初夏の爽やかな風と陽ざしが、柔らかい濃緑の芝生に流れて照り映えている夕方。
大助は、鉢巻をして鞄を枕に横たわり、中間試験に備えて英語の教科書を開いて復習していたところへ、庭先の垣根を音も無く開いて、タマコちゃんが「大ちゃん、いたぁ~」と声をかけながら、涼しげな水色のミニスカート姿で、手には愛用の布袋と漫画本と、それに靴箱を入れたビニール袋を提げてやって来た。
彼女は、大ちゃんの脇に足を横に崩して座ると、彼の読んでいる教科書を覗き込んで
「アラッ 今日は本当の英語の本なのネ」 「今度はお姉ちゃんに見られても叱られないわネ。よかった~」
と言いながら、早速、漫画本に挟んだ白い封筒を出して大助の顔の上に差出し、恥ずかしそうに俯き加減に
「ハイッ! 約束通りお手紙を書いてきたヮ」 「夕べ遅くまでかかって、お母さんに見つからないように書いたの・・」
「珠子姉ちゃんに見られないように気をつけて読んでネ」 「読んだら感想文を書いて、わたしに必ず返事を書いてョ」
「大ちゃんが、うっかりして、そこいらに出しっぱなしにしておくと、わたし恥ずかしいから大切に仕舞っておいてョ」「必ずョ。 ワカッタワネ!」
と、用心深そうに念を入れて言うので、大助は教科書を放り出して彼女から手紙を受け取ると
「エッ! お前、本当に書いて来たのか」 「どうせ作文の練習のつもりで書いたのだろッ~?」
と笑いながら言うと、タマコちゃんは、真面目な顔つきに変わり
「そんなことないヮ」 「だから、大ちゃんも、わたしに対する思いを正直に書いてョ」
と、再度、念を押されて大助は「ウ~ン・・」と唸り絶句してしまった。
そんな会話をしているところに、自転車に乗った八百屋の昭ちゃんが「オイッ 大助ッ!、珠子姉ちゃんおるか?」と言いながら紙包みをだしたので、大助が
「理恵姉ちゃんと二人で、デパートに行って留守だよ」
と答えると、昭ちゃんは
「それならこれを、俺からのプレゼントだと言って渡してくれ」
と言うので、大助は
「昭ちゃん、今度から直球で姉ちゃんに当たれよ。僕を利用してカーブばかりでは三振の山ばかりだよ」
「僕も、何時も昭ちゃんの補欠では面白くないヤッ」
と返事をしながらも包みを受け取ると、昭ちゃんも
「よしっ ヨシッ」「大助コーチ、サンキュウー」
と笑って返って行った。
大助は姉に話すのも面倒臭いので、タマコちゃんに
「これ何だと思う?」「きっとイチゴだよ」「二人で食べヨゥ~ッ」
と言いながら包みをあけ始めると、タマコちゃんは
「アラッ そんな悪いことをするもんではないヮ」
と言ったが、大助は
「イインダヨッ 何時もお前からお菓子を貰っているし・・」
と言いながら食べ始め、タマコちゃんにも手に取って渡してあげた。
二人はおいしそうに笑いながら食べているところに、理恵子と珠子が帰って来て、珠子が二人を見て
「アラ アラッ お二人さん、今日もデートなの、仲が良いのネ」
と声をかけ「わたしも、戴くヮ」とイチゴを一つ手にすると、タマコちゃんは靴入りの袋を珠子に差し出し
「お姉ちゃん、夕べお爺ちゃんに頼んで修理してもらったヮ」
と言うと、大助は、「タマちゃん 凄いなぁ~」と声を上げ「タマちゃん、有難う。お爺さん、怒らなかったか?」
と聞くと、タマコちゃんは、澄ました顔で
「お爺ちゃん、夕べ靴の修理が終わると熱を出して、今朝から氷嚢を額に乗せて寝ているヮ」
「そばで、お婆ちゃんが、何時もオンナを馬鹿にして、やりつけないことをするから罰が当たっのだヮ」
「今度から、女性の物も作りなさいッ!」 「いい気味だヮ」
と、説教していたが、お爺ちゃんは
「うるせい~ッ」「大助にやられたぁ~」
と、小さい声でうめいていたが、わたしは、学校に行ってしまったので、あとのことは判らない。と、祖父母の朝のやり取りを途切れ途切れにも説明したところ、大助は
「エッ! お前、本当に俺から頼まれたと言ったのか?」 「珠子姉ちゃんの名前を言えばよかったのに・・」
「きっと、後から、お爺さんに怒られるナ。 全く嫌になっちゃうョ~」
「あぁ~ 俺も熱が出てきたョ」
と、鞄を枕に芝生の上に仰向けになってしまったが、それを見たタマコちゃんは、大助が本当に熱を出したと思い慌てて、大助の手拭を庭先の水道で冷やして大助の額に乗せ、傍らで
「お爺ちゃんと同じで、頭の中身が可笑しくなってしまったの?」
「わたしを、大切にしないからョ」 「今度から、もっと親切にしてネ」
と、遺伝子の為せる業か、朝、聞いたお婆さんのセリフを真似して大助に語りかけていた。
珠子は、そんなタマコちゃんの仕草を見ていて、可笑しいながらも微笑ましくなり
「タマちゃん、大助の熱はタマちゃんが好きでたまらなく出たのョ。心配しないでネ」
と優しく言うと、タマコちゃんも安心したのかニヤッと笑い、安堵の表情を浮かべていた。
理恵子と珠子が部屋に戻り、靴を取り出すと中に<修理代 無料>とメモが入れられており、それを見た珠子がクスッと笑ったあと理恵子に
「あの頑固なお爺ちゃんは、タマちゃんにめっぽう弱いのよ」 「お礼にイチゴを贈りましょうョ」
と言って、早速、昭ちゃんに電話で頼むと、昭ちゃんは
「アレッ! 先程、大ちゃんに渡しておいたが・・」
と答えたので、彼女はすぐに大助とタマコちゃんが美味しそうにイチゴを食べている姿が頭をよぎり、笑い声で「ハイッ 留守にしていてすみませんでした。何時も有難うネ」と弾んだ声で返事をしていた。