Entrance for Studies in Finance

リスク管理としての財務管理risk management

成城大学コミュニティカレッジ講義録 (2009年7月11日)

 本講義の冒頭に述べたように、企業がカネを借りなくなった時代における企業財務(企業金融)の役割はどこにあるのでしょうか。わたしは広い意味でのリスク管理にあるのではないかと考えるようになっています。金融商品の中にリスク管理に資する商品が沢山登場してきたことが背景にあります。もちろん、投資・企業買収など経営戦略がさらにもっと大きな意味でリスク管理になるという大局観も必要です。以下はその考え方の粗筋です。 

リスクには2つのタイプがあります
 一つは、保有資産の時価評価を中心の問題とするものです。これは金融機関のポートフォリオの管理でよく議論される視点ですが、事業会社の場合も保有資産の評価は重要ですね。そこでもっともよくつかわれるリスク管理の指標はVaR value at riskと呼ばれるもの。VaRは「ポジション手仕舞いまでに[一定期間に]被る資産減価の最大値」と定義されます。
 これに対して、もう一つは、事業会社でよく指摘される視点ですが、cash flowのを問題するものです。そこではEaR earning at risk所得がどれだけ変動するか、収益の変動の幅が解くべき課題となる。EaRは事業継続を前提に一定期間に被る最大損失額と定義されます。
 (参照 久米晋輔「金融機関における統合的リスク管理の枠組みを問う」『金融財政事情』09年01月05日号,pp.40-45, esp.42-44)。
 
リスクの範囲が拡大している
 つぎにこのような資産価値や、キャッシュフローに影響を与える要因を見てましょう。金融機関の場合は、信用リスクcredit riskが基本で、そのつぎに市場リスクmarket riskといって金利、為替などが市場で変動することから生ずるリスク。さらに最近はオペレーショナルリスクoperational riskが問題になります。
 事業会社の場合は、市場環境の変化に、生産・流通・資金調達をいかに適合させてゆくかが課題であるとともにリスクではないかと考えます。また法律を始めとする社会的規制や社会的道徳に、企業を適合させてゆく必要があります。
(2009年3月期から内部統制報告書を年に一度開示必要)。

リスクマネジメントについては、以下のように指摘されています
 基本は抑制です。そしてそもそも持たないという選択に始まり、リスクについては保有したり、保険をかけたり、といった選択があります。
 まずリスクマネジメントは
  リスクの発見・認識
  リスクの測定・評価
  リスク管理手法の選択 の3段階からなるといいます。
 では具体的にどうするかですが、以下のように分けられるといいます。
  頻度高い・リスク量高い → 回避
  頻度高い・リスク量低い → 保険か保有
  頻度低い・リスク量高い → 保険(=リスクの移転)
  頻度低い・リスク量低い → 自己保有(=経費処理)
 関連して死亡事故発生確率と社会的受容との関係は以下のようだといわれています。
 発生頻度と社会的な受容・拒否
  1000分の1       → 拒否
  1万分の1       → 規制(交通事故レベル)
  100万分の1       → 選択(飛行機事故レベル)
  100万分の1未満     → 受容 

 このほか
 リスクコントロールの方法には
 回避・損失防止・損失削減・危険の分離、分散
 後述する内部牽制、内部統制を上げることもあります。

 また事業会社のケースでみると、事業の拡大(市場シェアの拡大 認知度の改善)、異分野への進出(今後の成長部門の確保 シナジー効果synergy effect
抱き合わせ販売 収益の安定)、原材料など素材部門への拡大、流通部門への拡大、などもリスク軽減になる場合がありますね。

1.リスクとデリバティブ
信用リスクcredit risk or default risk
 リスク管理には、慎重にリスクを抑制するという基本があります。取引相手が債務の支払いに応じてくれない信用リスクを最初に取り上げましょう。その基本は、怪しい企業や人と取引しないということですね。そのためには取引先の調査をして、慎重に取引を開始すること、与信限度を低く抑えることなどは基本になります。取引先の事業や住所での偏りを防いで、分散させるのも良いですね。そして最後は、モニタリング(監視)と回収遅延時の督促など回収のための努力があります。
償還期限前の保有資産を早めに売却して回収するのも、リスク管理になります。credit risk対策として近年注目されてきたのはcredit default swap:CDSという商品です。この顧客は代金(premium)を払うことで、債務者デフォルト時にCDSの売り手によって償還額を支払われることになります。
 しかしもし市場というものがリスクを正確に評価しているものなら、デフォルトリスクは、当該資産の収益に織り込まれていて超過収益となっているはずです。またプレミアムが正確なら、プレミアムを支払うと当該資産から得られる超過収益が消し飛んでしまうはずです。つまりこの例が示すように完全にリスクフリーな状態は、理論的にはリスクプレミアムといわれるものを放棄するのと同じ状態を意味します。

