その月曜日の朝、ゴッサム・シティの天気は素晴らしかった。冬が過ぎ、そして春が到来していた。9時30分頃、地方検事のハービー・デントは裁判所の階段を駈け上がっていた。そして9時31分、彼は部屋の一つに飛びこんだ。法廷は弁護士や見物人、制服警官と、そしてその日裁判にかけられることになっているサルヴァトール・マローニで満たされていた。
「遅れてすまない」と言って彼がレイチェル・ドーズの隣の検察官テーブルについたので、皆デントに何も言わなかった。
「あなたはどこにいたの?」レイチェルはささやいた。
「君が担当しなければならないと心配してたのかい?」デントは笑顔を見せ、アタッシェ・ケースを開けた。
「僕は概要をすっかり知り尽くしているよ」デントの笑顔が広がり、そして彼はドル銀貨をポケットから出した。「それじゃあ、公平に決めよう。表なら、僕が担当。裏なら、彼の全ては君のものだ」
デントは空中でコインを弾くと、それを捕えて手首の上でぴしゃりと叩き、それから覆っていた手をよけてレイチェルに見せた。
「表だ」とデントが言った。「君の負けだな」
「あなたは誰がリードするかをコインで決めているの?」
「僕の父親の幸運のコインだ。そういえば、これが君との初デートを僕に届けてくれた」
「私は真剣よ、ハービー。このようなことを運に任せてはだめ」
「僕はしない」デントはウィンクした。「僕は僕自身で運をもたらすのさ」
通路の向こう側の被告用テーブルから、マローニは言った。「DAの仕事とは市長とのゴルフとか、そんなものをすることだと私は思っていたが」
「ゴルフの開始時刻は1時30分だ。君の人生の残りを施設に入れて過ごさせるための時間は十分にあるさ、サリー」
執行官がその場にいる全員に向かって立ち上がるように言った。そして法廷が開廷した。裁判官は彼のベンチへと入ると彼の小槌をドンと打って、デントに最初の証人を喚問するように言った。
「私は証人としてウィルマー・ロッシを呼んでいます」とデントは言った。
制服を着た警備員二人が粗末なスーツを着ているやせた男を連れて来た。その男の名はウィルマー・ロッシ。彼は証人台に座って宣誓し、近づいてきた地方検事を見つめた。
デントはロッシに向かって体を傾かせた。「カーマイン・ファルコーネが獄中にいるのならば、誰かがいわゆる『ファミリー』を動かすために出世したはずですよね?」
ロッシはうなずいた。
「今日、その人物は法廷にいますか?」
再び、ロッシはうなずいた。
デントはマローニを凝視するために頭を回した。彼は微笑んでいた。「では、私達のために彼を特定してくれますか?」
「検事さんよ、あんたは俺を見つけたんだ」ロッシは言った。「その人物は俺だ」
デントはロッシの方へ戻った。その顔はもはや微笑んでいなかった。「私はあなたから、この男性、サルヴァトール・マローニが、ファルコーネ・クライム・ファミリーの新しいボスであるとの宣誓陳述書を得たはずです」
「マローニ?、奴は身代わり。組織のブレインは俺だ」
ギャラリーの方から、短い笑いが起きた。
デントは裁判官を見上げた。「彼を敵意のある証人として扱う許可を下さい」
「敵意!」ロッシが叫んだ。「俺が敵意というものを見せてやる!」
ロッシは彼の側から手を上げ、どうしたものか、銃を持っていた。彼は4フィート離れたところであからさまに、デントの顔に狙いをつけ、引き金を引いた。銃のハンマーが撃針に倒れカチッという音がしたが、全く弾が発砲されなかった。デントは一歩前進すると、左手で銃をつかみ、右の拳を握ってロッシの口を殴った。ロッシは証人用の椅子に沈み込み、血を吐いた。
デントはロッシの武器から弾倉を取り外すと床へそれを落とし、そしてマローニが座っていた場所の方へと行った。彼はマローニのテーブルの上に空の銃を落とすと、さりげなく言った。「セラミック素材の28口径。それが金属探知機に反応しなかった理由だ。それと中国製であると私は記憶している」
証人席に戻ると、彼は言った。「ミスター・ロッシ、私はアメリカ製の銃を買うように勧めます」
