吉松ひろむの日記

高麗陶磁器並びに李朝朝鮮、現代韓国に詳しい吉松ひろむの日記です。大正生まれ、大正ロマンのブログです。

昭和初期の大阪 六十

2006年10月20日 06時05分49秒 | 玄界灘を越えて
昭和初期の大阪  六十

 金谷点柱(こんたにてんちゅう)
 家にもんでから、ウメちゃんにちぅいって聞いても答えがあいまいなのでチョンチュウおんちゃんに訳を話した。
 …おマスさんの言うこと聞いて歯医者でセメントしとけばええに!…ウメ吉の言うたん  はチュウチュウのネズミや…歯がとれたら上の歯は縁の下へ、下の歯は屋根になげる  んや…
 …屋根になげてもころころころがるでェ!…
 …朝鮮の屋根は麦藁やさかい心配せんでもええ!…
 …でもぼくの家もチョンチュウおんちゃんの家もかわらやろ、コロコロころがってくる  でェ…
 …ころがらないようにそっと置けばええ!…
 ぼくはウメちゃんからかけた塩豆くらいの歯を返してもらい、チョンチュウおんちゃんがはしごをかけて屋根の平のとこへそっと置いてネズミのような強い歯というた。    …母ちゃん!ころんで歯かけてもうた!チョンチュウおんちゃんはねずみのように強い  歯、はえてこい!言うて屋根になげたんや!…
 ぼくが知らせた。
 …へんじゃねぇ!朝鮮も土佐でもおんなじじゃ!下の歯は屋根に、上の歯は縁の下へ、  なげてネズミのように丈夫な歯がうまれてこいいうんじゃ!…
 …朝鮮のことばでネズミはチュウやて!いなかにおった牛はモーでねこはニヤーや!… …フフフフ!ネズミはまっことそうかも知れんけんど牛や猫はべつやろう、聞いてみぃ! 母は笑いながら答えた。
 ぼくは知らないことをそのままにできんくせがある。
 …おんちゃん、朝鮮のことばで牛はモーで猫はニヤーやろ?…
 …なんや急に?牛はソ!猫はコヤンイや!…
 ぼくは頭がぼうっとなった。

昭和初期の大阪 五十九

2006年10月19日 07時36分24秒 | 玄界灘を越えて
昭和初期の大阪  五十九

 金谷点柱(こんたにてんちゅう)
 …母ちん!ぼくの歯かゆうてグラグラシよるでェ!
 きのうかたい豆かんだととき、したのまえから三番目の歯がカチンとなった。
 …痛むんかい?…
 …かゆいのや!…
 …前歯は大切じゃけん、おひるから歯医者へ行ったらええき…
 …いかんでェ!はいしゃの近くの匂いは嫌いや!…五年生のマッちゃんも嫌いや!…
 …においは関係ないない!…
 ぼくは、今はなんともない!と言った。
 土曜日のごご、ぼくはウメちゃんと阿倍野ケ原の池へ行った。あしのねもとにどじょうがぎょうさんおるでェ!…とウメちゃんに聞いたからや。
 そっとちかずくと少し大きいおやぶんどじょうがぷくっと合図の泡をだしてそこへ潜って行くとけらいどじょうがまねてブクプクしてもぐった。
 ウメちゃんがチョウチョウとりのあみをもってきた。
 水際のそとからしずかにあしのねもとをさらうとあみのそこにどじょうが五ひきもはねとった。
 ウメちゃんはどじょうを煮てたべるとおいしゆてたまらん!と言葉をながくのばしておしえてくれた。
 二十ぴきもあみですくって野原をかけだした。
 だれがこさえたんやろう、くさ結びに足を取られてまえのめりにころんで顔を地面にぶったがどじょうはウメちゃんがたけかごにいれとった。
 歯をガーンとぶって小石みたいのが口にのこった。
 ぐらぐらしよった歯がおれたんや。
 …ウメちゃん!歯おれてもうた!…
 ぼくはぺっと石ころみたいな歯をはきだした。
 するとウメちゃんは…そ、そ、れなーげたーらあ、あかん!父、父ちやーんにき、き、かんとあ、あかん!…チ、チーウイや!と叫んでくさむらのぼくのちいさいおれた歯をひろった。
 ちうい!ってなんや?…
 ウメちゃんは答えずすごい早さでかけだした。

