■オリジナル読み物は「ISSUE」で、ノンフィクション書籍情報は「BOOK WEB」で、ノンフィクション作家情報は「WHO'S WHO」で
オリジナル読み物満載の現代プレミアブログISSUEページへノンフィクション作品ガイド満載の現代プレミアブログBOOK WEBページへノンフィクション作家の情報満載の現代プレミアブログWHO'S WHOページヘ現代プレミアブログCOMMUNICATIONページヘ現代プレミアブログWORK SHOPページヘ
現代ビジネスOPEN!! どりこの探偵局


メイキング・オブ『死刑執行』(※『現代プレミア』より)
青木 理・ジャーナリスト



引用Ⅱ
 無機質な鉄製の扉が開き、屈強な刑務官に両脇を抱えられた死刑囚の男が連行されてきた。
①顔面は蒼白。辛うじて自力で歩を進めてはいるが、その顔も足も手も、身体中のすべてが小刻みにブルブルと震えている。
 〈宗教家である私が、ここで男に何をしてやればよいのだろうか〉
 男を目の前にした僧侶は、胸の奥に深い自問が湧き上がってくるのを抑えることができなかった。
②薄紫色のカーペットが敷き詰められた拘置所内の一室。周囲はクリーム色の壁に覆われていたが、一面だけは壁のすべてがアコーディオン・カーテンになっている。一角には古びた観音像を納めた祭壇もあった。
 僧侶の脇には拘置所の所長や刑務官らが並んで立っていた。こちらを向いてブルブルと震える男の目は緊張と恐怖で怯え切っている。だが、拘置所長も刑務官も極度に緊張しているのが僧侶にも手に取るように感じられた。死刑囚に最後の儀式を施す空間では、それも無理のないことに思えた。


[引用Ⅱの解説]
 死刑の執行には教誨師と呼ばれる宗教家が現場で立ち会う。いずれも法務当局の委託を受けた篤志家の僧侶や牧師らで、宗派もさまざまだ。執行前から定期的に死刑囚や死刑被告人と面談し、宗教的な教えを施すケースが多い。
 拘置所幹部や刑務官らへの取材と同じく、法務省や拘置所関係者らの細い糸を手繰ってようやく辿り着いた教誨師にも、何人かインタビューを試みた。①の部分の記述は、ある地方都市の拘置所で長年にわたって教誨師を務め、死刑の執行にも立ち会った僧侶へのインタビューに基づく。
 僧侶は当初、淡々とした表情で取材に応じてくれていたが、自らが教誨を施した男の死刑執行の場面に話が及ぶと、遠くを見つめてまるで独り言でもつぶやくかのように語り続けた。
「刑場の脇が仏間みたいになっていまして。そこに(拘置所の)所長以下、30人くらい(の職員)が、礼装っていうんですかね、白手袋をはめて、ビシッと制帽もかぶって。みんな張りつめているのが伝わってくるんです」
──そこに(死刑囚が)連行されてきたんですか。
「もうね、顔なんか真っ白で、全身がブルブル震えてて……。最初はね、それを見た瞬間、『なんで私はここにいるんだろう』って。『私が彼に何をしてやれるんだろう』って。何もできないんですよ、結局。最初の頃、初めて(執行に)立ち会ったときは、私の頭も真っ白。真っ白になってしまってね……」
 宗教家である人間が死刑執行という究極の刑罰に立ち会う苦悩。陽当たりの良い寺の境内で、時折顔を歪めながら語り続ける僧侶の表情を、私はいまも忘れることができない。
 連載記事中では触れなかったが、別の教誨師はこんな風にも漏らしている。
「私は少し神経が太いのかもしれないけど、神経の細い人だったら壊れてしまうんじゃないかと思いますよ。刑務官だってそうでしょう。(精神的に)壊れてしまう
刑務官もたくさんいると聞いています」
──壊れてしまう……。
「ええ。(執行の瞬間の)夢を見る教誨師や刑務官もいるようですよ。私、夢は見ないんですけど、時々、なんて言うんですかね……、フラッシュバックみたいなのも、あるんです」
──フラッシュバック?
「歩いている時とか、車を運転している時とか、突然に(執行の瞬間が)頭にバァッと浮かんできて……。私もどこかが壊れてしまってるんでしょうかね、きっと……」

思い出したくない記憶
 一方、②の部分の記述に限らず、刑場の内部状況に関する取材は困難が多かった。刑場は全国7ヵ所の拘置所などに付設されているが、拘置所ごとに少しずつ設計は異なるようだ。また、執行に携わるという極限状態に置かれていたためだろう、執行に携わったことのある刑務官や教誨師らの記憶も、刑場内の細部に関しては随分とあやふやなことが多かった。
 それでも刑場の状況を確認しないわけにはいかない。執行の手順は? 絞首刑に使われるロープの太さは? ロープは滑車で吊り下げられているのか? 執行後の遺体はどうやって降ろすのか? 事細かに聴く私に、ある拘置所の元幹部がこう激高したこともある。
「そんなことまで微に入り細を穿{うが}ち聴いてどうするつもりだ! 興味本位で暴露しようとしてるなら、いますぐ帰ってくれ! 俺だってそんなに細かいことまでいちいち覚えていないっ!」
 思い出したくない記憶を必死で辿ろうとする人間にしてみれば、当然の怒りだったろう。私はただうなだれ、彼に詫びるしかなかった。だが、執行の状況を正確に記述するため、刑場の細部を把握するのは欠かせない作業だった。
 だから刑場を視察したことのある何人かの法相経験者らにも取材した。刑場の設計に携わったという法務省の元幹部や、何十年も前に刑場を取材したことがある新聞記者OBにも話を聴いた。しかし、彼らの証言はしばしば雑駁{ざつぱく}で、あるいは記憶が古過ぎた。
 結局、最近竣工したばかりの東京拘置所の刑場内を二度にわたって視察し、図面まで記録している野党議員らの話が最も正確で、最新のものだった。従って、原稿の記述も基本的にはそれに準拠し、元刑務官や教誨師の生々しい証言で補強した。
 ただ、それでも関係者の証言には微妙な差異がつきまとった。例えば刑場内に敷き詰められたカーペットの色だ。東京拘置所の刑場を視察した野党議員らは「藤色」だったと言うのだが、最近に同じ刑場を見た関係者は「もっと薄い色だったように思う」と振り返る。結局、連載原稿では「薄紫色」と記述することにした。





コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )


« 佐藤優のノン... 調味料 サラ... »
 
コメント
 
コメントはありません。
コメントを投稿する
ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません
 
名前
タイトル
URL
コメント
コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。