小野有人『新時代の中小企業金融』東洋経済, 2007
中小企業金融を論じるとき、まずその特殊性が問題になる。それから次に問題になるのはそこにどのような変化が見られるか。著者はそのいずれの問題にも逃げずに正面から答えている。著者の手法は理論的な学説サーベイと実証研究。大変手堅い。ここは脱帽するのみ。早速勉強しよう。(大垣尚司「金融と法 企業ファイナンス」入門」有斐閣2010年を並べて読む。大垣さんの本は、法律を学んでいる人向けのファイナンス入門書であろうか。法学者の本が大部であることに辟易する。)
中小企業の外部資金調達の困難の説き方
中小企業の外部資金調達の困難についてはつぎのように説明されている。
事業が財務状況の情報開示が進んでいない中小企業では、情報の非対称性が著しくなる。p.33-35
この情報の非対称性を著者は、借り手の質(債務履行能力)に関する事前の意味の情報の非対称性(hidden information)と、貸出実行後の事後的な借り手の行動に関する情報の非対称性(hidden action)とに区分している。
→ 情報の非対称性(みずほ証券の説明)
→ 逆選択(みずほ証券の説明)
そして前者からはリスクの高い借り手だけが市場に残る逆選択が、後者からは借り手がリスクの高い事業を行ったり返済を優先しないモラルハザードが起こるとしている。
企業金融における情報の非対称性問題とモラルハザードの問題は、このように整理されると大変分かりやすい。借り手の質と借り手の事後の行動。時々私たちは、ここを曖昧に議論している。借り手の質からモラルハザードにつなげて議論している。しかし実際にはこうして区別するべきなのだろう。
情報の非対称性
hidden information 借り手の質 | 逆選択 |
hidden action 事後の借り手の行動 | モラルハザード |
p.33-35
このほか契約の不完備性が大きい。→不完備契約(みずほ証券の説明)。
また情報の非対称性や契約の不完備性を軽減するための情報生産コストには規模の経済が働くため、情報コストが割高になる。p.35-36
これらの理由から中小企業では(あるいは企業の成長の初期段階では)外部資金調達に困難があるとする。
→ 信用保証協会の保証付き貸出 このような困難があるのでそれを軽減する方法として信用保証協会の保証があると理解される。通常、金融機関は中小企業向け融資では担保に加えてこの信用保証協会の保証を要求する。他方で、金融機関は自らの審査を丁寧に行うことよりこの保証に依存しているとの批判もある。迅速に融資を行うことが重要という議論との兼ね合いもあり、実態は優良な貸出先を金融機関が奪い合っている問題(=オーバーバンキング)もある。
→ ビジネスセレクトローン(三井住友銀行) 銀行はそれでは収益が確保できないので、無担保・無保証で迅速に貸し出すローンを強化しようとする。当然、金融機関の側は自前の審査を丁寧に行う必要が高くなる。この審査コストをどう下げるかが問題になる。こちらのローンでは貸出競争に陥ることなく、リスクに見合った金利を要求できる、とされる。
→ さまざまな認定・認証などの第三者評価を利用して企業を選択する手法は、こうした審査コストの軽減方法として注目される。 認定企業サポートローン(三井住友銀行)
リレーションシップ型貸出かトランザクション型貸出か
そして新たな変化としてリレーションシップ型貸出に加えて、トランザクション型貸出の登場を指摘している。しかし著者は単純にトランザクション型貸出への移行を主張するのではなく、リレーションシップ貸出の再構築を主張している。
この整理もクリア(明晰)である。
貸出の2つの理念型 p.43,48
リレーションシップ型貸出 | 継続的関係のなかでの採算定量化が困難なソフト情報重視 経営者の資質 従業員のモラル | |
トランザクション型貸出 | 一時点、個々の取引の採算性 | 財務情報など広く共有可能ハード情報 |
リレーションシップ型貸出の問題点 p.46-47
名称 | 内容 | 問題点 |
ホールドアップ問題 | 借り手の私的情報の排他的入手により取引条件で独占力を行使:リレーション構築のレントの側面 | 情報生産インセンテブの低下 |
ソフトな予算制約 | 事後的な契約条件変更でリスク平滑化 | 借り手の経営規律に緩み |
中小企業専門金融機関に対する員外取引規制
信用組合など協同組織金融機関 預貯金・貸出の双方について組合員以外との取引を一定比率以下に抑えねばならない。信用組合と労働金庫:20%,農協:15%
