登場人物
城萬二郎(じょうばんじろう)探偵事務所見習い
都太陽(みやこたいよう)
宮澤警部(みやざわけいぶ)
& 怪人硫酸男
絶望した男は、死を選んだ。
男の婚約者だった女は、金持ちの社長の御曹司との結婚が決まると、ゴミでも捨てるようにさっさと男を捨ててしまったのだ。
生きる希望を失った男は、総てを終わらせようと勤めていた会社の化学薬品工場の巨大な硫酸のタンクの中に飛び込んだ。
硫酸のタンクはザバーンと波打ち、男を肉食恐竜のように飲み込んだ。
ゆっくりと硫酸の液体に沈んでいく男は、まるで濁流に飲まれ沈んでいく流木のようだった。
硫酸のドロドロとした液体が、口から耳から毛穴の1つ1つからジワジワと滲み込んでゆく。
まるで、細胞の一つ一つにまで憎しみを刻み付けるかのように、薬液はピリピリと浸透していく。
そして、苦痛に歪んだ男の意識がドンドン遠のき、最後には極小の点のようなって暗黒の中へ消えていった。
突然に、男は目覚めた。
「さっき、硫酸タンクに飛び込んだのは夢だったのか・・・」
悪夢から覚めるかのように、男は朦朧とした意識で周りを見渡した。
男の体はシューシュー音を立てながら煙を発散し、着ていた服はボロボロになって見るかげもない。
「どうしてしまったんだ・・・」
ハッキリしない意識のまま、男は呆然としている。
ふと気づくと、男の倒れている場所は、先ほど男が飛び込んだ硫酸のタンクの横であった。
「夢ではない・・・さっき俺が飛び込んだのは、本当の出来事だったのだ!」
体から、シューシューと硫酸の煙を発しながら、男はようやく事態を呑み込みつつあるようだった。
「何故かは判らないが、俺は硫酸の中でも死ななかったのだ!」
男の意識は、しだいに鮮明な心に戻っていく。
「くっそぉ・・・!あの女めっ!」
男はハッキリしていく意識の奥底から、自分を捨て金に目のくらんだ女への憎悪が、沸騰した湯のように沸々と沸きあがってくるのを抑えられなかった。
男の咽喉が焼く付くように乾いている・・・
シューシューと硫酸煙をあげながら立ち上がり、男はタンクから硫酸液を手ですくい上げ、グビリと飲み干した。
「美味い硫酸だ・・・」
飲み干した硫酸液が、体の何億という全細胞に行き渡るのを、男は感じ取っていた。
男は亡霊のように、ムックリと立ち上がった。
1歩1歩あるいて行く男の足跡からは、床が腐食し刺激臭のある煙と泡がブクブクと出て、もはや男が人間ではないことを示していた。
ふと窓ガラスに映し出された自分の姿を見て、男は完全に正気を失った。
目は真っ赤に充血し、髪の毛は全部抜け落ち、手や足は硫酸に毒され、紫とも緑色ともつかない色に醜く変色している。
体の肉は所々焼けただれ、腐食し異臭を放ち、息をするたびに内臓の一部や骨が見え隠れしている。
ぐあぁぁーーーー!!
と、男は狂気の悲鳴を上げた!
そして、正気を失い憎悪の塊となった硫酸男は、シューシューと煙の出る腐食した足跡を残しながら、工場から消え去って行った。
その安アパートの窓からは、裸電球の明かりが漏れ、女がまだそこに居るのがわかった。
荷造りを済ませ、明日の引越しの準備を終えていた。
女は、まんまと金持ちの御曹司の心を捉え、明日には結婚式を行う予定なのだ。
これからの豪華三昧の生活を想像し、女はニヤニヤしながら一人でほくそえんでいた。
そんなとき、何処からともなく、木の焼けるような臭いと強烈な薬品の臭気が漂ってきた。
きゃぁぁぁーーーー!
突然、アパートのドアが乱暴にこじ開けられ、女の悲鳴がアパート中に響き渡った。
「よくも、裏切ったなぁ!」
爛々と光る真っ赤な目を見開いて、硫酸男は憎憎しくそう叫ぶと、ペッと唾液を女の顔に吐きかけた!
