さかいほういちのオオサンショウウオ生活

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夏物語 妖怪・あわずの火

2008年07月20日 13時13分17秒 | 小説
「会わずの火」という妖怪がいるらしい。
真夜中に人どうりの無い道を歩いていると、ボゥッと鈍い光が前方に現れる。
その光は直径30Cm~50Cmくらいで、人魂のようにぼやけた明かりらしい。
逃げようとすると必ず前方に現れ、行く手をふさぐ。
しかし、その明かりに近づくと、明かりは距離を保ったまま、スゥッ・・と遠のいてしまう。
直接危害を加えるわけでもなく、人恋しそうに、あるいは恨めしそうに通行人に纏い付く妖怪のようだ。
絶対に会うことのない火、なので「会わずの火」と呼ばれているそうだ。

子供の頃私は、この妖怪の話が恐くてしょうがなかった。
危害を加えない物の怪でも、子供を恐がらせるには十二分の存在感がある。
ましてや、霊魂のように恨めしいオーラを発散しながら向かってくる化け物など、御免こうむりたい。

我が家から母方の実家へ行く途中の道に、この「会わずの火」が出る場所があった。
当時はバイパスなども無く、自動車すらほとんど通らない細い田んぼ道が現場である。
深夜など周りは真っ暗で、いかにも化け物が出そうな感じの道だった。
ある日、父の運転する車で、この「会わずの火」の出る場所あたりを通り抜けなければいけない状況になった。
実家にいる母を迎えに行くためだ。
その真っ暗な道で、父がいきなり尿意をもよおし、車を止めたのだ。

父は車のドアを開け、田んぼに向かって放尿している。
辺りは真っ暗で、カエルの声が陰気に聞こえてくる。
すると、私は、車の前方に光るものを発見した。
そして、遠くの方の明かりが、だんだんこちらに近づいてくるではないか。
子供の私は、顔面蒼白になり、全身が恐怖で満ち溢れた!
私はその光が「会わずの火」であると思った。
父はまだ気がつきもしないで放尿している。
そして躊躇無く、その光は私に向かって前進してくる。
その光が私の乗っている車に接近したとき、その光から音がした。

リンリン!
自転車のベルの音。

いま、この道にはバイパスが通り、回りはコンビニやファミレスで不夜城と化している。

夏物語 影が虹色に見えた部屋

2008年07月19日 10時49分44秒 | 小説
明治の初期に建てられた我が家には中庭があり、それを眺めるように座敷が作られていた。
座敷は12畳くらいの広さで、床の間がある。
そこから眺める中庭には、中心に大きな岩が鎮座しており、松や紅葉の木々が季節を楽しませてくれた。
今では庭の手入れもしていないので、ヒヨドリなどが運んだ種の数々が成長して小さなジャングルと成り果てている。

子供の頃は、この座敷で昼寝をするのが日課であった。
遊びつかれたときなど夕暮れ時まで寝入ってしまうこともある。
眠りから覚め、寝ぼけた目に映る部屋の光景は、庭の木々から射す木漏れ日が畳の上に投影され、さながら幻灯機を眺めるかのような幻想的な光景だった。
不思議だったのは、いつのこの部屋で見る自分の影の色が灰色に見えたことが無いことだった。
影の色はモノトーンではなく、赤い色や紫色は青や黄色に色付けられた影絵で見るような色なのだ。
この美しい影の色が楽しくて、私は自分の影を飽きることなく眺めていた。
庭を背にして見ると、自分の形をした人型の影が薄っすらとした紫色に見えるのは不思議だった。
あるいは、手で作る狐のシルエットが黄色だったり、座敷の障子の棧の影が青色だったり、それは見飽きることは無かった。
ある日の夕暮れ時、ふと目覚めると、座敷の縁側に腰掛け庭を眺める母の影が黄色から赤に、そして紫から青にユックリと変化していく光景は神秘的ですらあった。
今この部屋で見る影は、モノトーンの影が見えるのみである。


夏物語 突然鳴り出す柱時計

2008年07月18日 18時04分06秒 | 小説
私の部屋の隣は物置だった。
そこには古びた年代物の柱時計がかかっていた。
それはもう随分昔に壊れてしまったであろうと思われるのは、埃の積もりぐあいでわかった。

我が家は明治時代に建てられた古臭い家である。
骨董品のようにその時計が、私の子供の頃には、もうそこに放置したようにあった。
この柱時計が、時々思い出したかのように時刻を知らせることがあった。
それは、深夜であったり明け方であったり、一定ではない。
刻む時刻も、1回であったり5回であったり、これも一定ではなかった。

ボ~ンボ~ンと柔らかい音をたてて鳴る、その時計を「曾おじいさんの時計」と家族のものは呼んでいた。
音が鳴ったときには、その曾おじいさんがやってきているのだと、祖母は言っていたのを思い出す。
深夜、受験勉強をしてるときなどにボ~ンと鳴るとギクリとしたりもしたが、怖いと思ったことなど一度もなかった。
深夜に寝静まった頃、暗闇の中でボ~ンボ~ンと突然に鳴る音が、今では妙に懐かしく思い出される。
見たことも会った事もない曾おじいさんの姿を想像しながら眠りにつく、子供の頃の思い出である。


夏物語 トンネルの怪

2008年07月17日 22時37分23秒 | 小説
友人と共に今庄蕎麦を食べに行った帰りの話である。
福井の今庄から敦賀に向かう海沿いの道路で、昔鉄道だった路線の部分を道路にした道があった。
非常に狭く長いトンネルで、私のワンボックスカーが通るのがぎりぎりの幅であった。
サイドミラーからトンネルの壁までの間隔は10cmもないように思われた。
しかもこのトンネルは一方通行ではないようだった。
その道を通りたくて通った訳ではないのだが、道路標識に導かれてその道に侵入してしまったのだ。
広い道路からそれ、私の車は薄暗く狭いトンネルの中に入っていった。
しばらくすると、狭いトンネルの前方にバイクが1台走っていた。
ちょうど10mくらい先を、時速10Kmくらいのユックリした速度で走っている。
ありえないほどの狭いトンネルである、スピードを出すのは危険であった。
私はスピードを落とし、そのバイクの後をついていった。

私は友人に言う。
「随分と長いトンネルやね」
友人が答える。
「けっこう有名なトンネルらしいで、このトンネル」
「狭すぎて、怖いな・・」
「この車でギリギリだぜ」

薄暗いトンネルは電気すらついていない。
バイクはまだユックリと前方を走っている。
「あのバイク、なかなか走らんな・・」
友人が言ったが、
「いやぁ、こんな狭いんじゃこれくらいでいいって!」
私は、そう答えた。
なんだかんだと友人と私は、狭いトンネルの話題で盛上がって話をしていた。
10分近く走行して、やっとの思いでトンネルから抜けだした。

ふと気がつくと、前にも後ろにもバイクの姿が無い。
「ところで、あのバイクいつ抜いた?」
友人が、思い出したように私に言った。
「・・・追い越した憶えはないけどな・・・」
私が不思議な感覚に捕らわれながら答える。
友人と私は顔を見合わせ、何も言葉が出なかった。