Good Life, Good Economy

自己流経済学再入門、その他もろもろ

出でよ、セザンヌ型イノベーター

2010-08-30 | Weblog
前回(といっても1ヶ月以上前ですが)のエントリーで取り上げたダニエル・ピンクの「モチベーション3.0」には多くの心理学者、経済学者の先行研究への言及がありますが、中でも興味を惹いたのはデイヴィッド・ガレンソンについてでした。

「.....19世紀のフランスの画家、ポール・セザンヌについてご存じだろうか。.....不朽の名作と言われる作品の大半は,彼の晩年に描かれた。芸術家の生涯について研究しているシカゴ大学の経済学者デイヴィッド・ガレンソンによれば、これはセザンヌが生涯一貫して自分の最高作品を描こうとしていたからだという。」(同書p.181)

芸術家の生涯について研究している経済学者?

何とも不思議かつ魅力的な取り合わせではありませんか。

というわけで、David W.Galenson, Old Masters and Young Geniuses: The Two Life Cycles of Artistic Creativity を読んでみました(「モチベーション3.0」で引用されているのはPainting outside the Lines: Patterns of Creativity in Modern Artですが、まぁ、そこは大目にみていただいて)。

本書の主張は、「芸術家には、試行錯誤を繰り返しながら徐々に自分のスタイルを確立し、年齢を重ねてから代表的な業績を残す実験派イノベーターexperimental innovatorと、若いうちに新しいアイディアを打ち出し、ブレイクスルーを起こすコンセプト派イノベーターconceptual innovatorという、まったく異なる2つのタイプが存在する」というものです。前者の代表がポール・セザンヌ、後者の代表がパブロ・ピカソとされます。

そして、セザンヌとピカソの作風の違いを端的に表す言葉が

I seek in painting. (セザンヌ)

I don't seek; I find. (ピカソ)

です。これは、2つの創造性のあり方を見事に言い当てています。

ガレンソンによれば、実験派に属する画家にはピサロ、ドガ、カンディンスキー、ジョージア・オキーフらがおり、コンセプト派にはムンク、ドラン、ブラック、キリコらがいます。これらは厳密な計量分析に基づくものではなく、ガレンソンは(1)作品価格のピーク年齢、(2)美術の教科書に掲載された作品数、(3)回顧展での展示作品数、(4)美術館のコレクションに占める作品の割合等の数値を傍証とし、画家をどちらかのタイプに分類しています。

実証分析の不完全さを指摘することは容易かもしれませんが、芸術家に2つのタイプが存在するという主張は直感的にも首肯できます。ちなみに小説家でいえば、実験派はディケンズ、ヘンリー・ジェイムズ、マーク・トゥエイン、ヴァージニア・ウルフ、コンセプト派はフィッツジェラルド、ヘミングウェイ、ジェイムズ・ジョイス、メルヴィルとなります。これなどは、さもありなん、という感じではないでしょうか。

などと考えていたら、9月1日付のニューズウィーク日本版にもガレンソンが引用されていました。記事のタイトルは「ベンチャーの主役は中高年の起業家!」(原題:The Golden Age of Innovation)。この記事によれば、(1)平均的なハイテク起業家は家族持ちの40代のエンジニアかビジネスマンであり、(2)起業時の年齢が高ければ高いほど成功率も高い、とされます。「技術革新で成功する人は若くて大胆で、天才的な頭脳の持ち主」という既成のイメージは修正されるべきなのです。

しかし、世の中には中高年の生産性や革新性は若者に劣るという「神話」が流布しています。ガレンソンによれば、その理由はこうです - セザンヌやダーウィンに代表される実験派の創造力は、ピカソやアインシュタインのようなコンセプト派創造力に比べ、より奥が深いものの、未完成に終わることが多い。それが中高年の才能が冷遇される一因となっている。

しかし、いまや70歳総現役時代が現実となる時期が目前に迫っています。セザンヌには及びもつかぬとしても、実験派アプローチで後半生をより実りあるものにしようという意気込みが求められているのではないでしょうか。