ぎゃぁぁーー!!
女の顔は、硫酸男の唾液で見るも無残に焼けただれ、女は悶絶した。
今日も城萬二郎探偵事務所は、都太陽少年だけが留守番をしていた。
探偵の城萬二郎は久しぶりの休暇を利用して、月子夫人と共に下呂温泉に湯治に出かけていて留守である。
すると突然に宮澤警部が入ってきて、叫んだ!
「太陽君!大変だ!直ぐに来てくれ!」
息せき切って話すので、言葉が途切れ途切れにしか聞こえない。
「今、テレビ塔の鉄塔に硫酸男がよじ登っている!女を抱きかかえているので手をだせない、なんとか良い知恵はないもんかね!」
急いで来たのだろう、ハァハァ息使いが荒く、顔に汗もにじみ出ている。
「城萬先生に、連絡はとれたのですか?」
都太陽少年は、事態が飲み込めないまま、宮澤警部に聞いている。
「城萬先生には、まだ連絡がとれんのだよ・・・弱った・・・」
困り果てた様子は、宮澤警部の慌てようを見れば察しがつく。
「僕でよければ、今すぐにでも出られます!」
太陽少年が答えるが早いか、宮澤警部は少年の手をギュッと掴んでパトカーに乗せ、そのまま硫酸男の出現したテレビ塔まで直行した。
城萬二郎(じょうばんじろう)探偵事務所見習い
都太陽(みやこたいよう)
宮澤警部(みやざわけいぶ)
& 怪人硫酸男
絶望した男は、死を選んだ。
男の婚約者だった女は、金持ちの社長の御曹司との結婚が決まると、ゴミでも捨てるようにさっさと男を捨ててしまったのだ。
生きる希望を失った男は、総てを終わらせようと勤めていた会社の化学薬品工場の巨大な硫酸のタンクの中に飛び込んだ。
硫酸のタンクはザバーンと波打ち、男を肉食恐竜のように飲み込んだ。
ゆっくりと硫酸の液体に沈んでいく男は、まるで濁流に飲まれ沈んでいく流木のようだった。
硫酸のドロドロとした液体が、口から耳から毛穴の1つ1つからジワジワと滲み込んでゆく。
まるで、細胞の一つ一つにまで憎しみを刻み付けるかのように、薬液はピリピリと浸透していく。
そして、苦痛に歪んだ男の意識がドンドン遠のき、最後には極小の点のようなって暗黒の中へ消えていった。
突然に、男は目覚めた。
「さっき、硫酸タンクに飛び込んだのは夢だったのか・・・」
悪夢から覚めるかのように、男は朦朧とした意識で周りを見渡した。
男の体はシューシュー音を立てながら煙を発散し、着ていた服はボロボロになって見るかげもない。
「どうしてしまったんだ・・・」
ハッキリしない意識のまま、男は呆然としている。
ふと気づくと、男の倒れている場所は、先ほど男が飛び込んだ硫酸のタンクの横であった。
「夢ではない・・・さっき俺が飛び込んだのは、本当の出来事だったのだ!」
体から、シューシューと硫酸の煙を発しながら、男はようやく事態を呑み込みつつあるようだった。
「何故かは判らないが、俺は硫酸の中でも死ななかったのだ!」
男の意識は、しだいに鮮明な心に戻っていく。
「くっそぉ・・・!あの女めっ!」
男はハッキリしていく意識の奥底から、自分を捨て金に目のくらんだ女への憎悪が、沸騰した湯のように沸々と沸きあがってくるのを抑えられなかった。
男の咽喉が焼く付くように乾いている・・・
シューシューと硫酸煙をあげながら立ち上がり、男はタンクから硫酸液を手ですくい上げ、グビリと飲み干した。
「美味い硫酸だ・・・」
飲み干した硫酸液が、体の何億という全細胞に行き渡るのを、男は感じ取っていた。
男は亡霊のように、ムックリと立ち上がった。
1歩1歩あるいて行く男の足跡からは、床が腐食し刺激臭のある煙と泡がブクブクと出て、もはや男が人間ではないことを示していた。
ふと窓ガラスに映し出された自分の姿を見て、男は完全に正気を失った。
目は真っ赤に充血し、髪の毛は全部抜け落ち、手や足は硫酸に毒され、紫とも緑色ともつかない色に醜く変色している。
体の肉は所々焼けただれ、腐食し異臭を放ち、息をするたびに内臓の一部や骨が見え隠れしている。
ぐあぁぁーーーー!!
