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G.G.の徒然山遊録

岐阜各務原市周辺の低山の山行記録、折々の雑感、書評などの雑文を記し、山に関する情報を提供します。

継鹿尾山(273m)→「せせらぎ遊歩道」周回 ~賑やかな縦走路からムーディな「せせらぎ遊歩道」へ~

2016-01-29 | 山行

1月28日(木)、晴れ、暖か(12℃位)、無風で穏やか
参加者:単独
歩行距離:約13 km
所要時間:約5:50
歩行コース:GPSのトラック:
犬山遊園駅→寂光院→継鹿尾山→西山休憩舎→(せせらぎ遊歩道分岐)→桃太郎神社→犬山遊園駅


 

標高図:
GPSの標高図
林道出合から太平山分岐点までが多少急登(約20°)と言えるが、それ以外は緩やかである。

 
(クリックすると拡大) 

山行リポート:
1月24日に予定していた百々ヶ峰山行が降雪の恐れありと言う事で中止になったので、
その穴埋めの単独山行である。
犬山遊園駅から歩き、寂光院参道脇の東海自然歩道が山行のスタートである。

 
 社務所の傍にある千手観音にお参りし、本堂への階段を登り始める。参道の両側には数多くの信者寄進の「夫婦地蔵」さんが安置されている。冬とあって、男性は色とりどりの毛糸の帽子を被っていて、信者の優しさが伝わってくる。

 
 身体が温まる頃、本堂に到着する。一組のハイカーがいるだけで、境内は静かである。今日の安全と健康を祈願した後、拝殿左側に安置されている“お賓頭盧”さまの頭を撫ぜて、もー遅いかもしれないが頭脳が良くなるようお願いする。

 
本堂右脇から登山道に入る。20分程で継鹿尾山の展望台に到着、眼下に木曽川のS字状の流れを望む大観が広がり気持ちがいい。

ここから3回程、長い階段道を林道出会いまで下る。林道を横切り、太平山分岐までが本日、一番の急登(20°)であり少し汗をかく。進んで行くと、23日に降った雪がその後の寒波で、未だ路肩に残っていて、暖冬とは言え、やはり冬であるのを実感する。

 西山休憩舎に到着、昼食にする。朝、寂光院で出会った江南から来た二人組の男性ハイカーと再開し、暫しGPS談義をする。
2人が去った後、誰もいないので、何時も持参の三脚で記念(証拠)写真をと思ったが面倒なので、身代わりに愛用のザックを撮影して済ませた。

 
休憩舎を後に10分程、往路を戻ると、「せせらぎ遊歩道」分岐点に来る。
貧弱な看板がこのルートがマイナーであることを物語っているようだ。

 因みに、縦走路では10人位のハイカーと擦れ違ったが、「せせらぎ遊歩道」で桃太郎神社へ行くまでの1時間程は誰とも出会うことはなかった。
 道は沢沿いの朴の葉の散り落ちた杉林の中を下って行く。木漏れ日の光と影が、レンブラントの絵を思い出せるような、いい雰囲気を醸し出している。

 
 始めのうちは涸沢であったが、途中からは水量も次第に増して、沢らしくなってくる。一人で林の中を、沢の囁きを聞きながら下ってゆくのは本当に気持ちが和み、沢が何かを語りかけてくるようにさえ感ずる。
 10回位?であろうか、渡渉を繰り返し堰堤まで来ると遊歩道も終わりに近い。

 直に、落差のある、気味悪い洞窟や、真っ青な水を湛えた深い亀裂などが路傍に現れる。誤って落ちれば
大事故になりそうで転落防止用のロープが張られていた。
何の看板も無いので名称、由来等も分からないが気になる風景ではある。

 「栗栖遊歩道 桃太郎公園口」の看板の所に来て、「せせらぎ遊歩道」はお終いとなる。
そこから左に行くと桃太郎公園である。昔懐かしい桃太郎の像が両手を上げて歓迎してくれる。
お婆さんの像もあったが昔からあったのか記憶が定かではない。

