朝。 理恵子は前日に約束した通り、登校時、校門前の杉の木の下で奈津子と江梨子の二人と待ち合わせして、他愛ないお喋りをしながら校舎に向かって歩いてゆくと、後方から自転車を押しながら同級生と歩いて近ずいて来た織田君が、誰にともなく明るい声で「やぁ~ おはよう~」と声をかけて、理恵子の顔を見ると
「なんだ くたびれている様で元気がないみたいだな~」
と言いながら、肩を軽くポンとたたき
「毎月のお客さんがおいでかい・・?」
と冗談を言ってからかうや、すかさず、お茶目な江梨子が
「お客さんてなによ」「知りもしないのに失礼よ!」
と、突っ張るような声で返事をすると、続けて奈津子が言葉を引き取り、織田君の自転車の荷台に手をかけて引き止める様にして薄笑いしながら
「あらっ! 葉子さんと御一緒でないの?」「親愛なる彼女に寂しい思いをさせてはだめよ」
と、皮肉ぽっく言うと、織田君は
「僕と葉子さんが、どうしたと言うのだ。僕にはなんの関係もない、ただの同級生でしかないよ」
「下級生のくせに可愛げないな~」「そんな人を疑う目で見て・・。 それが癖になり嫁さんに貰い手がなくなるぞ!」
と、さらりと言って先に行き去ろうとしたので、江梨子が
「フン! 余計な心配だわ。 先輩! 仰っていること本当かしら? なんだか怪しいわ~」
と言いながらニヤッと笑うと、彼は「一体 朝からどうしたんだ・・」と不機嫌そうに答えたので、江梨子は
「し~らない わたし、二股かける男はダ~イ嫌い!」
と、しらじらしい顔をして冷たい言葉を残して、理恵子と奈津子を促し校舎に向かった。
午前中の授業を終えると、理恵子達は何時ものように自由気儘に校庭に出て、何時ものとおりポプラの樹の下で互いに弁当のおかずを交換しながら昼食を終えると、校庭の隅にある石碑の近くにある木陰になっている、彼女等三人のお気に入りの場所に行くと、理恵子に対し、奈津子が二人の顔を近ずけて、声をころして
「理恵ちゃん、この前の話だけど、いい考えが浮かんだのよ」
と言いながら
今度の土曜日に織田君達3年の野球部員達や仲の良い女性徒を交え、校庭の裏山の欅の木のところで持ち寄りの野菜や肉で鍋汁をつくって昼食するらしいのよ。 昨日の夕方、織田君や葉子さんと同級生の江梨子の兄が「お前 サトイモの皮をむいておいてくれ」と言ったので判ったのだけど、このチャンスを利用して、わたし達で織田君と葉子さんの親密度を調べてみるわ。
わたし達、その時間帯に遊ぶ振りをして、そばに近寄ってよく見てみるが、理恵ちゃんは近くの炊事場にいて、わたし達の連絡を待っていてね。 よく聞いていてよ
”わたしが黄色いハンカチーフを頭の上で振りまわしたら、わたし達の判断で二人の関係は、理恵ちゃんが心配するほどでない”
とゆう合図であり、理恵ちゃんは自然な態度で、二人に近ずき、いつも通りに織田君に話しかけるのよ、葉子さんに遠慮しないでね。 いい 判ったわね。
わたし達の観察で、もし、二人がやっぱり怪しいと見えたら
”江梨子が、白いいハンカチーフを振るから、そのときは、理恵ちゃんは寂しいけれども教室に戻っていてね、泣いてはだめよ!”
私達、最後まで見届けて、あとで詳しく話してあげるわ。
と、計画を話した
土曜日の午後は、幸い晴天で風もなく穏やかな日となった。
予測通りに、3年生の男女10名位が鍋汁を作って昼食を始めたが、奈津子と江梨子は彼等から10メートル位離れた樅の木の下の芝生に並んで腰を降ろし、織田君達を見ていたが、奈津子が急に
「江梨子! 大変だ」「葉子さんが、わたし達の方に向かってきたわ! どぅ~する」
と言っているうちに彼女が近ずいて来た。 二人を見た葉子さんが
「あらぁ~ また、二人で遊んでいるの。いつも仲が良いのねぇ」
と声をかけたので、江梨子がいかにも彼女らしく落ち着いて
「私、嗅覚がいいの」「何か美味しいそうな匂いがするので、彼等の近くに行けば、きっと、なにかいいことある様な気がするわ」
と甘えるように返事をして
「お誘いがあるまで、わたし達 天気が良いので刺繍をしていたところなの・・」
と答えると、葉子さんは
「それなら あなた達も来なさいよ。遠慮することないわ」
と、不審感もいだかず機嫌よく誘ってくれたが、奈津子が心にもなく
「上級生の中に入って、何かお小言を言われるのはいやだわ」
と、江梨子と反対に誘いを上手に断り反応を探ると、葉子さんは流石に勘が鋭く二人の意図を察して、話題をそらし
「あらっ 今日は理恵子さんが見えないわね」
と言ったので、奈津子が思いきって
「理恵ちゃんは、あなたと織田君に遠慮しているのよ。 尊敬する先輩ですので・・」
と、俯いて呟くように遠慮気味に小声で答えると、彼女はフフッと笑いながら
「あな達も、私と織田君のことを誤解しているの。 困ったはね」
と言いながら
「私達、単なる同級生でしかなく、それ以外のなにものでもないわ」
「わたしが、仮によ。 将来、恋愛するとしたら、おそらく5歳位うえの人とすると思うわ」
「だって 現実には、生活とゆうものがあるでしょう」「それなりの収入がなければ・・」
「織田君は健康で、いまどき珍しく優しい思いやりのある人で、どうやら 私の見るところ、理恵ちゃんがお似合いよ。 いや、 ことによると淡い恋の最中なのかなぁ~。と、わたしも、時々、羨ましく思うことがあるわ」
と、明快に説明をして
「それにしても、織田君、今日はあまり機嫌がよくないみたいだわ」
と話してくれたので、奈津子はすっかり葉子さんの話に安心感を覚えて立ち上がるや、すかさず黄色いハンカチーフをぐるぐる頭上で回し、江梨子も勇気を得て自信たっぷりに手招きして恵理子に連絡した。
理恵子は、駆け足で皆のそばに近寄り織田君の輪の中に入ると、例の屈託のない調子で皆に汁のお代わりをしてやっていたが、織田君が差し出したお椀には見向きもせず、隣の男子のお椀にお代わりを盛り付けていたので、葉子さんが「そんなことをするもんじゃないわ」と、理恵子にそっと耳うちしたが、彼女は笑いながら「いいのよ。彼には罰を与えたのよ」と言って、朝方の事情を知らない葉子さんを慌てさせた。
彼女等は機嫌よく食事後の食器類や鍋の後方付けなどをしていたのは言うまでもない。
奈津子と江梨子も、樅の小枝に黄色いハンカチを結びつけると、満足そうに彼等の輪から消え去るように静かにその場を離れた。
奈津子と江梨子の心は親友に対して責任を果たした気分で晴れ晴れとし、透き通る様な青空の様に明るかった。