デントはネクタイを直して、執行官が証人席からやっとの思いでロッシを運んでいるのを見た。
「閣下」デントは裁判官に言った。「私はまだこの証人への質問を終えていません…」
1時間後、デントはレイチェルと共に裁判所のロビーを通って大股で歩いていた。彼女は彼についていくのに苦労していたのでわずかに喘いで言っていた。
「君がとても喜んでいるのが嬉しいよ、レイチェル」とデントは言った。「おお、ちなみに僕は元気だ」
レイチェルはデントが立ち止まるまで、彼の袖を引っ張った。「ハービー、あなたはゴッサムのDAよ。もしも撃たれていたなら、あなたは仕事をしていない。もちろん、あなたが動揺したと言うのなら、私達は一日の残りの時間に休みをとることができるのよ…」
「無理だよ。僕は重犯部の代表とここで会うことになっているんだ」
「ジム・ゴードン?彼は友人よ。感じよくするようにね」
デントとレイチェルはさようならのキスをした。そして彼は再び歩き始めた。デントは短い廊下を曲り下って、彼のオフィスに入った。ジェームズ・ゴードンは既にそこにいた。彼は立って、デントと握手した。
「まず言いたいことは、君はとんでもない右クロス(a right cross)を持っているということだ」とゴードンが言った。「サルの奴、面目丸つぶれで歩いているだろうな」
「そうだな、マフィアに関して良い点は、彼らがあなたにセカンド・チャンスを与え続けるということだな」
デントは机に行くと、引き出しから札束を取り出した。
「軽く照射を受けた紙幣だ」とゴードンが言った。
「市警には高価な代物だな」とデントは言った。「誰かの援助を?」
「我々は様々な機関と連絡を取っていて―」
「それを保存してくれ、ゴードン。私は彼に会いたい」
「我々の公式方針はバットマンと呼ばれている自警団員を直ちに逮捕することだ」
「では、本部の上の照明は?」
「君のまわりで懸念があるなら…故障している設備については…メンテナンス係かカウンセラーの前でそれらを取り上げてくれ」
デントは苛立ちを見せつけながら、彼の机の上に札束を投げた。「私はゴッサムで名の知られているマネーロンダリングの工作人の全てを投獄してきた。だが、マフィア達はまだ金を回収している。私はあなたとあなたの『友人』がこの街における最後の獲物を町で見つけ、大胆にも、彼らの傷口と財布の摘発を試みているのだと思ったが、あなたは私を仲間に入れることを考慮しているのかな?」
「この街で活動していくには、限られた人員だけで情報をやり取りした方が安全なんだ」
「ゴードン、私はあなたの特別捜査班も、そこが私の内務調査部時代に調査した汚職警官でいっぱいであることも気に入らないんだ」
「私は、君がIAで有名になっていた頃に調査した警官達と働けなかったら、単独で動かなくてはならないんだ。私は理想主義者ではないから、政治上の要点は分からない。だから私は私ができる範囲で最善を尽くすしかないんだ」
「いいかい、ゴードン。あなたは誰が我々の背後にいるかを私に話すことなく私に5つの銀行の捜索・押収の令状を出してくれと言っているのかい?」
「私は君に銀行の名前を教えることができる」
「なるほど、それがスタートだな。私はあなたに令状を届けるつもりだ。だが、私はあなたの信頼が欲しい」
「私に君を売る必要はないよ、デント。私達は皆、君がゴッサムの光の騎士であることを知っている」
デントはにやっと笑った。「彼らはMCUで私に異なる呼び名を付けていたと聞いているがね」
