6月18日の朝の地震には、本当に驚きました。
他の場所では起こっても、自分のところには
起こらないと思ってしまうのが災害の怖いところ。
不意打ちをくらって、おたおたしてしまいます。
最初の激しい揺れも怖かったけれど
来るかもと思いながらの余震は、もっと怖いと知りました。
facebookやメッセージで無事を確認しながら
「こわかったよ~(ToT)」って何人にも伝えるうちに
少しずつ大丈夫になりました。
感じたことを言葉に出すことで
かなり楽になるという経験をしました。
わたしは、どちらかというと感じたことを口にするのが苦手です。
特に「悲しい」「つらい」「こわい」という気持ちを口にすると
ただでさえ落ち込みが激しい方なのでその感情に囚われてしまい
それ以上前に進めなくなりそうな気がしてしまうからです。
自分で自分をサルベージできなくなる不安もあります。
でも今回、怖いことを「こわいよ~」と誰かに伝えることで
少しその気持ちが自分の外に出ていって楽になることを実感しました。
そして同時に、「大丈夫やった?」と
気にかけてくれている人がいることのありがたさも身に染みました。
そんなひとつひとつのことから
「やっぱり多くの人に支えられて生きているんだなぁ」って素直に思えました。
人と人とのつながりは、
きっとお金よりずっと暮らしと気持ちを豊かにしてくれる。
そんな気持ちを忘れないで、毎日を送りたいと思います。
他の場所では起こっても、自分のところには
起こらないと思ってしまうのが災害の怖いところ。
不意打ちをくらって、おたおたしてしまいます。
最初の激しい揺れも怖かったけれど
来るかもと思いながらの余震は、もっと怖いと知りました。
facebookやメッセージで無事を確認しながら
「こわかったよ~(ToT)」って何人にも伝えるうちに
少しずつ大丈夫になりました。
感じたことを言葉に出すことで
かなり楽になるという経験をしました。
わたしは、どちらかというと感じたことを口にするのが苦手です。
特に「悲しい」「つらい」「こわい」という気持ちを口にすると
ただでさえ落ち込みが激しい方なのでその感情に囚われてしまい
それ以上前に進めなくなりそうな気がしてしまうからです。
自分で自分をサルベージできなくなる不安もあります。
でも今回、怖いことを「こわいよ~」と誰かに伝えることで
少しその気持ちが自分の外に出ていって楽になることを実感しました。
そして同時に、「大丈夫やった?」と
気にかけてくれている人がいることのありがたさも身に染みました。
そんなひとつひとつのことから
「やっぱり多くの人に支えられて生きているんだなぁ」って素直に思えました。
人と人とのつながりは、
きっとお金よりずっと暮らしと気持ちを豊かにしてくれる。
そんな気持ちを忘れないで、毎日を送りたいと思います。