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メイキング・オブ『死刑執行』(※『現代プレミア』より)
青木 理・ジャーナリスト



引用Ⅲ
  確定死刑囚は、親族以外との面会が厳しく制限されている。そんな死刑囚にとって教誨師は、外部の匂いをまとった数少ない話し相手だ。
①だから僧侶は、聞き役に徹するのも自分の役目だと考え、男の話に相づちを打ち、耳を傾けるよう心がけた。死に直面した男に僅かな時間でも人間らしい会話をさせてやりたい、と思ったのだ。読んでいる本の話。最近起きた社会事象への感想。その他その他の四方山話……。
 男は自らが起こした事件への激しい悔悟と被害者への謝罪もしばしば口にした。殺人と放火。それが男の犯した凶行だった。
 「でも、放火はやってないんです」と真剣に訴えられたこともあった。真実は分からない。だが、僧侶の目には嘘を言っているようには見えなかった。
(中略)
 いま、僧侶の前では拘置所長が法務大臣の発した死刑執行命令書を読み上げ、その紙を男の目の前に掲げて文面を確認させている。所長の形式張った動作は、僧侶の目に「まるで重要な証文を突きつけるかのような儀式」と映った。だが、次は自分が最後の説教を行う番だ。夜遅くまで心を込めて綴った最後の言葉を、男に語りかけるのだ。
②そう気持ちを固めた矢先、男は僧侶の方に向かってよろよろ歩み寄ると、法衣にしがみついてきた。喉の奥から擦り切れるような声を漏らしながら、そして嗚咽しながら。
 「先生……、先生ぃぃ……」
 瞬間、僧侶が頭の中に諳んじていたはずの言葉など消し飛んでしまった。男は間もなく強制的な死を迎える。縊{くび}り殺されるのだ。僧侶の心に自問が再び、だが今度は激しく去来した。
〈この男にいま、何と語りかけたらいいのだろう。僧侶としていったい何を説けばいいというのだろう〉
 もはや言葉など見つからなかった。嗚咽する男の背をさすってやることしかできなかった。最後に食べることを許される菓子や果物も用意されていたが、男は手をつけようともしなかった。
〈最後に触れ合う人間が私などになってしまってすまないな……〉
 震える背をさすりながら、僧侶は心の中で男に詫びた。


[引用Ⅲの解説]
 ①の記述は、前出の僧侶の以下のような証言に基づく。初めて執行に立ち会った死刑囚についての回想だ。
「(定期的な教誨で死刑囚と)4~5年つきあいましたかね。私はいつも、(教誨の際に)お経を……お経っていっても本当に短いお経で、後は(死刑囚の)話を聞くだけだったんです」
──どうしてですか?
「(接見が厳しく制限されている)死刑囚にとってみると、教誨師は数少ない外部の話し相手なんでしょうね、良く喋りました。私はひたすら聞き役に回って。それが気に入られたのか、毎月来てくれって言われて」
 新聞を賑わせている政治の話。さまざまな社会事象の話題。拘置所暮らしの不満。時には下らない猥談も。僧侶は男のたわいもない話に相づちを打ち、時には冗談を言い返したりしたという。
「話をしているとね、やっぱり情も湧くし、だいたい『凶悪犯』っていう感じじゃあないんですよ。それに『放火はやってないんです』なんて言い出したりしてね……」
──殺人は認めるが、放火については冤罪っていうことですか?
「本当のところは分からないですよ、もちろん。でも、嘘を言っているようには見えなかった。何とかできないだろうかって思って、(死刑囚の)お母さんにも会いに行ったりしたんですが……。それ以上は何ともできなかった」
 私は男が引き起こした事件についても調べた。確かに男は、殺人の事実を認めながらも放火を否定し続けたが、公判廷でそれが認められることはなかった。
 いずれにしても殺人を犯したことに違いない男は、教誨師である僧侶の目からは凶悪犯には見えなかったという。
 別の地方都市の拘置所で数多くの死刑囚の教誨師を務めてきた男性も、私のインタビューにやはりこんな風に語ってくれている。
「確かに人を殺してしまったのは悪い。それはもう被害者の感情からすれば、『殺してやりたい』と、それはもう私も逆の立場ならそう思うでしょう。でも、10人以上(の死刑囚)に会ってきましたが、絵に描いたような凶悪な人間なんて一人もいなかった。一人も、です。むしろ弱い人間という印象ですよ。弱いからこそ、極限状態の中で信じられないような犯行を犯してしまった……そんな風に思うんですけどね」

「何もできない、何も」
 ②の最後の瞬間に立ち会うという、極限状態に置かれた教誨師の心象風景──。前述の僧侶の取材メモには、以下のような記述が残っている。
──執行の直前、男に何と声をかけてやるつもりだったんですか。
「私、実は原稿を書いたんです。(執行直前に)5分くらいの説教をしてくれと(拘置所側から)言われて、原稿用紙に1~2枚。(前日の)夜遅くまでかかってね」
──どんな内容ですか?
「もう、覚えてませんね……。でも、書き上げた原稿を暗記して、(死刑囚を前に)話そうとしたんですけれど、私も真っ白になってしまって。それに(死刑囚が)『うわぁ~っ』って抱きついてきましたから。嗚咽{おえつ}して、『先生、先生っ!』って……。後はもう抱き合っただけで、何もできなかった」
──言葉はかけられなかった。
「それはもう……、言葉……は超えちゃうんですよね。だから、しっかり手を握ってあげるということと、肩をさすりながらね、やっぱりそこに、最後のギリギリまでいるっていうことしかできないと思うんです」
「言葉っていうのはもう、それまでにずっとやり取りしているわけですから、いまさら何か特別な言葉があるわけじゃなくてね。そこで何かもっともらしい言葉を言ったところで、それは演技になっちゃう。何もできないんですよ、何も……」
──黙って抱いてやるしか……。
「ええ。胸の中では、最後に抱き合う人間が私になってしまって悪かったな、って言いながらね……」
 それにしても、死刑という刑罰の場に宗教家が立ち会い続けるのは何故なのか。そこに宗教家としての逡巡や葛藤はないのか。逃げ出そうと思ったことはないのか。そう尋ねると、ある教誨師は少し憤ったような、しかし哀しげな表情になり、こう語ってくれた。
「私だってすぐにでも辞めたい。それはそうですよ、本音では。でも、死が約束されているという極限の状態に置かれた彼らに、少しでも安らぎの時を過ごさせてやりたいとも思う。私と会うことが、少しでもその役に立つならば、ね……。それに、彼らが言うんですよ、『私の最後をきちんと見届けてください』『先生に見送って欲しいんです』って。そう言われるとね、もう、逃げ出せないんですよ、そう言われてしまうとね……」
 そうつぶやいたきり、教誨師は寂しそうな笑顔を見せた。私もそれ以上、言葉を継ぐことができなかった。


第5回に続く>>>
※『現代プレミア』より



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