月刊パントマイムファン編集部電子支局

パントマイムのファンのためのメルマガ「月刊パントマイムファン」編集部の電子支局です。メルマガと連動した記事を掲載します。

『パントマイムの歴史を巡る旅』第5回(TOKYOマイムシティ代表・細川紘未さん(5))

2011-10-09 06:40:57 | スペシャルインタビュー
佐々木 並木先生の作品には、社会的な視線を感じる事が非常に多いですが、社会性を常に意識されていたのですか?
細川 意識していたと思います。
佐々木 何か時代的な背景があったのでしょうか。当時は、他のアーティストもそういうような作品を作っていたのですか?
細川 パントマイム表現としてはあまり作っていなかったと思います。やっぱりコミカルな作品の方が多かったのではないでしょうか。

佐々木 例えば、並木先生は、パントマイムで社会を変えようという考えを持っていたのでしょうか?何かのインタビューでおっしゃっていた気がするのですが…。
細川 社会を変えるというと大げさですが、生前のビデオでもおっしゃっていたように、社会に訴えたいものはお持ちだったと思います。並木先生は亀組の皆さん(「湘南亀組」)と出会って、障害のある方もない方も一緒にパントマイムをするという活動もしていました。並木先生は60年代の学生運動が盛んな頃にちょうど学生だったので、恐らく社会的な事についてもすごく考えていたと思います。

佐々木 亀組さんと並木先生のつながりは、いつ頃からですか?
細川 昨年30周年だから、1980年くらいから始まったらしいです。気球座が平塚養護学校で『動物の謝肉祭』を上演して、それをご覧になった平塚養護学校の先生たちが是非パントマイムをやりたいと言って、並木先生のお家が近所だったから月に1回活動するサークルとして始めたそうです。
佐々木 なるほど。
細川 最初は、「落花生」という名前のサークルとしての活動をしていて、パントマイム劇団「湘南亀組」として活動するようになったのは、先生がお亡くなりになる直前でした。落花生は、養護学校の生徒さんや健常者の方がメンバーで、その方たちが養護学校などでパントマイムの公演をするんです。その時に、気球座からもメンバーが行って共演していました。シスターもパントマイムを習い始めて間もない時から一緒にお稽古をしに行くようになりました。この活動をして何が分かったかというと、養護学校の方たちはボディが動かないのですが、ボディが動かなくても想いが強ければそれが伝わるんだ、パントマイムができるんだ、という事なんですよ。ボディの動きが重要ではない、動けば良いってわけじゃないという事に気づいて、私もびっくりしました。逆に、自由に動けるボディの方が不自由みたいな。動けないから、ボディを動かそうとした時の想いの強さの方がよっぽど伝わるんだよ、という事を教わりました。
佐々木 それは、大変重要な事ですね。

細川 その落花生さん、亀組さんとの繋がりもあって、社会的な視野があったと思います。彼らは世間的にはマイノリティで、ボディも思うようには動かないけれど、パントマイムができる。並木先生が枠に囚われない表現の可能性を知っていたから、東マ研の生徒さんも枠に捉われずに自由な発想で作品作りができたのだと思います(笑)。ボディが思うように動かなくても、パントマイムを好きで、パントマイムをやりたいと言ってくれただけで嬉しいものです。パントマイムをやりたいと思う人達との出会いがとっても嬉しかったと思います。それは私も同じで、パントマイムをやりたいと思って、インターネットで検索し、シスターを見つけてくれて、ワークショップに来てくださる受講生の方に出会える時はその奇跡に感動します。パントマイムを好きな人をみんな好き!そんな感じですよ。
佐々木 ええ。
細川 パントマイム表現はパーソナルなもので、オリジナリティにあふれるものだから、何でもありなんです!

佐々木 でも、しゃべるのだけは、NGなんですよね。
細川 そうですね。当時のパントマイムは、そういうものでしたよ。パントマイムといえば、しゃべらなかったのです。
佐々木 そうなのですか。
細川 私の知るかぎりではそうでしたよ。しゃべるようになったのは、ここ何年かだと思います。
  
佐々木 ところで、パントマイムウィークにつながる「ソロマイムギャラリー」はいつ頃からやっていたのでしょうか。
細川 「ソロマイムギャラリー」は、1982年が第1回目だったと思います。
佐々木 外部のアーティストを呼んで、公演をやっていたそうですね。
細川 そうですね。色々なところに所属するパントマイミストの方を呼んで、週変わりで4週くらいに渡って上演していました。その時に、あさぬま(ちずこ)さんや勅使河原三郎さん、松元ヒロさん、先生格ですと、清水きよしさんと元カンジヤママイムの服部宣子さんが参加していらっしゃいました。その流れで、「日本マイム協会」を作ったのだと思います。

