒る人もいた。
そうだが...ぼくは、是非通って欲しいぞ。

日本国の食はこんな企業によって支えられている。
という現実を是非見て頂きたい。
ま、例によってこれも氷山の一角。調べてみればぞろぞろ出てくると思いますけど。