  桃太郎公園からはノルディック ウォーキング1時間ほどで犬山遊園駅へもどる。

雑感:
■「せせらぎ遊歩道」は沢沿いの、脚に優しい林間コースである。沢の囁きが何かを語り掛けて来るような
ムードがあり、遊歩道と呼ぶのに相応しいコースである。
道は余り手を加えず、程よく荒れており、その分自然が良く保たれているのも魅力のひとつである。
好みにもよろうが、この雰囲気の良さは鳩吹山塊でも屈指であろうと思う。
 なお、渡渉回数が多いので、雨後は避けるのが賢明であろう。
■「せせらぎ遊歩道」の終点が桃太郎公園という童話の世界であるのも昔を思い起こし一興である。
■本コースは距離:13kmで長丁場であるが、危険な個所はなく、のんびりと周回でき、シニアにお勧めである。
■普段はグループ山行が多いが、久し振りに今回のような単独山行をして思ったのは、グループ山行と
単独山行とでは味わいが大分、異なると言うことである。 

 

 

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徒然草とブログ~ブログの勧め~

2016-01-23 | エッセイ

■徒然草の名言より:
おぼしき事いはぬは腹ふくるるわざなれば、筆にまかせつつ・・・”(徒然草、第19段)。
現代語訳すれば“思ったことを言わずにいると腹が張ったような気分になるので、
筆にまかせて・・・”と言うことで書いたのが徒然草である。
   ここで良くわからないのが“腹ふくるるわざ”の部分である。“腹が膨れる“と言えば、原因は”“食べ過ぎ”か
“消化不良”のような生理現象を連想してしまう。ここで言わんとしていることは“生理現象”でなく
心理的現象”で、今風に言えば“胸に何かつかえる”“気持ちがスッキリしない”“気持ちの整理がつかない”
”モヤモヤしている”と言うことになろうか。
   そう解釈すると、兼好法師の言わんとすることが腑に落ちる。
日頃、思っていること考えていること感じていること人に伝えたいことなどを何時迄も自分の頭の中に
仕舞っておくと、頭の中はモヤモヤして、重苦しい気分になってくるので、気分をリセットしたくなる。
■気分のリセット手段:
   気分をリセットするには、頭のなかに仕舞ってある事を“人に話す”“手紙やメールで人に伝達する”
日記やパソコン(PCなどに書き出す”などの手段で外部へ伝達すれば良い。
然し、伝達するのに適当な知人・友人がいない時は困る。又、日記やPCなどは無機質で、反応がなく、
孤独感が強く、自己満足に留まり、その分、リセット力が弱い。
   幸い、現在は“ブログ”“SNS(ツイター、フェイスブック)”などの情報伝達手段があり、無料で、老若男女
誰でも、自己の情報を容易に(多少テクニックが必要であるが)、素早く、不特定多数の人に向けて
発信することができる。
伝達する相手は一人よりも不特定多数の方がリセット力は大きいと考える。
何故ならば、相手からの返事を期待しているわけでなく、Webを炎上でもさせないかぎり、多数の人が当方の
思い、考え、言いたい事などを少なくとも読んでくれるからである。
■ブログの勧め:
 次に“ブログ”と“SNS”のどちらが、リセット力が強いか比べてみよう。
ブログ”は長文が書け、プロバイダーが倒産しないかぎり何年でも保存され、検索が可能であり、情報の
受け皿のツールとしては申し分なく、リセット力も強い。
  一方、“SNS”では短文しか書けず、直に消滅してしまい記録が残らず、従って検索もできず、
情報の受け皿としては貧弱で、その分、リセット力も弱い。
 という訳で、今でも“ブログ”は優れた情報発信ツールであり、長期保存され、精神衛生にも良く
更に、知的活動である為、痴呆症の予防にもなるので、大いに有効活用することをお勧めしたい。
■あとがき:
 こんな戯れ言でも真面目な顔をして書いていると、徒然草の序段に書かれている感慨が思い出され、
我ながら可笑しくなってくる。 

