吉松ひろむの日記

高麗陶磁器並びに李朝朝鮮、現代韓国に詳しい吉松ひろむの日記です。大正生まれ、大正ロマンのブログです。

昭和初期の大阪 四十六

2006年10月09日 04時30分16秒 | 玄界灘を越えて
昭和初期の大阪  四十六

 金谷点柱(こんたにてんちゅう)
 今日はお赤飯やった。
 お一日すぎたばかりやったがぼくの小学校入学式の日だ。
 ウメちゃんとぼくの着物は同じカスリもようやった。
 母がよなべしごとでこの正月に作ったのやった。
 阿倍野区住吉小学校のぴかぴか一年生や。
 一年黄組の丸い黄札と名前をかいた白い名札をもろうて胸につけた。
 帽子に花もようの金色のきしょうがひかってあごひもをゆるめて頬にかけると機関車の運転手みたいにりっぱやった。
 先生がひとりひとり名前をよんだがウメちゃんはたちあがってハーとどもらずに言ったのはぼくが何十回も練習してハーのひとことでとまるように失敗すると唇をつねったのだ。 ぼくと同じヨシがつく子はヨシノ、ヨシダ、ヨシオカの三人おったが先生なのにぼくの名前を間違えて呼びよった。博をヒロムと言わんでヒロシというた。母ちゃんはヒロムと読める人は誰もおらんけん…とみょうなよみかたはひい祖父さんがつけたと言う。
 ウメちゃんのコがついた名はコダマ、コノキ、コンノ、コヤマ、コタニと五人もおる。 真新しい洋服きた子も何人もおって青白い顔したりこうそうな子やった。
 ぼくたちにはランドセルみたいなハイカラナカバンはない。みどりいろに白いもようのはいったふろしきに木でできたふでばこと本をつつんで背中にななめに背負った。
 学校からもどって母がウメちゃんも呼んでこんまい魚を焼いたおかずとゆで卵とキントキ豆で新入学を祝ってくれた。
 …おまんもいよいよ今日から一年生じやけん毎日、一時間は勉強せんといかんぜよ…
 …母ちゃん!急に言うてもあかんわ、できへんでェ!…
 …なに言うとるっ!ウメちゃんはいまも毎日漢字の勉強しよる感心な子じゃ!…    ……………。
 ぼくはウメちゃんのことを言われると文句がいえんようになる。