市場リスクmarket risk
 そして、いわゆる市場リスクの管理があります。企業の場合は、原材料の手配の問題や販売の問題もあります。が、そうした企業の経営戦略に属する問題は経営戦略論の専門書に譲ることにします(原材料量そのものを支配したり、市場を支配して価格コントロール力を上げることも有効です)。ここで問題にする市場リスクは、金利リスクや為替リスクなどへの対応です。
 為替リスクは1970年代に変動為替相場制度の時代に入って以降、課題になった面があります。金利リスクについても金利規制が外されから、対応が課題になってきました。これらのリスクはキャッシュフロ-に影響しますね。そのルートは資金調達の面と資金運用の面とがあります。
 たとえば海外との受払いが為替変動で、予定していた円では足りなくなる、想定していた円が入手できないと言う問題を考えましょう。受払いを円建てですることが一つの対策になります。しかしそれが相手の都合や商習慣からむつかしいときはどうするか。一般的には為替予約(ドル買い ドル売りの予約)を入れることで、
リスクをヘッジします。リスクの程度に応じて、予約する量を調節します。(なお通貨オプション取引も有効です)
 外国との取引は社内レートですでに記帳されています。これに対して為替予約を行いヘッジしておきます。期日が短いものはヘッジ比率を高くします(一般にヘッジコストは長期になると高くなります)。社内レートと実際との差額については、営業外損益で処理することになります。このほかのリスク対策としては、債権については債務をもち、債務については債権をもつことで相殺することが考えられます。後述するCMSにも為替リスク軽減効果があるとされています。
なおこうした手法の限界から、現地生産・現地調達比率を上げることも重視されています。リスクの抜本的軽減のためには、生産・調達のあり方の見直しという視点も実は重要です。
 つぎに金利リスクをみましょう。資金調達で考えます。市場金利が低下しますと、約定済みの固定金利支払いが市場金利に比べて割高になります。逆に市場金利が上昇しますと約定済みの変動金利支払いが市場金利に比べて割高になります。資金の運用では、市場金利の低下局面で逆に変動金利が不利に、市場金利の上昇局面で固定金利が不利になります。
 ではどうすればよいかですが、明らかなのは金利がどう動くかで変動金利・固定金利のどちらが有利かが変わるということですね。まず一般論としては事業収益が安定している場合は、固定金利調達比率を高くするべきだとされています。又逆に事業収益が不安定である場合は、変動金利調達比率を高くするべきだとされています。その基本の上で、資金調達する場合で整理しますと、固定金利での調達を細切れに繰り返し行うことは金利変動対策になります。金利が下がっても条件は見直されてゆきますね。それから、資産側に変動金利商品を抱えると、金利上昇局面で資産からの収益が増えることで、負担を相殺できます。(なお金利スワップ取引も有効です)。

2.資金コントロール能力の改善improvement of control ability for getting funds
 証券化やCMS: cash management systemなど、近年話題になった新たな金融手法は、結果として企業が、自らの資金をよりよく管理できる手法であるようにみえます。つまりリスク管理という大きな流れのなかに、これまでお話してきた、近年の金融手法は含まれると思われます。これらの手法が、融資を増やすことなく融資量の節約の手法であり、金融機関の手数料を増やす手法(金融機関にとってはリスク資産を増やさずに収入を増やす方法)であることはおもしろいですね。
 他方、CMSは企業の側から見ますと、企業内の資金のムダをなくして社内資金を活用することにつながっています。
  CMS cash management systemCMSの導入により企業は、企業内の資金を一箇所に集めて(資金の「見える化」だという人もいる)、グループ企業内で融通したり、あるいは送金を相殺するなどして資金の効率を高めています(借入や送金決済の相殺節約)。さらにCMSの発展には、融資枠(commitment line)契約がセットされていること(いざというときの借入の確保)が絡んでいるとの指摘があります。
 証券化については、金融の内製化produce or bring in houseが指摘される。つまり企業は、企業外の金融機関に依存しない資金調達手法を一つ確保したことになると。その意味で資産の証券化にしても、CMSにしても、企業にとって、資金調達面での自立性を高める手法、リスクコントロール(金融機関が貸さないあるいは貸せないときに自己対応能力の確保)の方法としてみることができます。証券化についてはもちろん、リスク資産の売却というリスク量のコントロール手段という面も語る必要があります。

