kouheiのへそ曲がり日記

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要領のいいエゴイスト(39)

2015-05-23 05:38:46 | 日記
H教授は、盗聴・盗撮だけでなく、学部生をつかって大学から家に帰るまでの道程、僕を尾行しさえした。
そのとき僕はパチンコに嵌っており、自宅近くの駅で電車を降りると、そのままパチンコ店に寄っていた。

「なぁ、君、俺はパチンコする人間なんて尊敬できないけど、君はどうや?」
「う~ん、僕は大勢で集まってわいわいがやがやするのがいちばん楽しいなんて人間、心の奥底から軽蔑しますけど、パチンコやってる人間は、べつに尊敬はしませんけど、群衆のなかで孤独を楽しむってことで、シンパシーは感じます」
「・・・社会学やってんのに、そんなこと言うてんのか・・・」

一体なんなんだ?
社会学を研究している人間は、社会学の一般理論――そんなものがあるとしての仮定の話だが――どおりに感じ、考え、行動しなくてはならない、というのはどういう思想なのだ?
一般理論どおり感ぜず、考えず、行動しない人間がいたら、理論の方を正そうとするのが科学者の本来あるべき姿ではないのか?

さて、僕は当時二十代で、当然性処理の問題を抱えていた。
恋人なぞというものはおらず、風俗にいくにも金も度胸もなかった。
となると、いきつくところは自然とマスターベーションということになる。
そういうわけで、僕は自慰行為を皆に観られたわけであるが、えっ! 何!? そんなバカなって? 盗聴・盗撮されているのが分ってて、なぜ自慰などするのかって?

こればかりは僕にも分らないのである。
僕はH教授や事務助手のS本君、そして後輩たちからいろいろなこと――盗聴・盗撮しなければ分らないこと――をさんざん言われたのにもかかわらず、盗聴・盗撮に気づいていなかったのだ。
ずいぶん非現実的だと思われるだろうが、事実そうだったのだからしょうがない。

とにかく自室で自慰行為をしてからというもの、H教授は僕と対面するのを避けるようになった。
僕を観察する権限は、O野助教授に委譲されたようだった。
H教授は僕と目を合わそうとせず、そっぽを向いて「O野君とこいかなあかんで」とくりかえすばかりになった。

僕はO野助教授は嫌いだけれども、デュルケームの専門家だから仕方ないと腹をくくり、研究室をしばしば訪問するようになった。

――♪ Imagine there’s no heaven. It’s easy if you try.♪――

「とうとう歌いおったな」
「はぁ~?」
「イマジンや、ジョン・レノンはあんな唄歌っとるから殺されたんや」
「ほ~、さすが三流大学の教師の言わはることはちがいますね。イデオロギーにさえならん虚偽意識ですね(O野助教授はイギリス国教会系のクリスチャンであった)」

――♪Sad preacher nailed upon the colored door of time. Insane teacher be there reminded of the rhyme. ♪(イエス、 And you and I)――

「Insane teacher ってなんのことや?」
「インセイン・ティーチャー? O野先生がどうかしたんですか?」
「・・・」

そしてまた僕が自慰行為をした翌日、フランス語の外書講読――マルセル・モースの『贈与論』――の時間、僕が教室にいき腰かけると、学部生が大勢いるなか、O野助教授がいらついた面持ちで僕に問いかけた。

「君、君にとっていちばん恥ずかしいことは何やねん!?」
「僕にとっていちばん恥ずかしいことですか?・・・O野先生が生きていることです」
「!・・・」

何人かの学部生が思わずふきだした。
O野助教授は、怒りと驚きがないまぜになったような表情で言葉を失った。(つづく)

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