昭和初期の大阪 五十八

2006年10月18日 09時56分13秒 | 玄界灘を越えて
昭和初期の大阪  五十八

 金谷点柱(こんたにてんちゅう)
 …おんちゃん!ウメちゃんは秀才や!おんちゃんも秀才やろ!ぎょうさんの本みたらわ  かるでェ!そんなおんちゃんがウメちゃんの言うことではっとするんはどうしてなん  や?…
 ぼくはチョンチュウおんちゃんがはっとするんはおどろくことをウメちゃんが言うからやと思った。
 …ウメ吉はときどきわかりもせん昔のことを言うたり、大人も分からんさきの話を予言  するんや!…
 …予言ってなんや?…
 …たとえばこんどの正月は雪がふるとか、まださきの話やけどつげることがある…それ  がその通りになるから恐ろしい子や!…昔、王様がおった頃にそんな神様からさずか  った子がおって都に呼ばれていろいろほうびをもろうた話はのこっとる!…
 …ふーん!そうやったんか!こないだ阿倍野のコオロギとりに行こうとしたら強い夕立  がくるいうて、あまりゆ、ゆ、ゆ、ゆ、言うもんやからぼくはおこったんやでェ!す  るとまもなくザァーザァーとたきみたいな雷と大雨がきたんや!…ウメちゃんはかみ  なり、あめおとこやな!…
 …死んだ母ちゃんの家は代々密陽(ミルヤン)の巫女王(みこおう)の家やったせいや! …
 …みこおうって?…
 …うらないの神様よ!…
 …ぼく、北海道の父ちゃんに会えるかどうか、ウメちゃんにみてもらう!…
 …あの子はいつでもと言うわけにはいかんのや…
 …でもぼくやったらなにを言うてもへいきや!…
 …ほんなら聞いてみぃや!…
 ぼくはさっそくウメちゃんに聞いた。
 ウメちゃんはどもりながらそれにはこたえられないと怒った顔をした。

昭和初期の大阪 五十七

2006年10月17日 11時25分04秒 | 玄界灘を越えて
昭和初期の大阪  五十七

 金谷点柱(こんたにてんちゅう)
 …ヒロちゃん!おおきに!おかげで助かった、夜になると冷えておおごとになるとこや  った…
 チョンチュおんちゃんはほっとした顔で言った。
 …ウメちゃん!なんで穴におったんや?落ちたんか?…
 ぼくはウメちゃんをなじるように聞いた。
 チョンチュおんちゃんは後でウメ吉が穴におったわけをおしえてくれた。
 ウメちゃんは夢でトッケピから告げられたと言う。トッピケはちょうせんのお化けで前にチョンチュウおんちゃんから聞いていた。
 阿倍野ケ原のコウモリ森近くの穴に、死んだ母ちゃんがまっとるんや!と言う声を耳にしたのは学校の授業が終わって鐘がなった時と言う。 
 その声は耳のおくでいつまでも聞こえたと言う。
 ウメちゃんの母が死んだのはウメちゃんがまだ赤ちゃんの時と父から聞いている。
 まだみたこともない母の娘の時のふるぼけた写真は父からみせてもらったらしい。
 白い壁がつづく大きな塀と屋根のついた門の前にたったチマ、チョゴリに丸髷姿の娘で父とけっこんする前の写真と聞いた。
 …ウメ吉は感がつようてときどき、わしがはっと思うことをくちばしりよった!死んだ  母ちゃんはとうにあの世や!頭のええウメ吉にはそれぐらいよう知っとるはずなんや  が…
 チョンチユウおんちゃんは青い顔でつぶやいた。
 トッケピの話はなんども聞いていて、悪い鬼になったり人助けをしたり、いろいろの動物にばけたりするおばけである。