3.自己資本の役割と節約の動機role of equity and a motive for saving
 発生したリスクに究極的に対処する手段として自己資本の役割を考えましょう。(銀行の自己資本比率規制)これはこれまでの財務管理論で重視されてきた議論でもあります。それをここで否定しているわけではありません。
 リスクに備えた自己資本の保有の意義は、まず事業リスク(不確実性)への備えにあります。しかし同時に生じた損失に備える役割も重要です。すなわち、保有資産価値の減少への備えです。
 すでにこの講義の冒頭にご説明したように、自己資本がこうした機能を果たせるのは、自己資本が残余利益あるいは残余損失の担い手であるからこそです。
 しかしこれは同時にリスクの負担ですから、自己資本を出している側にはその量を節約する強力な動機があります。
 他方、経営者の側には、経営者としての社内外の評価を得る上で、資産効率の改善にむけてやはり強力な動機が存在すると見るべきでしょう。


4.リスクマネジメントと新たな金融商品risk management and the new devices
企業のリスクマネジメントに役立つような金融商品が登場しています。その役割はどこにあるのかでしょうか、借入であれ、自己資本であれ、バランスシートをスリムにすること。リスクに備えて待機しているだけのお金をできるだけ圧縮することが狙いであるように思います。それは経営者の側の資産効率化や、自己資本の出し手の側の自己資本節約動機に合致しているといえます。
 たとえば以下のような手段があります。これらは待機させているだけのお金を節約することにつながるでしょう。
  コンティンジェント・クレジットライン
  コンティンジェント・キャピタル
  プットオプションの購入

5.オペレーショナルリスクと内部統制operational risk and internal control
 つぎに最近注目されるオペレーショナルリスクを検討したい。環境問題や企業不祥事事件を検討すれば明らかなように、企業は、オペレーションの失敗によってしばしば存続の危機に立たされる。しかしここまで述べてきたリスクとオペレーショナルリスクは無関係でもない。次に問題にする内部統制もそうだが、ここまで述べたきたリスクと無関係ではない。ここまで述べたきたリスクを組織としていかに管理するかは、オペレーション(組織運営)operationの問題でもあるし、内部統制internal controlの問題でもある。
 リスク管理risk managementといったときに、内部統制の議論が念頭に置かれることが増えている。まず問題にされるのは、「コンプライアンス=法律遵守compliance」「情報セキュリティinformation security」「事業の継続性business continuity」の3つですが、内容をみてゆくといろいろなリスク問題がそこには入っています。
 このうち事業の継続性のうち「存続リスク」については、2003年3月期から上場企業については、有価証券報告書や決算短信などでの開示が求められるようになった。具体的には売上高の急激な減少、継続的な損失の計上、債務超過など存続に関わるリスクが見られたときに「継続企業の前提(ゴーイングコンサーン)に関する注記」に記載するというもの。しかし何を開示するかは監査にあたる公認会計士の判断によるところが大きく企業側に大きな不満が生じていた。2009年度からは確実な対応策がある場合は、「事業等のリスク」に記載し、企業が対応してもリスクを解消できない場合だけ事業継続リスクとして「継続企業の前提に関する注記」に記載されることになった。
内部統制ルールの導入では、リスクを洗い出し、社内のリスク管理体制を整備してその有効性を自己点検して年1回内部統制報告書を作成することが求められる。また会計監査人はこれをさらに評価することになる。上場企業に対しては、金融商品取引法により2009年3月期より、このような自己点検の体制が求められるようになった。また金融商品取引法により2009年6月から、金融機関は、法人顧客について非公開情報についてオプトアウト(不同意の意思表示がない限り、事前の同意なく顧客情報を金融グループ内で共有すること なおオプトインとは事前の同意の必要を意味します)を認められた反面、利益相反管理体制の構築を求められるようになりました。
 利益相反という顧客利益に反する行為を防止するために、顧客に対する事実の開示、情報の遮断(問題のある取引部門間でのチャイニーズ・ウオールの構築など)、取引方法の変更(取引におけるアームズ・レングズ・ルールの採用など)、あるいは片方の取引の停止が考えられます。