と、男は狂気の悲鳴を上げた!
そして、正気を失い憎悪の塊となった硫酸男は、シューシューと煙の出る腐食した足跡を残しながら、工場から消え去って行った。
その安アパートの窓からは、裸電球の明かりが漏れ、女がまだそこに居るのがわかった。
荷造りを済ませ、明日の引越しの準備を終えていた。
女は、まんまと金持ちの御曹司の心を捉え、明日には結婚式を行う予定なのだ。
これからの豪華三昧の生活を想像し、女はニヤニヤしながら一人でほくそえんでいた。
そんなとき、何処からともなく、木の焼けるような臭いと強烈な薬品の臭気が漂ってきた。
きゃぁぁぁーーーー!
突然、アパートのドアが乱暴にこじ開けられ、女の悲鳴がアパート中に響き渡った。
「よくも、裏切ったなぁ!」
爛々と光る真っ赤な目を見開いて、硫酸男は憎憎しくそう叫ぶと、ペッと唾液を女の顔に吐きかけた!
ぎゃぁぁーー!!
女の顔は、硫酸男の唾液で見るも無残に焼けただれ、女は悶絶した。
今日も城萬二郎探偵事務所は、都太陽少年だけが留守番をしていた。
探偵の城萬二郎は久しぶりの休暇を利用して、月子夫人と共に下呂温泉に湯治に出かけていて留守である。
すると突然に宮澤警部が入ってきて、叫んだ!
「太陽君!大変だ!直ぐに来てくれ!」
息せき切って話すので、言葉が途切れ途切れにしか聞こえない。
「今、テレビ塔の鉄塔に硫酸男がよじ登っている!女を抱きかかえているので手をだせない、なんとか良い知恵はないもんかね!」
急いで来たのだろう、ハァハァ息使いが荒く、顔に汗もにじみ出ている。
「城萬先生に、連絡はとれたのですか?」
都太陽少年は、事態が飲み込めないまま、宮澤警部に聞いている。
「城萬先生には、まだ連絡がとれんのだよ・・・弱った・・・」
困り果てた様子は、宮澤警部の慌てようを見れば察しがつく。
「僕でよければ、今すぐにでも出られます!」
太陽少年が答えるが早いか、宮澤警部は少年の手をギュッと掴んでパトカーに乗せ、そのまま硫酸男の出現したテレビ塔まで直行した。
テレビ塔付近は、警察のパトカーや救急車、果ては何百人ともつかぬ野次馬で騒然となっていた。
現場は、どよめく野次馬の声やパトーカーと救急車のサイレンで、警部の話し声も聞き取れないくらいだった。
「太陽君、あれを見たまえ!」
そう言って、警部の指差す向こうには、鉄塔の足あたりによじ登った硫酸男が居た!
硫酸男の触った部分の鉄塔が、男の手の形に腐食し、泡と煙をシューシュー出している。
そして、焼け爛れてボロボロになった服を纏った女性が、硫酸男に抱きかかえられ悲鳴をあげている。
「たすけてぇ・・・」
その一言を発したまま、女は動かなくなってしまった。
「まず、あの女性を助けなければならん・・・どうしたもんか・・・?」
宮澤警部は、太陽少年に言った。
「この状況では、今助けなければ女性はもう助からないでしょう・・・」
太陽少年は、少し考えてから、こう言った。
「テレビ塔の下に、救助用の空気クッションを置いてください。それから・・」
そう言って、都太陽少年は、タンクローリーにある薬品を満タンにすることと、消防車も呼ぶようにと、指示をだした。
それを聞き、宮澤警部は、警官たちに叫んだ!
