保阪正康
ノンフィクション100冊選考にあたり
奇妙なアンバランスを抱えたリスト
私にとって、ベスト・ノンフィクション(厳密に言えば非ノンフィクションもあるのだが)とは、記憶に残る作品という意味だ。一時期、明治・大正の作品を集中的に読んだことがあるが、記憶に残る作品はそれほど多くはなかった。確かに陸羯南(くがかつなん)、中江兆民、矢野龍渓、それに木下尚江、横山源之助などの著作もあげたかったが、私の関心事である昭和史のノンフィクションを中心にリストをつくってみた。
ここにあげた昭和史関連の著作は、その視点、構成、記述などでなんらかの形で記憶に残っている。たとえば森本忠夫の『特攻』などは、まるで著作自体が墓碑銘の如くである。堀栄三の『大本営参謀の情報戦記』は、大本営にもこういう参謀がいたのかと驚かされる内容だ。和田洋一(私の恩師だが)の『灰色のユーモア』は戦時下に特高警察の取り調べを受けたときのやりとりが何よりも面白い。私の考えでは、ただ一つでもいいから心に止まる何かがあれば、それがベストなのである。逆に言えば、いくつも心に残ったり、無数の教えを受けた著作はベストとはならない。なぜならそれは自分の骨肉の一部となっていて、傍観者然として論じることができないからだ(もっともそういう書は少ない)。
外国人作家の作品については、青年期に読んで忘れられない作品(『世界をゆるがした十日間』『カタロニア讃歌』など)と、こういうテーマをこのような手法で書きたいとの思いのある作品(『死よ驕るなかれ』『現代史(上・下)』)をあげた。トルーマン・カポーティの『冷血』なども印象に残っているが、あのような手法では書けないと思うので省いた。私はアメリカ文学に関心を持っているが、たとえばスタインベックが採りあげたテーマは日本的ノンフィクションになると考えている。
こうしてベスト100を並べてみると、私の関心は奇妙なアンバランスを抱えていることに気づく。あえて自己弁護風に言えば、だからジャーナリズムの世界で棲息できるのかもしれない。
保阪正康のノンフィクション100選:ベスト10
※コメントは選者ご本人によるものです
■ある昭和史―自分史の試み (中公文庫 M 24-2)
色川大吉
中公文庫/1978年
満州事変から太平洋戦争、〈戦争〉を挟んで自らの人生の歩みと心情を綴っているのだが、この書は自分史、時代回想記の範となる書だ。「この本のどこかに読者がいる。あなたがいる」との姿勢に共鳴を覚える
■宇宙からの帰還 (中公文庫)
立花隆
中公文庫/1985年
20世紀を代表するノンフィクション作品。日本からこのような作品が生まれたことを誇りとする。宇宙飛行士たちの宇宙体験は私たちの心底に眠る地球の生命体としての本能に気づかせてくれる
■あるおんな共産主義者の回想 (1982年)
福永操
れんが書房新社/1982年
思想に殉じるとはどういうことか。一途に思想に入りこんでいく女性の姿に、戦慄さえ覚えるが、理屈より直観を大切にしての思想運動は20世紀の反体制運動のある一面を代弁しているのではないか
■昭和史発掘〈1〉 (文春文庫)
■昭和史発掘〈2〉 (文春文庫)
■昭和史発掘〈3〉 (文春文庫)
■昭和史発掘 (4) [新装版] (文春文庫)
■昭和史発掘 (5) [新装版] (文春文庫)
■昭和史発掘 <新装版> 6 (文春文庫)
■昭和史発掘 (7) [新装版] (文春文庫)
■昭和史発掘 <新装版> 8 (文春文庫)
■昭和史発掘 <新装版> 9 (文春文庫)
(全9巻)
松本清張
文春文庫/2005年
二・二六事件に関するあらゆる資料を揃え、それをもとにこの事件の本質を浮かびあがらせる。著者は同時代人として、この事件の入り組んだ層を理解したうえで、独自の視点を打ちだしている。基本的文献である(新装版)
■旅人―ある物理学者の回想 (角川文庫ソフィア)
湯川秀樹
角川ソフィア文庫/1960年
科学者には感性が大切だということを教えてくれる。精緻な文体で、自らの半生をえがいているのだが、「私は孤独な散歩者だった」という表現が胸を打つ。常に読み返したくなる貴重な書でもある
■戦艦大和ノ最期 (講談社文芸文庫)
吉田満
講談社文芸文庫/1994年
日本の象徴ともいうべき戦艦「大和」は、昭和20年4月の沖縄特攻に出撃するが、その途次、アメリカ軍の猛攻撃を受けて沈没する。乗り合わせていた学徒兵が見た極限の人間模様とは何だったのか。重い告発だ
■灰色のユーモア―私の昭和史ノォト (1974年)
和田洋一
理論社/1974年
著者は、戦時下に治安維持法違反で逮捕された京都の大学教員。特高刑事の取り調べに困惑しながら答える著者の言は、まさにブラックユーモアである。治安維持法の不気味さがよくでている
■カタロニア讃歌 (ちくま学芸文庫)
ジョージ・オーウェル/橋口稔訳
ちくま学芸文庫/2002年
スペイン戦争に共和国政府側の義勇兵として参加したジャーナリストのドキュメントだが、その政府側にもさまざまな考えや対立があり、結果的に反政府のフランス軍に敗れる。その内部抗争も明かしている
■現代史〈上〉
■現代史〈下〉(上下)
ポール・ジョンソン/別宮貞徳訳
共同通信社/1992年
イギリスの歴史家であり、ジャーナリストでもある著者は、客観的、実証的に20世紀の全体図をえがいている。アインシュタインやフロイトから始まる20世紀の意味がよく説明されていてわかりやすい
■世界をゆるがした十日間〈上〉 (岩波文庫)
■世界をゆるがした十日間〈下〉 (岩波文庫)(上下)
ジョン・リード/原光雄訳
岩波文庫/1957年
ロシア革命を実際に目撃したアメリカ人ジャーナリストの歴史的ノンフィクション。レーニンを中心とする革命勢力がどのように権力をにぎっていくか、世界で初めての共産革命の内実がわかる
「和書その1」に続く 保阪正康
○ノンフィクション作家
Profile
ほさか まさやす
1939年生まれ。同志社大学卒。「昭和史を語り継ぐ会」主宰。2004年、一連の昭和史研究によって、菊池寛賞受賞。昭和史研究と並行して、医療問題の取材にも取り組んでいる。『大学医学部の危機』(講談社文庫)、『あの戦争は何だったのか 大人のための歴史教科書』(新潮新書)、『〈敗戦〉と日本人』(ちくま文庫)、『昭和陸軍の研究(上・下)』(朝日文庫)など著書多数
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「インターネットは使わない(ただし、必要なときは私の主宰する研究会のメンバーが調べてくれる)」
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