“つれづれなるままに、日くらし、硯(現代なら差し詰め、PC?)にむかひて、心に移りゆくよしなし事を、
そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。”(徒然草、序段)

 大寒のこの時期、「冬ソナ ストリート」のメタセコイア並木が、すっかり葉を落とし、じっと寒さに耐え、
来るべき春を待っている。私達も来るべき時に備えて、エネルギーを貯えておきたいものです。

 

 

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蘇原権現山(317m)と芥見権現山(317m)周回 ~ダブル権現山周回はタフなコース~

2016-01-17 | 山行

1月16日(土)、快晴、小春日和
参加者:G.G.他9名
歩行距離:約9.9 km
所要時間:約5:00(昼食35分を含む)
歩行コース:GPSのトラック:
伊吹の滝→蘇原権現山→北山→芥見権現山→(旧道)→東登山口→伊吹の滝
 標高図:GPSの標高図:
北山からの下りは30~40°の急斜面であるが掴まる木があり左程、危険でないものの、スリップし易く
注意が必要。
 
(クリックすると拡大する)

山行リポート:
山名も同じ“権現山”、標高も同じ317mまさにダブル権現と呼ぶに相応しい山行である。
“伊吹の滝”から登り始める。途中の展望台で一服する。途中、左手脇の東側が開け所の木立に
鐘がぶら下がっていて、叩くと良い音が鳴り響く。何のためかしら?
 分岐点からは多度神社が祀られている権現山頂上を目指して一直線の階段が続き、ハードである。
頂上からは360°の大展望で気持ちがいい。名古屋の高層ビル群のスカイラインもよく分かる。
記念撮影する時、標識板を手に持っているのが面白い。
 北には能郷白山、小津三山などがハッキリと見える。近くの瓢ヶ岳、高賀山方面の積雪は皆無で、今年の異常な温暖を伺わせる。
 権現山を後に北山へ向かう。谷を隔てた対面には、芥見権現山のバリエーションコースになっている
荒々しい岸壁が望まれる。私も数年前に登ったことを思い出し懐かしい。
 北山からの下りは標高差約100m、30~40°の急斜面であり、掴まる木があるもののスリップし易
く要注意である。ここが今日、一番の難所で、降りた所が老洞峠である。
 今度は登り返して、芥見権現山へ向かう。頂上には数人の先客がいて食事中であった。昼には早いが先には
昼食場所がないので、ここで昼休みにする。 以前に比べるとベンチは増設されていたが、東屋そのものは
昔の儘で今にも倒れそうに見える。嵐でも来たら最後かも知れないが、長年、多くのハイカーを迎えた来たので愛おしい。
 35分程昼休みしてから、雑木林の中を西に向かって桐谷坂方向に進み、関江南線の旧道に降り立つ。
ここから一般道で山裾を周り、蘇原権現山の東登山口を経由して分岐点へ登り返す。
途中に、御嶽山のビューポイントがあり往路では雲でハッキリしなかった御嶽山がハッキリと姿をみせてくれた。
                       (28mmレンズのため写真ではよく分からない)
“権現山の一つ岩”と看板が建った岩の傍に差し掛かる。特に謂れもないようである。ここまでは可成りの
急登で、
疲労度が大きくなり一息入れる。急登もここで終了である。

少し、進むと道端に、小さなツツジが季節外れの花を可憐に咲かせていた。暫し、疲労を忘れ、癒される。 更に進むと“権現山の二ノ岩”と看板の建った大岩に行き着く。危険を顧みず、ピークの天辺に立つのが
趣味のメンバーのひとりが、やっぱり、よじ登りポーズを決めていた。お山の大将になった気分かな?
  雑感:
■何回も訪れているコースなので特別の感慨、発見はなかったが、寒の真っ最中にも関わらず快晴、
小春日和の下、気持ちの良い山行ができ、心身ともに大いにリフレッシュした。
■意外とタフなコースである。距離は約10kmであるが、3つのピーク(蘇原権現山、芥見権現山、
東登山口からのアップダウン)を走破すので可成りのエネルギーを消耗した。
■途中で一旦、下山し一般道を歩き東登山口から再び山に登るので間延びした感が無きにしもあらず。