佐々木 日本マイム協会はいつ頃に作ったのですか。
細川 1984年くらいだったと聞いています。そこの事務局長を並木先生がやっていて、会長は、及川(廣信)さんでした。
佐々木 及川さんってどんな方ですか。
細川 及川さんは、舞踏の方面で活躍している著名な方(編集部注:及川氏は、舞踏、マイムなどジャンルを越えて活動し、日本マイム研究所の設立にも関わり、ドゥクルーの普及に努めたそうです)で、今も積極的に活動されていると聞きます。
佐々木 日本マイム協会は、ヨネヤマママコさんもご参加されたそうですね。当時は、どんな活動をやっていたのですか。
細川 当時、私はただのパントマイムを習い立ての生徒でしたから、あまり詳しくは知らないのですが、「新人マイムコンクール」というものがあったのはよく覚えています。シスターもエントリーしました。
佐々木 なるほど。これは、今の活動につながってきますね。
細川 「新人マイムコンクール」は、新人と言っても、マイム歴が10年以内でしたから、みんなが参加してました(笑)。第3回くらいまで開催したと記憶してます。
一回目に(本多)愛也さんが奨励賞を獲得して。
佐々木 愛也さんが奨励賞ですか。
細川 愛也君が第1回の奨励賞でした。確か第2回か第3回では、シスターが奨励賞を獲得したと思います。
佐々木 何回目に受賞したのか覚えてないんですか?
細川  う~~ん、あまりにも前過ぎて。
佐々木 グランプリは、あったのですか?
細川 最優秀賞はありました。最優秀賞は、もっと先輩の方が獲得していました。この間、当時のそのビデオを発見しましたけど、それには結構色々な人が出ていて、すごく面白かったです。自分の作品は目を覆いましたけど。文化会館みたいな大きなホールで、大きなステージの上でぽつんとやっていました。みんなソロだから(笑)。
佐々木 日本マイム協会が、並木先生のパントマイムの活動の目標だったわけではないですか。
細川 たぶん、そういう事ではなかったっと思います。目標は、『創世記』や『黎明記』みたいな作品を創作していく事と、ご自身の公演、後進の育成だったと思います。けれども、マイム界が繋がっていく事や、アーティスト同士が刺激し合っていくことも業界の発展に向けて良い事だと思っていたと思います。
(つづく)

◆細川さんからの追記です。
 昨年ご好評いただきました、並木先生の生前の姿を見られる「MIME MINE 2011‐並木孝雄ビデオ上映会&小作品上演会‐」を今年も開催いたします。
●11月23日(水・祝)18時 会場:パフスペース 前売り¥1,500
http://www.hosokawahiromi.net/archives/51832969.html
ぜひ、この機会にご覧いただければ幸いです。
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アーティストリレー日記(9)たかくわみえさん

2011-10-09 06:34:06 | アーティストリレー日記
今号では、カラオケマイムなどの作品でお馴染みの期待の若手アーティスト、たかくわみえさんの日記をお届けします♪

みなさんこんにちは!
劇団汎マイム工房のたかくわみえです。
最近の活動について、、、はい。実は今(ここ1年くらいずっとですが)舞浜夢の国でてんてこまいです。
ご存知の方も多いかも知れませんが、最初はあの「神山一朗さん」がやっていたパフォーマンスです。
観てるだけだとめちゃくちゃ面白いけど、実際自分がやったらもう!!
舞台とも営業とも違う独特の環境。もちろんお客さんに観てもらうのが目的だけど、アピールしないシュールな感じ。
台本作っても追いつかないし、即興だけだと限界があり。
たかだか何年かやってきただけの自分の引き出しを引っ掻き回してもまだまだ足りず、生み出す、吐き出す、でも足りない。
、、、とまあ苦しみ楽しんでいる今日この頃です。
詳しく知りたい方は飲みましょう!!!

そして私、汎マイム工房10年目にして、今年度で退団することにしました。
最近良く「やめるの!?」と聞かれるのでこの場を借りてなんとなく退団について書きます。

私はプロフィールに「運命の師匠あらい汎と出会う」と書いているのですが、おおげさでなくそう思っています。
パントマイムの技術だけでなく、舞台の立ち方、作品の作り方をたたきこまれ、なんで表現活動をやるのか?という根本的なことをしっかり考えるようになりました。
最初の3、4年目くらいまでは、「あらいさんを納得させる」作品ばかりだったのが、ある時から「自分を納得させる」に変わり、そこから演出を受けるのが楽しくてたま

らなくなりました。
でもやっぱり所属している以上、あらいさん、工房にはすごくすごく頼っています。
辞める直接の理由はここでは書きませんが、辞めると決めてみたら、どれだけ工房、そしてあらいさんに精神的に頼っていたのか分かりました。
来年からは、一人になってきちんと興味のあることをマイムに限らず楽しんでやっていきたいな~と思っています。
皆様、あたたかく見守ってください!!

そんな中、わたくし、工房最後の公演です!
11月30日~12月4日
「ソロマイム・ギャラリー2011」
これがまたすんごいメンバーです!!!
Aプロ 藍義啓さん、KAMIYAMAさん、うちの劇団員五十嵐佑介
Bプロ うちの劇団員であり腐れ縁の大親友 石川紫織 大胆にもソロ公演!
Cプロ ヨネヤマママコさん! よ!師匠!あらい汎 そして私、高桑三枝
AとCは一人30分ずつのソロステージです。

くわしくは工房ホームページ(http://hanmime.com/)まで!!お得な通し券もありますよ~。(さくフェス風)

告知もさせてもらったし、長々とお付き合いありがとうございました。

、、、と思ったら、もうひとつテーマがあった!
最近はまっていること。

ずばり「パソコンの起動音」ですね。
皆さん、起動音と閉める時の音(なんて言うんですか?あれ)をイヤホンで聞いたことあります?
超アナログ人間の私はほとんどパソコン使わないのですが、も~それを聞きたいがためにイヤホンつけて起動させたり閉めたり。
初めてイヤホンで聞いた時はちょっと鳥肌が立ちました。
普通に聞いてたら分からなかったんですが、実はいろんな音が複雑に入ってて、いいですよね~。ほんとに世界とつながる感じ。

、、、音に飢えてるのかしら?私。

ではみなさん、ごきげんよう~~!

たかくわみえ
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