何時もは賑やかに食卓を囲む城家の夕食後。
大助は何故かおとなしく疲れた様子で横たわってTVでサッカーを夢中で見ていると、電話の呼び出しに出た珠子が
「大ちゃん 靴屋の彼女から電話だよ」「なんだか声が、元気ないみたいだったゎ」
と告げたので、大助は
「姉ちゃん 彼女だなんて人聞きの悪い言いかたは止めてくれよ。勝手に遊びに来る友達でしかないんだから・・」
と、少し不満げに返事をして億劫そうに立ち上がり電話に出ると、タマコがいきなり興奮した声で
「大ちゃん このお手紙ナニヨッ! 意味がゼーンゼン ワカラナイヮ」
「でも、お爺ちゃんに見せたら、大助も英語で手紙を書く様になったか、たいしたもんだ。と、感心していたゎ」
と言った後、彼女は手紙を巡り家庭内の様子について、お爺さんに意味を聞いたら、全然、ワカラン。と言って、そばにいたお祖母ちゃんに手紙を渡したらチラット見ただけで
「英語が読めれば、靴屋には嫁に来なかったょ」
と言って、お手紙のことで、お爺ちゃんと口争いになってしまい、わたしも困ってしまったわ。と、一気に話したあと
「イッタイ 大ちゃんは、何を書いたのョ」 「珠子姉ちゃんに、あとで読んで貰ってもイイッ」
と、半べその泣き声で言うので、大助はいたずら半分に書いた手紙が騒動の原因になっていることに困惑して返事に窮してしまい
「タマちゃん そんなに怒ることはないョ」 「今度、英語を教えてあげるかサ・・」
「タマちゃんが 中学生になれば自然に判ることなので・・」
「それに、二人だけの秘密なんだから、珠子姉ちゃんには絶対に見せないでくれョ」
と思いつきの返事をしたら、<二人の秘密>と言う怪しげな謎めいた言葉でタマちゃんも気分をなおし、ヤットの思いで彼女をなだめて電話を切った。
大助が再びTVの前に座ると、彼の弁解がましい話を聞いていた母親の孝子が
「大助、タマコちゃんは小学生で真面目な子なのだから、お前、同じ気持ちでからかっては駄目だよ」
と、大助の返事の雰囲気から察して注意したところ、珠子も
「そうョ 同級生の中に好きな人いないんかネ?」 「意気地なし」
と、母親に同調するので大助は
「ミ~ンナ、一山幾らのオンナノコばかりで、付き合うオンナノコなんていないヨッ!」
と不機嫌そうに返事をしていたが、傍にいた理恵子が
「大ちゃん 今にその同級生の中から、大ちゃんの心をときめかせる人が必ず現れるゎ」
「だから、同級生のオンナノコは、大ちゃんの未来の憧れの宝庫ョ」 「普段、仲良くして優しく接することが一番大切なことョ」
「それに、タマコちゃんだって、中学生になれば大ちゃんにお似合いの可愛いく素敵なオンナノコになるかもしれないゎ」
と、大助を懸命になだめていた。
翌日の朝。理恵子は孝子小母さんに
「今日、この春一緒に上京したお友達三人で久し振りに逢うので、夕食は結講ですヮ」
と今日の日程を話して玄関に立つと、孝子小母さんは
「そ~うなの、お楽しみだわネ。何処でお逢いするの?」「余り遅くならない様に、注意して帰って来てね」
と、気持ちよく送りだしてくれた。
見送りに出た大助が、玄関先で
「理恵姉ちゃん 若し遅くなる様だったら、僕に電話してくれよ」
「雪ケ谷なら近いから、僕が迎えに行くから」
と、母親の話を横取りして口添えしたあと、笑いながら、彼特有の冗談や大袈裟にものを言う時の癖である右目でパチパチとウインクをして
「お土産は要らないョ」「理恵姉ちゃんが、どうしてもとゆうのだったら、僕、雷オコシがいいけどナァ~」「無理しなくてもいいからネッ」
と如才なく話をしていたが、 傍らにいた母親の孝子と姉の珠子は
「理恵ちゃん 大助特有の甘えのユーモアなので、本気にしては駄目ョ」
と、大助の肩を軽く叩きにこやかに笑っていた。
理恵子は、池上線に乗ると町並みの景色を見ながら、久し振りに逢える奈津子と江梨子のことを思い浮かべ、おそらくすっかり都会の雰囲気に慣れて日頃どんな服装や生活をしているのだろうか。と、彼女達の顔を思い描きながら思案ををめぐらせているうちに雪ケ谷駅についたところ、先に奈津子のマンショを訪れていた江梨子が、奈津子と二人揃って改札口に迎えに来ており、一番近い自分が遅くなったことが恥ずかしくなった。
理恵子は、昨晩、珠子さんが気を使って用意しておいてくれた果物のお土産を手にして、二人に挟まれる様にして歩き、駅に近い少し古びたマンションの二階の奈津子の部屋に案内された。
実家が医院を経営していて経済的に恵まれているためか、彼女の部屋はまるで新婚家庭の様に家具や調度品が用意され、書棚には通学している薬学部の本が並べられていることに、少なからず驚かされた。
奈津子は高校時代同様に、三人の中では常に先頭に立って自分達をリードしてきた気性そのままに、テキパキとお茶の準備をしてくれ、江梨子は戸惑う理恵子に対し
「理恵ちゃん、遠慮することないヮ」
「奈津ちゃんは、人の面倒を見るのが前から好きなんだら」「あれで、彼女は結構満足しているのョ」
と、相変わらず平然としてお茶を御馳走になっていた。