 

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私が山に登るわけ

2016-01-14 | エッセイ

   後期高齢者で、登山にハマっているような老人は世間一般では多くないと思います。
そこて、最近、何故に山に惹かれ、山に登っているのか自問自答し、著名な登山家の言葉を手掛りにして、
自分なりの回答を探してみました。

   著名な登山家の言葉で私が知っているのは次の二つだけです。
1.「山がそこにあるから」(George Mallory、英国の登山家、エベレストで遭難死)
2.「百の頂に百のよろこびあり」(深田 久弥、日本百名山の著者) 

    でも、これら言葉は禅問答的であったり、抽象的だったりして、「何故山に登るのか」に対する具体的な回答ではありません。
回答は“年齢”、“性別”、“体力”、“登山歴”、“プロかアマか”などにより千差万別であろうと想像されます。
   後期高齢者である私の場合、回答は次のKに集約できます。 

1K.健康に良い:ゆったりした有酸素運動で高齢者にもぴったりのエクササイズです。85才までの
       現役ハイカーを目指して頑張ります。
2K.気持ち良い:草花を愛で、小鳥の囀りを聞きながら新緑・紅葉の林の中を歩き、景色を眺めるのは
     気分の良いものです。
3K.感動がある:大自然の造形の妙(絶景、膨大なマッスetc.)、宇宙の営み(ご来光、夜空の星空の悠久、
  神秘的な広大無辺さetc.)を前にする時、人智を超えた何物かの存在に心打たれる。
4K.危険と背中合わせ:山行は非日常のアクティビティで何時、事故(転倒、滑落、などによる怪我、急病、
       スズメバチの襲撃、ルートミス、不測の死etc.)に遭遇するか分かりません。このような危険と
     背中合わせで、冒険的要素が大きいのも登山の魅力(魔力?)です。冒険心は男性のDNAだと思います。 

 登山愛好者の方は一度立ち止まり、登山の意味・意義を見つめ直し、気持ちをリセットして今後の登山に
取組むのは意義あることと思います。是非とも、同好者のご意見を伺いたく思っています。
    散歩の途中、寒風の中、夏みかんが元気よく鈴生りに実っていました。夏みかんに負けず、今週末も近くの山へ出掛ける予定です。

 

 

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南宮山(419m)と朝倉山(257m)周回~マニアックなコースでルートファインディング力が試される~

2016-01-12 | 山行

2016年1月10日(日)、薄曇り、暖か(12℃位)、無風で穏やか
参加者:G.G.他9名
歩行距離:約8.5 km
所要時間:約4:50(ルートミスのロスタイム:30分を含む)
歩行コース:GPSのトラック:
南宮大社→毛利陣所跡→南宮山→(分岐点)→朝倉山→真禅院→南宮大社へと周回した。
分岐点と朝倉山の中間点でルートミスをし、池に向かって降下し、途中から登り返しているのが分かる。

 
標高図:GPSの標高図
朝倉山から真禅院への傾斜が部分的ではあるが-30°もあり落ち葉で滑りやすく、滑落しないよう要注意であった以外は特段の難路はない。

 
(クリックすると拡大する)

山行リポート:
先ず、大社の神殿にお参りをし、本年の健康・長寿と家内安全、及び本日の山行の安全を祈願する。本日は3連休とあって、初詣客が大勢押しかけ屋台店も沢山並びお祭りのような華やかな雰囲気であった。

 
 お参りを済ませ、左側の門から境内の外へ出て西方へ進み、南宮稲荷の無数にある赤い鳥居の中を進む。

 
 鳥居を潜り抜けて、左折して、橋を渡ると直ぐに登山道が始まる。未だ、朝の気配が残り清々しい気が満ちている。

 
 看板はないので、見過ごし易いが、標高299m地点の右奥に「中山一つ松」の石碑がひっそり建っている。今は残ってないが、嘗て、ここに短歌の歌枕として読まれる「中山一つ松」があったそうである。新古今集の「おもいいずや みののお山の ひとつまつ 契りしことは いつも忘れず」(伊勢)と記されている。写真がピンボケで申し訳ない。

