昔々のあるひととき、わたしと同じ職場で働いていた人物が、いまプロの占い師になっている。当時は四柱推命が趣味の変わり者程度に見ていたのだが、まさかプロになるとは思わなかった。もっとも彼自身はその当時からプロになることを視野において、生活のすべてを営んでいたと、今となっては思い当たる節が多々ある。なにしろ職場のパソコンやプリンタを使って占い本の原稿を作っていたのだから。当然ながら、しばらくして彼は職場を去っていった。去っていったのか、去らされたのか、いずれにせよ、それも彼の覚悟の範囲だったのだろう。
ところでここから一般論になるのだが、占い師としての資質とはなんだろうか。恐らく最も必要なことが強烈な思い込みだということは、容易に納得できる。もっともこれはあらゆることについて言えるのではないか。それでは占い師固有の資質とはなにか。宝捜し、金鉱掘り。山師根性。風水でも四柱推命でも奇門遁甲でもよいが、彼らはこれらの正しさをその歴史性に還元する。しかしそのどれもが今の今まで有効であることが明白にはなっていない。この事実こそがあらゆる占いのナンセンスであることを証明しているではないか。
ところでここから一般論になるのだが、占い師としての資質とはなんだろうか。恐らく最も必要なことが強烈な思い込みだということは、容易に納得できる。もっともこれはあらゆることについて言えるのではないか。それでは占い師固有の資質とはなにか。宝捜し、金鉱掘り。山師根性。風水でも四柱推命でも奇門遁甲でもよいが、彼らはこれらの正しさをその歴史性に還元する。しかしそのどれもが今の今まで有効であることが明白にはなっていない。この事実こそがあらゆる占いのナンセンスであることを証明しているではないか。