1マイルほど離れた地区で、ルーシャス・フォックスはウェイン・エンタープライズの重役会を統轄していた。非の打ちどころがないスーツと、きちんとした散髪にもかかわらず、フォックスはそこにあまり似つかわしいとは言えなかった。だが、彼がウェイン・エンタープライズの最高経営責任者であることは事実だった。金持ちになったことは、彼の態度や外観について何も変化をもたらしていなかった。むしろ、彼は元々彼が実際にそうであった、lQを持っている、偶然チャートから離れている発明者ように見えた。彼のボスであるブルース・ウェインが7年間どこかへと行っていて戻るまで、ルーシャスとって彼は想像の産物で、全く快適だった。彼はトーマス・ウェイン(ブルースの父)のお気に入りであることが知られていた。そして、ウェイン夫妻の死後、徐々に会社を統制していった経営陣の新任の幹部達は、ルーシャスをウェイン夫妻が信じていたようには信用しなかった。彼らは、彼を完全には解雇しなかった―彼は理由について知らなかったし、気にかけもしなかった。その代わり、彼らは四半期分ごとにだんだんとビジネスの取り扱い度が少ない部門へと追放した。迅速な利益の取り引きよりも研究に専念した部門へと。それから、彼らはその部門を地下二階へ再配置して、その予算を大幅削減し、彼らがすぐに解雇させたスタッフをルーシャスに担当させて、彼に彼の新しい努力での運が最上ならばよいと思っていた。ルーシャスにとっては申し分なかった。それ以上だった。それは木の下でのクリスマスの朝のような気分だった。彼が遊ぶためのおもちゃはすべて揃っていた―他の者はそれらを「研究プロジェクト」と呼んでいた―そして、それらで遊ぶ時間はたっぷりとあった。彼は地階私室で一人きりだった。彼は、彼自身の時間、本、意見の管理をしていた。
金銭に関して―ウィリアム・アールという名の大きいオフィスの新しい占有者は、彼自身をとてもスマートで、詳細を指向し、組織を完全に管理しているキャプテンであると思っていた。フォックスは、彼が能なしだと思っていた。ルーシャスにとって、まもなくコンピューターが彼の父の時代にレジが必要とされていたのと同じくらい不可欠なツールになるということは明瞭であったので、デジタル知識がアメリカのビジネスで記録を残すという望みを持った者達のための必修科目になる前に、彼はコンピューターについて独学していた。
ルーシャス・フォックスにとってブルース・ウェインは、もしかするとゴッサム・シティで唯一、アールより愚かであるかもしれないと思った人物だった。それから、予想外にも、若いウェインは彼自身をフォックスの人生に差し込んだ。彼はフォックスがしていたことに本当に興味を持っていて、すぐにそれを理解できるほど聡明だった。だがフォックスはブルースに好奇心以上の何かがあると気付いた。彼は何かを必要としていた。複数の何かを作っていた―必ずしも浪費家のおもちゃであるとはいえない何かを―例えばハイパワーな乗り物、ボディアーマー、登山用具、および武器などのような。
ブルースは自分のことについて、決してフォックスに説明しなかったが、ブルースが夜に行っていたことがフォックスの理解を疑わなかったということは明らかだった。フォックスが幸運にもブルース=バットマンという繋がりを知らなかったという見せかけは、彼らの間のお約束の冗談になっていた。
ブルースはフォックスの人生を変えた。完全に。彼とブルースがアールの退出に関して一緒に働いた後、フォックスはウェイン・エンタープライズウェインの代表になり、最終的にトーマス・ウェインのビジョンを実行するために彼の腕前と知恵を使うことで活気づいていた。フォックスは、彼が監督した帝国について個人的に東海岸の「アンチ・エンロン」と記述していた。そのすべてが良いことであったが、フォックスのブルースへの本当の貢献はそれらの出来事二つの間で起こったことで、決して承認されないことだった―それはブルースの夜の活動におけるフォックスの共犯だった。まあ、フォックスはハロウィン・コスチュームを着て犯罪と戦うことについては馬鹿げた考えであると思っていた。それがどれくらいの効果を挙げているかを見るまでは。それから彼は、バットマンの道具製作者という、彼自身の秘密のアイデンティティを楽しみ始めた。彼とブルース、それから何人か(ゴードンとその仲間、そして地方検事のデントのような)は都市を救っているように思われた。それは行う価値があるものだった。そのうえ、彼は楽しんでいた。彼はこの時点での人生を、一般に退屈し挫折して、公園に行ったり、スポーツを見たりすることで多くの空き時間を費やしているような、年を取って丸くなった人物になっていただろうと想像した。その代わりに、彼には使命があった。それだけではなく、彼は使命を持つことが好きだった。彼の経験、手腕やエネルギーを集中させるその挑戦が好きだった。唯一の、そして非常にふさわしい人格の才能と知性の持ち主―バットマンの発明者。まさにその通りだった。