昭和初期の大阪 五十六

2006年10月17日 04時33分04秒 | 玄界灘を越えて
昭和初期の大阪  五十六

 金谷点柱(こんたにてんちゅう)
 …母ちゃん!ウメちゃんが学校の帰りに用事がある言うて技芸女学校裏の近道から阿倍  野ケ原へ行ったんや!!…
 …夕方、チョンチユウおんちゃんから…ウメ吉と帰りいっしょやなかったんかい?…と聞かれた。
 …ウメちゃん、まだ戻らんのか?おかしいわ!…ぼくはびっくりして聞いた。
 …わしが桶をおさめに行って戻ったら、ウメ吉がおらんのや…
 …ウメちゃんとわかれたんはおひるやでェ!…
 …どこでわかれたんや?…
 …女学校裏のコウモリ森や…
 …こりゃ大変や、どこぞで怪我でも!…
 …ほんならぼくさがしに行く…
 …探す言うてももう夕方や!日もくれるさかい!…
 チョンチュウおんちゃんは顔色変えてちょうちんを持って路地を出た。ぼくと母は慌ててあとを追った。
 日も阿倍野ケ原の向こうにしずみはじめて、だんだん暗くなった。
 コウモリ森の上をぎょうさんコウモリが飛び立って舞い始めた。 
 その時、と、と、と、うちゃーん!と叫ぶこえが草むらから聞こえた。
 ぼくはチョンチュウおんちゃんを呼び止めた。
 …おんちゃん!今、ウメちやんの声したでェ!…
 ぼくは先を歩くチョンチュおんちゃんに叫んだ。
 …ほんまか?…
 …ほんまやすぐそこや!…
 チョンチュおんちゃんのちょうちんの明かりがへっこんだ草むらを照らした。
 暗い大きな穴があった。
 ウメちゃんの背より倍もある穴にウメちゃんがいた。
 顔と手から血がにじんでおった。

昭和初期の大阪 五十五

2006年10月16日 05時28分45秒 | 玄界灘を越えて
昭和初期の大阪  五十五

 金谷点柱(こんたにてんちゅう)
 …母ちゃん!チョーセンジンはチョンチュおんちゃんもそうや!気持ちがやさしいやろ!  どうしてチョウセン!チョウセン!と馬鹿にするんや?…
 …チヨウセンジンも日本人もおんなじ人間じゃろ、ウメやん見てみぃや!りっばな少年  じゃろうが、ただ国が日本といっしょになっただけじやけん気にせんでもええ… 
 …ウメちゃんは秀才や、でも昨日よそから来た子は成績がわるうて皆ばかにしよるんや  …
 …どうしてチョウセンジンと分かったん?…
 …野田先生がそう言うたんや!…
 …先生はその子がすぐチョウセンジンと分かって皆にいじめられんように言うんよ、ウ  メちゃんと同じようになかようにあそんだらええ!…
 母は土佐の田舎でも隣村の道路工事で大勢のチョウセンジンがやってきてりっぱなトンネルも出来てその道路をアリラン道路と言うけん!…と教えてくれた。
 …アリランってなんや?…
 …チョウセンの流行歌じゃ!
 …チョウセンにも流行歌あるんか?
 …あらいで!おんなじ人間じゃけん、悲しい時も嬉しい時も歌うたうんじゃ!トラジ、  トラジ、ペクトラジって洋服学校の同級のチョウセンの女の子におそわっちゅうけに! …ふーん!ものとったらあかんわ、やはりチョウセンはものとりの歌があるんやな!… …フフフ!おまんにはかなわんのう!トラジは花の名前じゃ!…
 ぼくはチョウセンの偉い人が日本に悪いことをしたんで国がいっしょになればようなるんやと思った。