信用金庫については預金の受け入れに制限はないが、貸出について員外取引は20%以内とされている。(大垣pp.290-291)
ここで、2005年(平成17年)の中小企業白書での問題整理を対比してみよう。これによると銀行融資の手法は、長期継続的取引に基づく定性情報をベースにしたリレーションシップバンキングと財務情報など定量情報をベースにして個々の取引の採算性を重視するトランザクションバンキングに大別される。
そして後者の形態として、クレジットスコアリング型融資(クイックローン)とアセットベーストレンディング(ABL 不動産担保融資以外の資産担保融資)とを挙げている。なお白書は、財務諸表中心の日本型クレジットスコアリングから経営者本人の資産とか、経営者個人の情報(ソフト情報といってよいだろうか)を重視するアメリカ型のクレジットスコアリングへの展開を示唆していた。
リレーションシップバンキング | 長期継続的な取引に基づく定性情報を重視した融資手法 |
トランザクションバンキング | 財務諸表等の定量情報に基づき一時点かつ個々の取引の採算性を重視した融資手法 |
リレーションシップバンキング(みずほ証券の説明)
トランザクションバンキング(みずほ証券の説明)
シンジケートローン拡大の指摘(1)
ところでこのトランザクション型貸出の一つにシンジケートローンがある。
アレンジャー(主幹事)がシンジケート団を組成し、約定条件を設定することはわかっているのだが、アレンジャーはエージェント(参加金融機関の代理人 元利払事務 契約条件の履行管理など)を兼務することが多いとされている。p.142-143
僕らはエージェントの説明をはしょりがち。ここはエージェントの機能を僕たちは軽視していたのかもしれない。
シンジケートローン(三菱UFJ銀行の説明)
シンジケートローン(みずほ銀行の説明)
シンジケートはアレンジャーが引受けリスクをとるアンダーライト方式と、引受けリスクをとらないベストエフォート方式とがあり、わが国ではベストエフォート方式が中心であったが、最近はアンダーライト方式が増えてきた。参加金融機関は、借入企業の既存取引金融機関のみで組成されるクラブ型と、既存取引金融機関以外の参加を広く募るジェネラル型に分けられ、わが国ではクラブ型が中心で始まり、近年、ジェネラル型が増えているといった記述p.142-143は丁寧で親切だ。
シンジケートローン拡大の要因としては、金融機関、企業の双方に取引相手分散によるリスク軽減のインセンチブが指摘されている。財務効率性やコストを重視する大企業の場合は、コミライン活用によるバランスシートスリム化が大きな要因になるが、キャッシュフローに乏しい中小企業の場合は、資金調達の機動性・柔軟性(資金の保険目的)が大きな要因になっているとされている。p.147-158
なおシンジケートローンが保険にならないこと(企業からみると融資を切られやすいこと 継続性に不安があること)も話題になっている。
「金融機関はリスクアセットの圧縮を図る場合、まず融資先とのリレーションの薄いシ・ローンから手をつける」また「シ・ローンにしてコベナンツを設定したがために、これにヒットするとなんらかのアクションをとらざるをえない」そこで「シンジケートローンを借りている企業は戦々恐々としている」『金融財政事情』2009年1月26日号, p.55 ただし「概して地域内金融機関の対応は情緒的で、他地域の金融機関の対応は杓子定規。意見の集約は容易ではなく、結局はアレンジャーである地元のメイン地銀がかぶることが往々にしてある」『金融財政事情』2009年3月2日号, p.22
シ・ローンと金商法規制回避の側面 大垣さんは社債との対比でこの面を指摘された。社債は取締役会での決議が必要。そのほか金融商品取引法上の様々な義務や責任を伴う。ローンの形式をとることでこうした規制を回避・軽減できる。大垣p.381
シンジケートローン(2)
シンジケートローンは国内金融の世界では、1999年に特定融資枠に関する法律が施行されて普及が進んだと思われるが、1970年代の国際金融の世界では、むしろドル建てのシンジケートローンが、欧米金融集団、とくに米国の商業銀行の独壇場として先行していたと倉都康行氏は述べている(以下の記述は倉都康行『投資銀行バブルの終焉』2008, 19-26)。
背景には1960年代にロンドンにユーロドル市場が形成発展したことがあった。
1970年代から80年代にかけて、ローンより流動性が高い債券の市場が急拡大した。企業にとっては資金コストが低くなるし、資金の出し手が商業銀行から機関投資家から個人まで広がった。最初は短期間で金利を見直すシンジケートローンの変形といえる変動利付債であったが、1980年代に入り、ドル金利スワップ市場が発達し、また悪性インフレが収束してドル金利が低下すると、固定利付債が投資家に好まれるようになった。
