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昭和猫町五丁目 ペンキ絵画家のゴンザ

2017年11月18日 13時01分19秒 | 壁紙

昭和猫町五丁目
ペンキ絵画家のゴンザ

ペンキ絵作家の狐の権座エ門さんはゴンザさんと呼ばれている。
映画館の看板や銭湯の富士山などを描くのが仕事である。
青空さんという絵描きさんに飼われていた狐で、今はもう十年以上生きて人間に化けれるようになった。
飼い主の見よう見まねでゴンザさんも絵が描けるようになった。
青空さんは、空の絵を描くのが上手い絵描きさんで、ゴンザも空の絵を描くのが好きなのだ
しかし、空の絵を描くチャンスは少なく、富士山の絵を描くときぐらいしか腕を発揮できないのを残念がっている。

今日の仕事の依頼は、町で唯一の映画館”猫町シネマ館”の映画の看板だった。
シネマ館の映画は1週間ごとに変わるので、ゴンザさんの仕事はけっこう忙しい。
映画はたいてい2本立てでやっていた。
昭和の古い映画と新しい映画との2本立て、と言う場合もあった。
たとえば”男はつらいよ”と”ブルース・ウィリスのダイハード4.0”とかの抱き合わせである。
”男はつらいよ”などは48作もある昭和の映画なので、ほとんど毎週のように上映されていた。

「僕が描く映画の看板は特別なので、満月の夜は気をつけないといけないなぁ・・」
独り言を言いながら、ゴンザさんは映画の看板を描いている。
「楽しい映画ならいいんだけど、悪者なんか出る映画だと危険なんだよねぇ」
渥美清の顔を描き終えて、次はブルース・ウィリスの顔を描きはじめた。

この町は化け猫や狐や狸の妖気の漂う町である。
妖気といっても”陽気な妖気”なので、恐くも無く怪しくもなく楽しくなってしまう陽気な妖気である。
狐のゴンザも化け狐の仲間なので、特別な力を持っていた。
ゴンザが描いた絵は、満月の夜になると絵から浮き出て、一時的に本物の人間にように動いてしまうのだった。

「そーいえば、飛騨の匠の左甚五郎の彫った眠り猫も、夜になると起き出すっていうらしいね」
後ろで看板を眺めていたシネマ館のタマオがゴンザさんに言った。
「そーいえば、今日は満月だね・・・大丈夫かな?」
ゴンザがチョイト心配しながら言う。
「まぁ、ゴンザさんの妖力はランダムだから、出たり出なかったりですよ」
タマオが呑気に言う。
「青い山脈と男はつらいよの2本立てにしないかい?一番安全そうな映画だよ!」
とゴンザが言ったが、予定どうりの上映をしないと観客がうるさいのだ。
そうして、不安なまま男はつらいよとダイハードの看板が出来上がってしまった。

猫町シネマ館も、土曜の夜はオールナイト上映である。
満月の夜、男はつらいよとダイハードの2本立てに、観客は満員だった。
あのシガラキさんとタマ子さんも2度目のデートで、映画館に来ていた。

パァァ~~ン!パァァ~~ン!
突然、映画館の外で銃声の音が数発鳴り響いた!
「ガブリエル!動くな!」
ジョン・マクレーンがテロリストに向かって、銃を向けている。
「お前みたいなアナログ人間に、俺は捕まえられん!」
そう叫びながらテロリストのガブリエルは、シネマ館の中へ逃げていく!
ジョン・マクレーンは、パァァ~~ン!パァァ~~ン!と数発拳銃を撃った。
その一発が車寅次郎の鞄をかすめた。
「マクレーンさん、そんなに拳銃撃ちまくっちゃあぶねえよぉ!」
寅さんがジョン・マクレーンに言った。
「寅さん、危ないぜっ!どいててくれ!」
ジョン・マクレーンがテロリストを追ってシネマ館の中に入っていく。
寅さんもつられて館内に入っていった。

シネマ館の中は大騒ぎになっていた。
テロリストのガブリエルに、シガラキさんとタマ子さんが人質になってしまっていたのだ!
「ジョン・マクレーン!近づくとこいつらの命は無いぞっ!」
銃口をシガラキさんに向かってテロリストが叫ぶ。
ジョン・マクレーンは拳銃を両手で持ち、狙いをガブリエルに向けたまま沈黙している。

「僕は殺されてもいい!タマ子さんは離してくれっ!」
シガラキさんがテロリストに言う。
「いいえ!あなただけ一人にはしないわ!」
タマ子さんも言った。
「うるさい!お前ら、黙ってろ!!」
テロリストが人質に向かって言った。

そこへ、にこやかに現れた車寅次郎が、テロリストに向かって諭すように言った。
「ガブリエルさん・・・そんなことしたって、世の中良くならないよ。
まぁ、ピストルなんか物騒なものはやめにして、一杯やらないかい?」
「お前は誰なんだ!」ガブリエルが言う。
「俺かい?今日の2本立てのもう一本の映画の主人公よっ!」と寅さん。
「虎屋の風来坊だなっ!」ガブリエルが言う。
「こんなことやってちゃ、草葉の陰でおっかさんが泣いてるよ・・・」寅さんが言う。
「母親の顔なんか忘れたぜっ!」ガブリエルが吐き捨てるように言った。
「そんあこたぁねぇよ!あんたのおっかさんは今でもきっとあの世であんたのこと心配してるぜっ!」寅さんが言う。
「・・・・・」ガブリエルの目に涙が一筋こぼれたように見えた。
ジョン・マクレーンが言う。
「今なら、まだ間に合う、人質を放せ!」
「わかったよ、寅さんには負けたよ・・・」ガブリエルが人質を解放し、持っていた拳銃をジョン・マクレーンに渡した。

ジョン・マクレーンに手錠をかけられたテロリストが、寅さんに肩を抱きかかえられて映画館の外に出て行く。
シガラキさんとタマ子さんは、抱き合って泣いている。

満月の夜も終わりかけ、白々と夜が明けるころ、寅さんとジョン・マクレーンとガブリエルは映画館の看板の中へ吸い込まれるように消えていった。