 間もなく関ヶ原合戦の「毛利陣所跡」の展望台に到着する。
 但し、陣所跡と言っても、ご承知の通り、毛利軍(大将は毛利秀元、19才)は、ここで日和見をしており、実戦には参戦していません。

 生憎の曇天で伊勢湾までは眺望できなかったが、濃尾平野の大観が楽しめた。何回も訪れている所であるが、暫し、壮大な気分に浸る。

 15分程眺望を楽しんだ後、南宮山へ向かう。大きなアップダウンがあるが難路ではない。25分程で南宮山に到着し、余り広くない頂上広場で昼食とする。間もなく、展望台で一緒だった、「東海自然歩道を愛する会」のメンバーが到着するも、場所がなく展望台へ引き返す。その会の最長老は御年、85才だそうで、これは我々の大いなる励みになる!
  記念撮影をして出発する。三角点の杭が写っているのが珍しい。

   ここから先は一般のハイカーが行かないマニアックなルートになる。尾根芯を外さないようルートファインディングしながら、朝倉山尾根の分岐点に進む。分岐点にはテープが沢山巻かれていて、見落とす事はない。
分岐点を過ぎ、下り始めのうちは、踏み跡ははっきりしているが、段々に怪しくなってくる。
  尾根芯を外さないよう注意して歩いていた積りだが、いつの間にか下に水面が見え、ルートミスに気付く。GPSで確認すると直進すべき尾根ではなく右側に派生した尾根を下っていたことが分かり、登り返して正規のルートに戻る。この間のロスタイム:30分
[ルートミスの原因]
   GPSのトラックからルートミスの分析ができる。ミスを起こした地点で尾根が2つに分かれているが、自然と右側の尾根へ進入するような地形になっていたため、誤って右側尾根へと進入したものと推論できる。又の機会に検証してみたい。
   なお、2012年12月に同じルートを歩いたことがあるが、その時も今回よりは分岐点に近い所で尾根芯を右に外しルートミスを犯している。このコースはどうも鬼門のようである。
   朝倉山への降下、登り返し付近では踏み跡は明瞭になり、迷うことはない。

   登り返しの途中、ニシキヘビのような大蛇が巻き付いたよな珍しい木をメンバーが発見した。

   朝倉山山頂は広々したテーブル状でどこが頂上かは分からない。頂上から真禅院へ下る踏跡も見当たらない。GPSにアップロードしてあるウエイポイント“真禅院“を目標にして、GPSを頼りに降下して行くと侘びしい祠と石像がある所に至る。


   ここからはからの道が通じ、下って行くと予定通りに真禅院脇に降り立った。
   真禅院に立ち寄り、本日2回目の初詣をする。


   国の重文である、本堂にお参りする。同じく重文である三重塔を見学しその前で記念撮影する。未だ、2時頃であるが、太陽光が弱く夕方のようで写真もボンヤリしている。
  ふと、観光旅行の記念撮影のように見えなくもないと思ったのは筆者ひとりであろうか。


 真禅院を後にして、ノンビリと道端の蝋梅や、モチの実などを愛でながら、無事、南宮大社の駐車場へと帰着した。

雑感:
■本コースは里山であるが、南宮山から先は、標識は一切なく、又、踏跡も定かでない。この意味で、登山本来のワイルドさが体験できる、手頃な面白いコースである。但し、GPS必携で、初心者向けのコースでなく、行くならば経験者の同行が必要と思う。
■朝倉山からの下りは急傾斜で落ち葉が積り大変に滑りやすい。積雪があれば尚更である。従って、今回と逆方向にコースを取ると、登りに相当なエネルギーを消耗することになるので避けた方が賢明であろう。

 

 

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