並行して国際金融はプレイヤー、商業銀行から、債券販売に長けた投資銀行に変化したとしている。
国際金融の世界では、商業銀行にふさわしい投資先としてシンジケートローンの市場形成が先行し、そこから債券発行にシフトしていったとするこの倉都康行氏の捉えかたは興味深い。
この倉都氏の指摘を、通史的研究(西川純子・松井和夫『アメリカ金融史』1989,266-274, 306-321)で確認すると、西川・松井(1989)は、1950年代から1960年代にかけて、アメリカで金融が引き締められたときに、ユーロダラーの市場としてロンドンが発展したとして、やはりシンジケートローンの発展に触れている。また1963年のケネディ大統領による利子平衡税により、ニューヨーク市場での外国人による起債が実質的に不可能になり、1965年にはジョンソン大統領により対外直接投資、対外投融資の自主規制が導入されたことも、アメリカ企業による海外での起債意欲を高めたと指摘している。その過程で、米企業が取り入れる資金の内容は、中期のユーロ資金から長期のユーロ債市場に変化。1970年代から80年代にかけてアメリカの大手商業銀行は海外では投資銀行業務をフル展開するようになったと指摘している。
コベナンツ(財務制限条項)について
なおシンジケート・ローンの普及とともにコベナンツあるいはコヴナンツとよばれる条項が重要性を増してきた。もともと社債の世界では、優良社債は無担保ということもあり、コベナンツ条項は債権者の保護(債権の保全)に重要な役割を果たしていた。
債務契約において債務者が守るべき約束の取り決め全体をindentureといい、その中の個々の項目をcovenantと呼んでいる。言い換えると、covenantsは債務契約における項目(特約事項)のこと。
しばしば財務制限条項とか財務上の特約と呼ばれることがあるが、後述するようにcovenantsは、情報開示義務の項目を含め債務契約上の項目を指していると解釈する必要がある。これらの条項の規定に違背する事態になると、期限前償還=期限の利益の喪失あるいは融資条件の変更、などが求められる。コベナンツは、以下のような財務制限条項に焦点が当たることが多いが、それらの数値を監視できないと意味がないので、これらの数値についての情報開示や報告義務を含めて、コべナンツだとするべきだろう。
後述するように、社債の代わりにシンジケートローンが利用されるようになると、コベナンツはこうしたシ・ローンの契約に入ることで、重要性を増している。
センサー機能 | 純資産維持条項、利益維持条項、配当制限条項、自己資本比率維持条項、追加債務負担制限条項など |
劣後性回避機能 | 担保提供制限条項(ネガティブ・プレッジ条項)、担保切替条項 |
その外の企業活動制限 | セールアンドリースバック制限条項 、主要会社・子会社の処分を制限する条項、子会社株式譲渡制限条項、合併制限条項など |
徳島勝幸「現代社債投資の実務 新版」2004,pp.102-103,107.
なおコベナンツのうち、出資者の出資比率の変更を問題にする条項はCoC(change of control)条項という。
コベナンツの普及の背景として、対象事業のキャッシュフローベースが普及し与信管理が、重要になってきたことが指摘されている。つぎのようなコベナンツを定型的融資契約書に組み込むことが提案されている。(1)事業CFの入出金集中義務。(2)融資対象事業の継続義務。(3)融資対象事業に関する法令順守など。(4)事業計画・実績報告義務。(5)業績が順調でない場合の報告義務。(入道正久「コベナンツ類型化の有用性」『金融財政事情』2010年6月28日, pp.34-37)
シンジケートローンについては、市場型間接金融という位置付けとの関係も整理する必要がある。これは市場的に条件が決定される。参加者がある程度オープンである。などと特徴をみたもの。しかしそうであるからこそ、コブナンツが必要になったと、大垣さんは説明する。
大垣さんはコヴナンツについて、報告・開示義務条項も含めてコべナンツ条項とされ、コヴナンツを広く責任財産の維持と監視の条項とされている。
参照
新銀行東京の経営破たん
金融審議会金融分科会第二部会答申 リレーションシップバンキングの機能強化について 2003年3月27日
金融庁 リレーションシップバンキングの機能強化に関するアクションプログラム 2003年3月28日