まず見終わって、寄席に行きたくなった。これ、夫婦共通の思い。(結構年季の入った)ジャニーズ系アイドル?の国分太一がかなり頑張って、主人公の二つ目の落語家を生真面目に演じている。たぶん寄席や独演会で生の落語を聴いたことのない人から見れば、その噺家ぶりは十分満足の行くレベルに達していると思う。素人の国分がよくぞここまで、と感心することであろう。
しかし生の落語を何度も聴いた者には、最初から最後まで肩に力が入った彼の一生懸命さが、「ちょっと違うんだな」ということになる。やっぱり落語には”遊び”がなきゃ。飄々として掴み所のない”軽さ”がなきゃ。でもまあ、この作品は落語の出来不出来を問う話ではないからね。
何と言ってもこの作品は、ひょんなことから落語教室を開くことになったうだつの上がらない二つ目の落語家と、それぞれに悩みを抱えた3人の”教え子”との交流を描く―東京の下町を舞台にした、落語を肴に展開する人情物語ですから、あくまで(と言っても、見方によっちゃあ、落語もまた主役と言えるんですけどね。もちろん、国分さんの頑張りは認めていますとも!あ…よくよく考えてみれば、国分さんはそれで良いんですね。彼が巧い噺家だったら、そもそもこの物語は成立しない)。
”遊び”という点では子役の森永悠希くんが上手(うわて)ですね。彼は噺を自分のものにした上で自分自身も楽しんでいる。オーデションの段階で、唯一人「まんじゅうこわい」をそらで覚えていたのがこの森永くん、という逸話が残っているほどだから、只者じゃない(笑)。とにかく一席演じる彼の、さも楽しそうな様子に釣られて笑ってしまう。微笑ましいとでも言おうか。設定では、大阪からの転校生ということになっているが、その実バリバリの浪速っ子らしい。ここでも大阪弁独特のリズム、軽妙さが生きている。劇中、彼が落語のお手本にしたのが、今は亡き桂枝雀。いささかオーバーアクションの、在りし日の彼の一席が、映画の中でちょこっと拝めるのは何だか得した気分。同時に上方落語が彼を失った哀しさ、寂しさも感じて切ないよ。
噺の面白さは天下一品!英語落語にも果敢に挑戦した桂枝雀
映画には”華”もなきゃ、と言うことで、モデル・女優としても活躍する香里奈(←ちなみに彼女の映画初主演作『深呼吸の必要』も良いよ♪)が出演。クール・ビューティな彼女が、口の利き方を知らないぶっきらぼうな美女を演じて、結構楽しい。周囲からは高飛車だと誤解されがちな、こういう美女、案外身近にもいそうだ。ただ口下手なだけなのに。仏頂面の松重豊も、不器用な男の代表としては、やっぱり必要な存在だろう。そして主人公の祖母と師匠を演じて脇をキリリと固め、若手演者を助けるのが、ベテランの八千草薫と伊東四朗。この二人がいなかったら、この映画は締まらなかっただろうな。その存在感と手堅い演技はさすがだ。正に人生の酸いも甘いも噛み分けた人ならではの包容力で、不器用な若者達を温かく見守っているという役柄にぴったり。
本作は、97年度『本の雑誌』ベスト10 第一位に輝いたという小説(佐藤多佳子作)の映画化。原作者の佐藤さんはこの小説を書くまで、もっぱら落語を読物として楽しんでいたというから意外だ。落語は、噺家によって初めて”生命(いのち)”を与えられるものだと私はずっと思っていたから(もちろん、あくまでも私見)。監督は平山秀幸。平山監督と言えば、原田美枝子主演の『愛を乞う人』(←この作品は見応えがあった)を撮った監督だ。本作は傑作とは言わないまでも、見終わった後に心が温かくなるような珠玉の一品だろうか。そして思わず寄席に行きたくなってしまう、落語の魅力を伝える一品でもある。
蛇足ながら、やはり噺家は落語を耳から覚えるようだ。だから言葉(の意味)は知っていても、その漢字は書けなかったりするのだろう。
■なかなか見応えあります:映画公式サイト