心の扉 神戸カウンセリング花時計

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ポンパドゥール夫人

2024年03月11日 | 雑感・愚見

 

 

フランスのルイ15世の交妾だったポンパドゥールは、

心を繋ぎ止めるために数多くの新作の料理やお菓子に

自分の名前を付けてルイ15世に食べさせました。

 

 

1721年にポンパドゥールは、

パリの銀行家の娘として生まれ、

貴族の子女以上の教育を受けて育ちます。

 

1741年に結婚し、超一流サロンに出入りするようになり

1744年に、その美貌がルイ15世の目に留まり

ポンパドゥール侯爵夫人の称号を与えられ夫と別居して、

1745年9月に正式に公妾として認められます。

 

愛する妻を略奪された夫は………

略奪相手が国王となると黙って引き下がるしかないか。

妻も国王に気持ちが傾いちゃってるし、

国王からお詫び的なものもあったでしょうし。

 

ポンパドゥールは

国王の愛情を一身に受けたことを良いことに

お金を惜しまず沢山の邸宅を建てさせ

学芸、芸術の熱心な愛好家、パトロンでもあり、

様々な芸術家とも交流をし、

政治に関心が薄かったルイ15世に代わって

権勢をふるいます。

 

こうなると国をボロボロにする流れとなりそうですが、

そこは政治能力においても優秀だったようですね。

 

ただ病弱だったこともあり30歳の頃より

ルイ15世とは寝室を共にすることはありませんでしたが

自分が信頼する女性を紹介しました。

 

愛する故に女性を紹介出来たのか、

愛していなかったから女性を紹介出来たのか、

私は、愛する故だったと思いたい。

 

公妾制度は、離婚は認められず側室も認められていなかった

キリスト教ヨーロッパ諸国で採用された制度で

第二夫人的な立場だったのかなと理解しています。

 

公妾は、国王の寵愛を失ったり、后やその一族、

権力闘争や社会不安に巻き込まれた貴族や民衆の

恨みをかうこともあり不安定な境遇だったようです。

 

国王からの気持ちを失い家庭内別居状態の后は、

自由に恋愛を楽しめれば良いとは思いますが

実質、離婚状態とは言え肩書は国王夫人のままなので

男性は、お后からの誘いに乗り難いとしたら

気持ちを失ったお后は、可哀そう。

 

 

不安定な境遇だった公妾のポンパドゥールは、

その美貌と政治能力の優秀さから

病弱の身体でベットの上からフランスの政治を動かしました。

結核の為に42歳でヴェルサイユで亡くなるまで

ルイ15世は、寵愛し続けたようです。

 

 

人間の業が渦巻く政治の世界へと足を踏み入れ

病弱でありながら精神をすり減らし

大半の生活をベットの上で過ごすようになった。

 

起きて半畳寝て一畳、天下取っても二合半

 

これほど大きな舞台に上がることを望んでいたのか、

それとも上がらざる得なかったのか、

 

ルイ15世のために、フランスの国のためにと

責任感とやりがい、そして、

自分の存在価値を感じられる喜びを感じていたのか、

 

この舞台に上がらずに、

穏やかな表情を湛える人生を過ごしていたら

もう少し長生きできたかもしれないし、

そもそも病弱と言われるような健康状態には、

ならなかったかも知れません。

 

ポンパドゥールがベットの上で一息ついた時に、

どんな気持ちだったのか興味ある所ですが、

愛するルイ15世に看取られながら世を去る時、

その胸に満ちた想いは、幸せだったであって欲しい。

 

 

 

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