11月も末とゆうのに、例年になく温暖な日が続くが、朝晩は流石に冷え込みがきつくなる。
そんな土曜日の午後。 学校から珍しく早く帰って来た理恵子が歌を口ずさみながら、愛犬のポチと機嫌よく家の周囲で遊んでいると、節子さんから
「理恵ちゃん~ お父さんが、縞ホッケの乾物を食べたいと言っていたので、あなた織田商店にお使いにいってきてくれない」
と言われ、そういえば最近織田君も自分の勉強が忙しいのか暫く見えないので、若しかしたら逢えるかもと突磋に思い「わかったわ~」とオウム返しに返事をして買い物籠を受け取り、アノラックを着て首に毛糸のショールを巻いて暗くなりかけた道を、ポチのリードを持ちポケットに右手を入れて、冷たい風にさらされて、あちこちに野焼きの白い煙がモクモクと空に舞いあがる野道を歩んだ。
時折、家路を急ぐ車のライトがやけに眩しく映り、その度にポチが立ち止まって足元に寄り付くのが、何時にもなく愛おしく感じられた。
店の近くに来ると店頭の灯が見えてホッとした気分になり、飛び込む様に店に入ると、織田君のお母さんが
「あら~ 理恵ちゃんじゃないの、珍しいわね 今日はお手伝いなの?」
と愛想よく声を掛けてくれ頭巾を取って
「いつも うちの子がお邪魔してご馳走になりすいませんね」
「わたしが一人で店をきりもりしていて、あの子の食事も満足に用意してあげられないためか、理恵ちゃんの家に行くたびに、今日は何々をご馳走になったよ。と、喜んで話しをてくれ、その度に、私もあの子同様に感謝しておりますわ」
と言いながら、手を休めて話込み、理恵子が「あのぅ~ 縞ホッケありますか?」と言うや、理恵子の声を聞きつけたのか織田君が「おぉ~ 珍しい客だ」と言って、暖簾を押し開け大声を出して顔を出したが、すぐに奥に姿を消すと再び頭に手拭を巻きつけ前掛けをした姿で現れると、理恵子はそんな姿を初めて見ただけに思わず「いや~ 織田君素敵だわ~」と返事を返すと、慣れた手つきで今度は新聞紙にくるんだ魚を理恵子の籠に素早く入れると
「親愛なるお前に敬意を表して、一匹余計に入れておいたからな」
「魚は皮の方をから先に焼くんだよ」
と言ってニヤッと笑うと、おばさんも「お代は要りませんよ 何時ものお礼で・・」と言いながら、樽の中から赤鯛の糠漬けを取り出して袋に包み籠に入れると、ポチにも「はい あんたにもおやつだよ」と呟きながらポチの大好物の煮干を一つまみ籠に入れてくれた。
理恵子は、織田君親子の明るいコンビネーションの良い対応に圧倒され、言われるままに従い「おばさん 有難う~」と礼を言い店を出ると、おばさんに促されたのか織田君が理恵子を追い掛けて来て
「こんな暗い道、怖くて寂しいだろう。途中まで送って行きなさい。と、お袋に言われてしまったよ」
と、自転車を押しながらついて来て並んで歩きながら
「理恵! 人に色々言われたからと言って、その度に落ち込んで、俺に当たるなよ」
「二人の付き合いが何処まで続くか、俺にもわからないが、今は、お互いに精一杯理解し合って、思い出に残る良い交際を続けられたらいいな。と、何時も考えているんだ」
「それが、現在の俺達に出来る、最高の青春だよ。俺の考えを判ってくれるだろう」
「この間、葉子さんからも、貴方も自分を大切にする自覚があるのなら、理恵ちゃんをしっかり守ってあげてね。 女の子って、その様な優しい心遣いがとても嬉しいのよ。私も出来る限り応援するわ。と言われてしまったよ」
と話しかけられ、彼女は葉子さんも優しく思いやりのある人だなぁ。と嬉しく思っていると、織田君は自転車を置いて、どちらからともなく近より抱きあって、軽く口ずけをして別かれた。
彼女は一人になると、そのときの織田君の暖かい唇の感触が、いつにもまして理恵子の脳裏に強く余韻として残り、そして、この幸せが何時までも続く様にと、時折、雲間に見える月に手を合わせて祈った。
それは、亡き実母の秋子さんに対し、今の幸せを暖かく見守って下さい。と、元気で過ごしている感謝と報告を、自然にこみ上げる気持ちで・・
自宅の近くになり、理恵子は今日のお使いは、母親のさりげない心遣いかなぁ。とも思った。
和やかな夕食後、健太郎が節子さんに対し
「明日の午後から、文化祭終了の慰労の意味で懇談会を兼ねてPTAがあるんだが、私は生涯学習センターの原稿作りを急がれているので、君、切角の休日で申し訳ないが、僕の代理に出てくれないか」
「前にも出てもらったが、たまには職場とは違った別の世界の空気を吸うのも参考になると思うが・・」
と話かけると、節子さんは
「うぅ~ん 正直余り気が進みませんが、理恵ちゃんの担任の先生にも御挨拶をしておかなければね~」
と返事をして
「理恵ちゃん 大丈夫?。お母さんが恥かしい思いをすることはないわね」
と冗談ぽく話しかけると、理恵子は
「ゼン ゼ~ン。 御心配 御無用だわ! 安心して先生に挨拶してくれると、理恵も嬉しいわ」
「お父さんは 少し理屈ぽいと聞くこともあるが、お母さんは 同級生やそれに先生方から、この地方ではまれに見る秋田美人だと評判で、わたしも内心得意になり嬉しく思っているのよ」
と、笑いながら賛同し母親に片目をつぶってウインクした。
節子さんは「親を冷やかしてはだめよ」と笑いながらも彼女をたしなめていた。