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短編小説 夜霧マン

2017年12月02日 10時04分37秒 | 小説

夜霧マン

夜霧にむせび泣く波止場で、トレンチコートの襟を立てながら朝夫は霧子に向かって言ったのだった。
「俺と別れてくれないか?」
突然の別れ話に戸惑いながら、霧子は問う。
「突然なにを言うの・・・」

「俺はやるべきことがあるんだ、今までのことは忘れてくれ」
朝夫は夜霧で数メートル先しか見えない海の方角を見ながら言う。
「やるべきことって、何なの?」霧子が問い返す。
「今まで黙っていたんだが、俺は夜霧マンというヒーローなんだっ!」
「そんなヒーロー聞いたことも無いわ・・・」呆然と霧子が言う。
朝夫は少し笑いながら言う。
「ヒーローというのは冗談だ。本当は、今日のこのような夜霧を作り出す職人なんだよ・・」
「夜霧なんて、ただの自然の霧でしょ?」霧子が不思議そうに問う。
「いや、違うんだ・・・自然現象のほとんどは空模様職人組合の職人が作り出しているんだよ」
朝夫の告白にたじろぐ、霧子・・・
「空模様職人組合って・・何なの?」
朝夫が言う。
「空にペンキを塗ってる芸術家のことさ、知らないのも無理ないが・・・
俺はそこで、時々夜霧を描くのを手伝ってたんだが、今度正式に組合に入ることにしたんだ。
今までのように、お前に気楽に会うことが出来なくなってしまうんだよ・・・」
朝夫の心が葛藤で揺れているのが痛々しいくらいに分かった。

「どこか、よその世界へ行ってしまうのね」
霧子が今にも泣き出しそうに言った。
「そうゆーことになるような、ならないような・・・」
朝夫が曖昧に答える。
「いきなり、ひどすぎるわ・・・・」
霧子の目に我慢しかねた涙が一粒の雫になって落ちた。

「泣かれると心がよけいに痛むよ・・・」朝夫が言う。
「二度と会えないっていうのに、微笑んでなんかいられないちゅーの・・・バカ!」霧子が言う。
「・・・・すまん・・・」朝夫が辛そうに言う。
「その空模様職人組合に女の人はいるの?」霧子が問う。
「たくさん居るようだよ」朝夫が答える。
「じゃ、わたしも空模様職人組合に入るわ、そうすれば何も問題は無いじゃないの?」
霧子は、朝夫の目をじっと見ながら言った。
しばらくして朝夫が言う。
「そうだよねっ!それだったら問題なしだよねっ!」
「でしょっ!」霧子が明るい表情になって言った。
「なーんだ、いきなり問題解決だよっ!!」朝夫が笑いながら言う。
「Good Job!」霧子も右手の親指を立てて笑いながら言う。
2人は腕を組みながら、夜霧の中へ消えていった。

今、霧子は朝霧レディーと名乗って、隠れた才能を発揮している。


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