今だから…昭和さ ある男のぼやき

主に昭和の流行歌のことについてぼやくブログです。時折映画/書籍にも触れます。

楠トシエ特集パート3 「サンデー毎日」(昭和37年10月8日号)

2006-12-09 18:02:50 | 昭和の名歌手たち

CMビンちゃんがんばる    「人物現代史」

●歌いまくった"二百曲"
かの女は、CMソングの歌手だということを、つい最近まで不名誉なことだと思いこんでいた。
『ふんわりふわふわハマフォーム』のうた、『カシミヤタッチのカシミロン』のうた、『ヴィックス』のうた、そしていま大ヒットしている洗剤『テル』のうた、流行コマソンのほとんどは楠トシエの声である。コマソンは、これまで二千曲ほどつくられ、電波にのった。そののち、かの女は一割の二百曲を歌っている。名実ともに"コマソンの女王"なのだが、長いこと、かの女は、そういわれることにこだわってきた。

かの女は、ほんもののホーム・ソング歌手が望みだったのだ。こどもと家庭の主婦のために、明るい、たのしい歌をサービスする歌手、それがかの女の理想だった。
ところが、「キミの声は明るいね、リズムがあるね、言葉がハッキリしているね、だからコマソンにぴったりサ」というわけで、ポポンのうたをうたわされたのがはじまり。あっという間にコマソン歌手になってしまった。

だが、わからないもので、コマソンは二千曲も出るにおよんで、昔の童謡にかわるこどものうたになり、主婦の愛唱歌になった。コマソン変じてホーム・ソングになったのだから、楠トシエにしてみれば、まわり道をしたつもりが初志を達した結果になった。

「ホイでもってビックリしちゃった」のが、かの女の心境である。同時に「やっと自信というか、誇りを感じられるようになった。大手を振って歩けるわ」と胸を張っていうようになった。
かの女に自信を持たせたきっかけは、二つある。『ヴィックス』の歌が、ことしのCMコンクールで一位になり、続いてカンヌの国際CMコンクールに日本代表として出品されたことである。

「それまで、あのCM、ビンちゃん(愛称)でしょ、といわれると恥ずかしくて恥ずかしくて。CMソングは、歌ってる顔は出ないし、名前も紹介されないでしょ、そういうしきたりでしょ、だから引き受けてたのよ、実は」
小首をかしげて、すごく早いテンポで。かの女は話す。CMテンポである。恥ずかしい、不名誉だからといっても、かの女はCMソングの仕事を、一度だっていいかげんにすませたことはない。「仕事に対してきわめてドン欲な人です」(作曲家いずみたく氏の話)という定評通り、かの女はCMソングの譜面を受けとると、それをおたまじゃくし通りに歌いこなすだけではなく、プラス・アルファを加えた。どうせ歌うならヒットしなきゃ、ヒットさせるには、こう歌わなければ、という論理でかの女は、作曲家、スポンサーに、自分のアイディアを、遠慮なくぶっつけた。

●アクセントづけが特技
いまヒットしている『テル』のCMソングで、どこが受けているかというと、「テルウゥーウ」と語尾が数回、踊りを踊るところだ。踊らせたのは楠トシエで、スポンサーは、はじめあまりイイ顔をしなかった。ただ、語尾が踊るだけならまだしも。ふてくされた声で「テルウゥーウ」とやられては。商品が売れるかしらという恐れをもつのもスポンサーとしては当然だ。

だが、かの女は、スポンサーの顔いろなんかドコ吹く風で、思いきり、ふてくされた声で歌ってのけた。かの女には確信があった。

『セデス』のCMで、お上品にいわずに「セ、デ、スッ」と少少すごんだいい方をして、事実それが当たっている。その経験があるので、かの女は強気だった。無難なCMより、冒険のあるCMを・・・・・・と、かの女はいつもねらっている。逆効果の効果を、つねに計算している。『カシミヤタッチ』のうたで、「ホイでもって」という言葉が印象に残るが、それも原文は「ソイでもって」だったのを、かの女がさらにデフォルメしたものである。こんなふうに、アクセントをつけるのが、かの女の特技である。