昭和初期の大阪 五十四

2006年10月15日 00時26分10秒 | 玄界灘を越えて
昭和初期の大阪  五十四

 金谷点柱(こんたにてんちゅう)
 ぼくにとってウメちゃんは兄んちゃんみたいやった。
 阿倍野ケ原にいるトンボ、バッタ、チョウチョウ、カエル、ゲンゴロウ、テントウムシ、コオロギ、メジロ、サイカチとカブトムシ、カニ、アリジゴク、…皆、ウメちゃんが王様でそれらのムシやトリは家来やった。
 ウメちやんは生きたおもちゃのつかまえかたと飼いかたはほんまに名人やった。けどどうしてどもりになったかカミサマがそうさせたと母ちゃんは言う。
 でもぼくがウメちゃんに勝つのは阿倍野の鉄橋から見下ろすジョウキキカンシャの暑く白い煙にまかれることが怖くてにげだしてかんにん!ということと、学校で描くクレヨンの絵はいつもぼくが組一番の五重マルをもらうことやった。
 絵はどこでなろうたかおぼえてないが髭をはやした父が桜の木を描いたぼくの絵の木の根が土の中で左右にわかれてまるで地に枝がはうように描いて教えてくれたことだ。
 その日のことはようおぼえておったのは腹が痛とうなってぼくの描いたサクラの木をまくらもとにおいて父がぼくのおなかをさすってくれたことだ。
 あとで母に…それは東京にいた頃じゃきに、父さんはそれから北海道へ行ったけん…と聞いたから、ぼくが四才り頃の話やった。
 ある日、住吉さんの境内の赤いまんまるい橋のしたのカメをウメちゃんがつかまえたので裏のちいさな池に飼ったがいつのまにか逃げてもうた。
 まるでウタエモンが忍術つかったように、なんにちもさがしたがカメはみつからんかった。
 ぼくの足で住吉さんまでだいぶん歩くので足のおそいカメタロウはなんにちもかかって丸橋の池まで歩いて行ったんやろ。
 チョンチュウおんちゃんはボクにムシの朝鮮ことばをおしえてくれた。
 ムシはポルレ、カニはケ、いぬもケ…おんちゃんそれおかしいわ、まちごうとるでェ!ケとケはカニとカニや!…
 …無理もない!ケとケーや!…バッタはメトゥギ…
 …碁会所の赤犬のチビはアカケーやな、けったいなチビや!
 ぼくはあとでチビにアカケー!と呼んだらあたまがええやつや!しっぽをきちがいみたいにふりよったのでチビもちょうせん犬のたねをもろうたんやと思った。

昭和初期の大阪 五十三

2006年10月14日 04時57分16秒 | 玄界灘を越えて
昭和初期の大阪  五十三

 金谷点柱(こんたにてんちゅう)
 学校からもどると玄関にまた木箱のおおきいのがおいてあった。
 いなかのばあちゃんの木箱の倍はあるお大きな箱やった。
 …小樽の父さんからじゃき、リンゴにかわらん、またチョンチュさん開けてもらうけん言うといて!と母はぼくのすがたをみるなりそう言った。
 …おんちゃん!おんちゃん!また来たんや!こんどはリンゴや!…
 ぼくははよう見たくておんちゃんおんちやんと裏にいたので二度呼んだ。
 …よっしゃよっしゃ!あけたるさかい…リンゴのええ香りやな、朝鮮の田舎の匂いや… …ちょうせんの田舎でもリンゴとれるんか?…
 …こんまいサガァやけどぎょうさんとれるでェ!…
 チヨンチュおんちやんは器用な手つきでキユーッと釘抜きで抜いた。
 …サガァってチヨウせん語のリンゴ?…
 …そうや、ナシはペと言う…
 …ナシがペーやら食べたことないけどリンゴよりうまくないんやな?…
 …そりゃぁリンゴは果物の王様よ!…そう言ってチョンチュウおんちゃんはトントンキートントンキーと抜いてたちまち木箱の蓋を取った。
 いつもより大きい釘やったので王様釘になる。
 王様釘は全部で十四本もあった。チョンチュウおんちゃんは一本づつトンカチたたいて真っ直ぐ延ばしてくれた。それまで持っていた釘は皆さびて茶色だっちのでクギたおしめいじんのウメちゃんは手をたたいて喜んだ。・
 リンゴはカランコロンおばちゃんの黒猫の頭くらいもある大きなものだ。麦わらの間にぎっしりと詰まって麦わらを筵に開けてリンゴを数えたら四十六ケもはいっていた。母ちゃんはチョンチュウおんちゃんに十二ケ、カランコロンのおばちゃんに三ケ、いつもお参りに行く金光さんに八ケ、ぜんぶで二十三ケをわけ、キシャの村田さんにもおしるしや、と四ケ、風呂敷につつんだ。
 それでも半分ものこったので毎日たべてもたべきれないほどだ。
 リンゴの匂いは家の路地いっぱいに広がってときどきやってくるイカケ屋さんや、カサ直し、トーフ屋、沢カニ売り屋のオッチャン達は皆、ええにおいやな!と言った。