補論:新たな保険商品と企業のリスク管理
 保険を使った企業リスク管理はこれまでもありました。ただ様々な新たな保険商品が登場して、様相が変化してきていることもありますので、新たな保険商品についての知識をまとめておきましょう。
 まず保険という商品が成立するには幾つかの要素が必要です。対象とする事象がある統計学的確率で起こるということでしょう。よく大数の法則と正規分布によって保険という商品は成り立つという言い方があります。また発生が確実なリスクはタイミングリスクへの対応だともいえます。こうしたその備えのためのキャッシュフローを保険会社に支払ってリスクも外部に移転するのが通常の保険。
 しかし保険の考え方を自己資本に応用すると、キャプティブ(ある企業に専属した保険会社 その本質は保険料とリスクをともに保有している点にあります。)や自家保険(準備金で処理するなど・・・無税処理ができないという限界)があります。
 これまでの保険は、リスクの引き受けという意味で企業からみればリスクの保険会社への移転手段でした。これに対して新しい保険として、上記のキャプティブや以下のファイナイトが登場しています。キャプティブではリスクはその企業に保有されたまま。ファイナイトは保有と移転の中間(リスクの分担あるいは分有)にあたる。つまりリスクを移転するのか、分有するのか、保有するのか。選択肢が提示されるようになったわけです。
 またタイミングリスクに限定した保険も登場しています。すなわち発生は確実だが時期はわからないリスクに対して純粋にタイミングリスクの分散として保険を考えることも始まりました。この考え方では保険料を時間的に分散させます。これをスプレッドロスといいます。リスクに備えて積み立てを行うという考え方は、これまでも存在したわけですが、それを改めてタイミングリスクに対応した保険として考えようとというものです。
 同じ考え方ですが、保険料を後払いするものをポストロスファンディング:レトロスペクティブ・プラン(保険料をできるだけ後払いする CFを先に確保してその収益を確保するというもの)といいます。
 ファイナイト(finite:伝統的保険と自家保険の組み合わせ 保険の支払い額を年間あたりで抑えるなど保険会社のリスク負担を抑制。リスクを保険会社と分担する仕組みのもの)
 さらに証券化も保険の新たな領域に貢献しています。証券化により資本市場の資金を活用することで、巨大なリスクへの対応が可能になりました。大災害リスクは、これまで引き受け保険会社のキャパシティの限界から引き受けがむつかしかったのですが、証券化の手法を利用して資本市場の資金の活用の道を開くことで、従来保険の対象とならなかったリスクを保険対象に含めることが可能になったとされています。具体的には、地震が発生するとその規模で償還額が減額される仕組みの地震リンク債を発行します。その減額分を保険に回すというものです。これをキャットボンド(catastorophy bonds)と呼びます。これを購入する投資家は、いろいろな投資と組み合わせることでこのような債券を引き受けることができます。
 このような災害リスクを、オプション取引の対象として取引することも、資本市場からの資金の動員となる。
 投資家の側からは、このような商品は、伝統的な株式や金利動向とは異なったリスクとなることからリスク分散のひとつとして投資対象となります。これまでの保険は、損失額を補てんする「実質補てん」という考え方をベースにしてきましたが、災害リスクに対応した保険の中には、実質補てんから切り離した保険商品も登場しています。その典型は天候デリバティブです。これはある事実が発生すると、損失の発生とは無関係に保険金が支払われるものです。天候デリバは、すでに述べたCAT bond(catastrophy bond)を逆転させたものだともいえます。CAT bondではトリガーイベントがない限り利子(リスクプレミアム)が支払われる代わりに、イベントが発生すると元本の全部または一部が、損失補てんに充当されていました。(参照 市川雅一「企業のリスクファイナンスと金融機関」『金融財政事情』05-10-17, 39-40)。
 このような保険商品の展開は企業のリスク管理に活用され始めています。

Written by Hiroshi Fukumitsu. You may not copy, reproduce or post without obtaining the prior consent of the author.
originally appeared in July 10, 2009.
Corrected and reposted in Sept.5, 2009.
 
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