そのとき彼は、会議用テーブルでくつろいで座っていた。少し前に乗り出し、フォックスが所有しているものより高価なスーツ姿の荘厳なアジア人男性の言うことを熱心に聞いていた。彼はルーシャス・フォックスがラウ氏と呼んでいた人物(L.S.I.ホールディングスという企業体の社長)だった。7人の他の人物(フォックスのスタッフのメンバー)はテーブルのまわりに座った。そして、彼ら全員がラップトップコンピュータにメモをしていた。ブルース・ウェインは大きい窓の正面の、テーブルの上座に座っていた。
ラウが話していた―「中国では、L.S.I.ホールディングスがダイナミックな新しい成長を遂げております。中国でのウェイン・エンタープライゼスとの共同ベンチャー事業は強力な企業をもたらすでしょう」フォックスは慎重な声で返答した。
「では、ミスター・ラウ。私達の興奮を他の役員やウェイン会長の分まで代弁して、述べさせていただきます」ラウはテーブルの上座を見た。 ブルース・ウェインの頭が下げられ、明らかに眠った状態の彼の顎が胸のところで曲げられた。
全員が起きて、静かに部屋を出た。フォックスはエレベーターまでラウをエスコートした。そしてドアが開いたとき「OKです。ミスター・フォックス。皆、誰が本当にウェイン・エンタープライズを動かしているか分かっていますよ」とラウが言った。
「我々の仲間が業務を終えたらすぐに、連絡をします」とフォックスが言った。
ラウはうなずいて、エレベーターに入った。フォックスはドアが閉まるのを見ると、コールマン・リースという名の弁護士が待っていた方へと向きなおった。
「サー、ミスター・ウェインはどのように彼の信託財産が補充されているかについて興味を持っていないと私は分かっています」とリースは言った。「しかし、率直に言うと、それは恥ずべきことだ」
二人は廊下を歩き始めた。
「君は業務の心配をしてくれ、リース君」とフォックスが言った。「ブルース・ウェインについては私が心配する」
「もうやっています。数は固いでしょう」
「もう一度やってくれ。信託財産が尽きたら困るはずだ、そうだろう?」
フォックスが会議室に再び入った時、ブルース・ウェインはそこに立っていて、窓から外を見つめていた。
「またもう一つの長い夜を過ごされたんですか?」フォックスは尋ねた。
ウェインは振り返り、うなずき、そして微笑んだ。
「この合弁事業はあなたの考えでしたが、コンサルタントは気に入っているようです」とフォックスが言った。「しかし、私は確信できません。L.S.I.社は毎年8パーセントの成長をしています。まるでぜんまい仕掛けのように。彼らには、帳簿から収入の流れがあるに違いありません。恐らく不法でしょう」
「分かった」とブルースは言った。「取引は中止にしよう」
「既にご存じでしたか?」
「帳簿の詳細を知る必要があったんだ」
「他に何か私に頼みたいことはありますか?」
「そうだな…新しいスーツが必要だ」
フォックスは彼のボスを精査した。「確かに3つ穴ボタンは少々90年代(古い)スタイルのように思えますね」
「フォックスさん、僕はファッションの話をしたいんじゃないよ。機能の問題だ」
ウェインはアタッシェ・ケースから数枚の大きな青い紙を取り出すと、テーブルの上でそれらを広げた。数分間、フォックスはそれらの図を調べた。それから、彼が言った。「あなたは、頭を回せるようにしたいようですね」
「車道でのバックが確実に楽になる」とブルースは言い、微笑んだ。
「私は自分で何ができるかを理解しています。今夜、あなたが新しい道具を必要としないと信じますよ」
「ああ、フォックスさん。今夜はバレリーナと会う約束があるんだ」