西野了ブログ テキトーでいいんじゃない?

日々浮かんでくる言葉をエッセイにして・・・・・・。小説は「小説を読もう 西野了」で掲載中です。

妻と猫

2007-03-22 09:44:52 | Weblog
「妻と猫」 5.x.x

我が家では以前、猫を飼っていた。雑種のオス猫で、マルと名づけられた。
マルは次女に拾われてきたのだが、なぜ拾われたかというと、愛想がよく、人懐っこかったからだ。体型は、足は短く、腹が出ている。飼い始めの頃はスマートだったのだが、虫下しの薬を飲んで、お腹に虫がいなくなってから、ブクブク太りだした。

マルは愛想もいいが、性格も悪くなく、甘えっ子でもあった。しかし、猫社会は弱肉強食。性格はよくても、身体能力に劣るマルは、縄張り争いではボコボコにやられて帰ってくる。頭半分が禿げかかったり、ひげを抜かれたり、お腹は擦り傷で血がにじんだりと哀れなものである。

彼は台所の勝手口が自分にとって玄関だと思っていたらしく、そこから台所を横切って、人間の玄関?を越え、コンクリート敷きの駐車場の一角にある自分の食事場所へ戻ってくる。(我が家は昔、雑貨屋をやっていて玄関前のスペースが広いのだ)そして、キャットフードを食べ終わると、デザートをねだりに台所へ来るのだが、妻は「汚い!」と毛嫌いするのであった。

ぼくの住んでいるところは四国の山の中なので、マルの体には雑草の種のようものがくっついていたりする。畑でゴロゴロ寝転がったりもするだろう。妻はそれを汚いと言うのである。

たしかにマルに引っかかれた長女が、その雑菌が原因でリンパ節炎になり外科通い、運も悪かった。(医者の所見ではおそらくそうではないか?ということだったが、妻はそう信じていた)

妻がマルを家に入れてよいのは、風呂場でマルをシャンプーで丸洗いした後だけである。けれどもマルは、普通の猫なので、体がきれいになって数時間後には外に行ってしまうのだ。

猫という動物は、外に出て遊んだり、獲物をとったり、腹が減ったら家に帰ってゴロゴロする生き物だと思うのだけども、なぜか妻はそれが許せないらしい。
日本社会はやたら「きれい好き」だけど、度が過ぎるというか、猫にとってみれば、いい迷惑のような気もする。マルはそんな家の風潮に嫌気がさしたのか、ある日ぷいといなくなってしまった。あれ以来、帰ってきていない。僕と次女は残念がってはいるけれど。
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