「テレビ塔の下に、救助用のクッションをひけ!それに、タンクローリーと消防車を、大至急用意しろっ!」
しばらくすると、塔の下に救助用の空気クッションが敷かれ、ある薬品を満タンに詰め込んだタンクローリーが到着した。
少し遅れて消防車がテレビ塔の下付近に到着、待機して支持を待っている。
「太陽君!準備はできたようだ!」
警部がそう言うと、太陽少年が言った・・・
「警部・・あの硫酸男の肩を撃ってください!警部の射撃の腕前なら、大丈夫ですよ!」
警部はちょっと不安げに、太陽少年の顔を見た。
「うむぅ・・・仕方がない!やってみるか!」
躊躇している時間は無かった。
硫酸男が、テレビ塔の最上部にまで登ってしまっては、もう手は出せなくなってしまうからだ。
「南無さん!神様!仏様!観音様!」
そう叫びながら、警部は拳銃を構え、そして、撃った!
ドギューーーン!
銃口から白い硝煙を発し、弾丸は硫酸男の肩を貫通した。
ぐぅぇぇ~~~!!
怪物のような奇怪な叫び声を発したが、弾丸は硫酸男の腕の中でジューッと解けてしまったのだ。
「くそっ!失敗か?」
宮澤警部は忌々しく叫んだが、太陽少年はひるまず言い放った。
「警部!拳銃の弾丸をありったけ硫酸男の腕に撃ってください!」
「よしっ!わかった!」
そう言うが早いか、宮澤警部は拳銃を両手でシッカリ握り締め、残りの4発を発射させた。
ドギューン!ドギューン!ドギューン!ドギューーーーン!
38口径回転式拳銃の銃口から連続して発射された弾丸は、硫酸男の腕に見事に命中した!
連続して命中した弾丸が硫酸男の腕の付け根をボロボロに粉砕し、硫酸男は腕ごと抱きかかえていた女を鉄塔のしたへ落としたのだった。
どどーーーんっ!
と、女は救助用のクッションの中心に落下した。
間髪を入れず、救急隊員が女に走り寄り、抱きかかえて女を救出した。
千切れた硫酸男の腕が見る見るうちにドロドロと液状に溶け出し、クッションに穴を開けた。
さっき硫酸男の肩から飛び散った硫酸の血液が、テレビ塔の鉄をジューと腐食させ、嫌な臭いが漂っている。
テレビ塔の鉄塔では、怒りに満ちた叫び声を上げ、硫酸男が鉄塔の上まで登り始めていた。
どんどん登っていく硫酸男は、テレビ塔の中くらいまで登ると、急に止まった。
そして、唾液をダラダラと流し、鉄塔を腐食させ始めたのだ。
鉄塔の鉄は、まるで角砂糖でも溶けるかのように、泡を発生させながらジュワジュワ溶けている。
「硫酸男は、テレビ塔を倒すつもりだ!」
太陽少年は叫んだ!
「硫酸男めっ!我々と野次馬を道ずれにする気だなっ!」
宮澤警部も叫んでいた!
鉄塔の1本が、あと少しで完全に腐食され、今にも鉄塔が倒壊しそうであった。
「今です!苛性ソーダの溶液を放出してください!」
太陽少年は、消防署員に聞こえる大きな声で叫んだ!
待機していた消防車のホースから、タンクローリーの中の苛性ソーダ溶液が勢い良く飛び出した。
ヌルヌルした強アルカリ性の苛性ソーダ溶液が、硫酸男の体に滝のように当たっている。
ドドドドッーーーー!!
容赦なく放出される苛性ソーダ溶液が、硫酸男の体液を中和させている。
ぐぐぐぅぅ~~~!
奇怪な声を上げ、硫酸男の体からは火山噴火でもあるかのような白い煙が濛々と立ちあがっていく。
硫酸男の顔や手や胴体がドロドロと溶け出し、男の身体の半分近くはもはや人間の形を留めてはいない。
瞬間に、硫酸男は手を滑らせ、まっ逆さまに転落した。
グチョッ!!
鈍く嫌な音を立て、硫酸男はテレビ塔下のコンクリートの地面に激突した。
濛々と煙が立つ落下地点に、都太陽少年と宮澤警部は急いだ!
激臭のする中、口をハンカチーフで押さえながら2人は硫酸男を見た。
・・・・そこには人間の形は無かった・・・・
硫酸男はブクブクと泡だけを残し、液状になり溶けて消滅していたのだった。
パトカーのサイレンが、テレビ塔の頂上にも届くように響いていた。