「結果は、過程を肯定する」といういやな言葉がある。
チエ子さん(現78歳)は、マクガバンのファインダー越しに白内障を患ったと思われる右目を晒しながらも気丈な面影を残していた。
イカリシンジ14歳。
チエ子さん当時14歳。
奇しくも。
「大義名分」=「結果は、過程を肯定する」
エノラゲイに乗ったパイロット。
現代人。
個人の感情は「大義名分」により肯定され、傷跡を残す。
面影は今も変わらず、大儀に否定を投げかける。
機上から見下ろす景色は名分を翻弄し、大義によって破壊され現在に至る。
個人の名分は大義により否定され、子(個)に影を落とした。
その影を見つめるべく現代人は、またしても大義により翻弄されている。
8月は広島へ、長崎へ。
そして人間の真の名分に耳を傾ける。
その時、大儀の意味を知り、悩み、心の名分を知る。
それが日本人の被爆国の進む道しるべとなることを大儀とし指針とする。
大儀に忠誠を誓いつつ、名分に走る先導者の愚かな背中。
その背中に未来はない。
その影に理想などない。
大儀とは真の忠誠なる名分の集合体。
大儀あってこその名分。
政治は真の大儀を謳い、湧き上がる名分に耳を傾ける。
「大義名分」真の意味。
我々の踏み出す足元に、何があるのか・・・
踏み出す先に見える景色は何なのか・・・
まずは、踏み出す前に広島へ、長崎へ・・・