昭和初期の大阪 五十二

2006年10月13日 10時25分01秒 | 玄界灘を越えて
昭和初期の大阪  五十二

 金谷点柱(こんたにてんちゅう)
 …チョンチュおんちゃん!明日、めいじせつや!学校でまんじゅうくれるんや!…   …明治天皇の誕生日やろ!めでたい日やから赤白まんじゅうがでるんや!…    
 …赤と白は日の丸や!…
 …はやいもんや、日本に取られてもう二十年もたってもうたんやな!…
 …先生は取ったと言わんでェ!取るのはどろぼうや!日本は正義のうたえもんやからそ  んなことようせんわ!…
 …そうやなぁ!いっしょになったんやなぁ!…
 チョンチュおんちゃんは少し寂しそうな顔して言った。
 …ウメちゃん!めいじせつの歌、覚えとるんやろ!…
 ぼくはまだおぼえられんかった。
 アジアのひがーし ひいーずるところ
 ひじーりのきみの あらわれまして
 ふるーき あめつち あと…なんだっけ?…
 …と、と、ざーせるき、きりーを
  お、おおみひかーりに あ、あまねく み、みちひ、ひらーけて           お、おさめたまえーる み、よとうと
 …頭ええなウメちゃんは!明日は口ぱくぱくでわからんやろう!…
 …ぱ、ぱ、ぱーくはあ、あかんでぇ!ご、ごまかーしはウソやろ!…
 …うん、ウソやな、やめとくわ!…
  ぼくは覚えとらんとこは口をとじることにした。

昭和初期の大阪 五十一

2006年10月13日 04時28分58秒 | 玄界灘を越えて
昭和初期の大阪  五十一

 金谷点柱(こんたにてんちゅう)
 …母ちゃん!ぼく、こないだオオカミとしょうねん習うた。オオカミが来た言うてウソ  ついてほんまのオオカミ来てもまたウソやと誰も助けてくれんかった!ぼく、しよう  じきにじろうひっぱたいたこと先生に言うわ!…
 …正直に言うのはええことじゃが、ちょうせん馬鹿とじろうさんが言うたと、これも正  直に言うたらええけん…
 そうやっ。だいじなことを忘れとった。ひっぱたいた訳も言わんとしょうじきやない。 ぼくはチョンチュおんちゃんにヒロちゃんが友達やから、ほかの子はどうでもええ!学問で負けとらんからええわ!…と言われた。
 きっとウメちゃんがお父に知らせたんやろ。
 ぼくは明日が明治節で赤白のまんじゅうがもらえる日やからばつにまんじゅうがもらえんようになると思うたがそれではいちにちしょうじきやない!
 …先生!ぼく、じろうくんがコンタニくんを…ちょうせんばかというたんでひっぱたいたんや!…
 胸がどきどきしたが手をかたくにぎって朝礼が終わると先生につげた。
 …修身でシヨウジキを習うた通り、ヨシマツ君は村田次郎君が今谷梅吉君を朝鮮、馬鹿と言うたので腹を立てて村田君を殴ったとさっきヨシマツ君が先生に知らせてくれた…みっつある。ひとつはヨシマツ君が修身で教えたように正直に人をなぐったとしらせてくれた。もうひとつは今谷梅吉君は朝鮮人だ!しかし今、朝鮮人も日本人もおなじ天皇陛下の臣民である。さべっはぜったいしてはいかん!けど人を殴ったヨシマツ君も悪い、なぜ先生に相談せんかったのか!今谷君は学力は四年生の力を持った秀才だ!どもりを直して立派な日本人になる生徒や!先生の言うことはそれだけや、皆分かったね!… 
 ぼくはびっくりした。じろうの母ちゃんもりっぱや、先生はもっとりっぱや!
 その日、ぼくはウメちゃんと手をとりあって明日は赤白まんじゅうもらえるさかい…とよろこびいさんで家にもどった。