唐突であるが、かなり以前に、ある精神科医が新聞のコラムに書いていたことを思い出した。
その精神科医によると、人間の行動はすべて 『恐怖心』 が原動力になっているのだという。
例えば、子供が嫌いな宿題をするのもやらなかったら先生に叱られる 『恐怖心』 があるからであり、仕事を頑張るのも周りの期待を裏切って信頼をなくしてしまう 『恐怖心』 があるからであり、趣味を楽しむのも一見楽しんでやっているように見えて実はその趣味がなくなったときに寂しい思いをするという 『恐怖心』 があるからだ、ということらしい。
したがって人間から 『恐怖心』 を取り除くと、人間はまったく自分で行動しなくなる、という理屈である。
ある面では当たっているような気もするが、なんだか納得できない気持ちのほうが大きい。
純粋に、物事を成就したときの 『喜び』 や、人間としての責任を果たしたいと思う 『責任感』 や、好きなことをして得られる 『快感』 なども行動の原動力になるはず、と考えるのは心理学的に言えば単純すぎるのだろうか?
まあどうでもいいことですけどね・・・・
その精神科医によると、人間の行動はすべて 『恐怖心』 が原動力になっているのだという。
例えば、子供が嫌いな宿題をするのもやらなかったら先生に叱られる 『恐怖心』 があるからであり、仕事を頑張るのも周りの期待を裏切って信頼をなくしてしまう 『恐怖心』 があるからであり、趣味を楽しむのも一見楽しんでやっているように見えて実はその趣味がなくなったときに寂しい思いをするという 『恐怖心』 があるからだ、ということらしい。
したがって人間から 『恐怖心』 を取り除くと、人間はまったく自分で行動しなくなる、という理屈である。
ある面では当たっているような気もするが、なんだか納得できない気持ちのほうが大きい。
純粋に、物事を成就したときの 『喜び』 や、人間としての責任を果たしたいと思う 『責任感』 や、好きなことをして得られる 『快感』 なども行動の原動力になるはず、と考えるのは心理学的に言えば単純すぎるのだろうか?
まあどうでもいいことですけどね・・・・