家族の入院しているこの病院では、手術をするときに、成人の家族が一名、待合室で付き添いをする決まりです。
付き添いは万一のことがあった時のための備えであり、家族「一名限定」は、コロナ感染対策のために、病院に新しく加わった規則なのだそうです。付き添いの待合室は、コロナで使われなくなった患者さん用の食堂です。
2時間半はかかるという手術を待合室で過ごせるように、病院までの道すがら、原田マハ著『本日は、お日柄もよく』(徳間文庫)を買いました。書店で帯に書かれた「勇気をもらえて泣ける本 No.1」というシンプルなコピーに目がとまったからです。
いや、端的に勇気だけが欲しかったのです。泣き顔を見せるわけにはいかないのですから。
小説は平凡なOLが、ひょんなことから「スピーチ・ライター」という仕事に出会い、言葉の持つ力に引き込まれながら、成長してゆくビルドゥングス・ロマンです。本編375頁の長編にもかかわらず、グイグイと引き込まれ半ばまで読んだところで、「手術が終わった」という連絡が来ました。
執刀医の説明を聞いたあと、再び待合室で待機していると、麻酔の覚めた家族が搬送用ベッドに乗せられて病室フロアに上がってきて、手を握って少しだけ言葉を交わしました。病室にも入れないので、そのまま家に帰ったあと、本の続きを読みました。
そこにこんな文章を見つけました。
困難に向かい合ったとき、もうだめだ、と思ったとき、想像してみるといい。
三時間後の君、涙がとまっている。二十四時間後の君、涙は乾いている。二日後の君、顔を上げている。三日後の君、歩き出している。
どうだい? そんなに難しいことじゃないだろ? だって人間は、そういうふうにできているんだ。(前掲書 332頁)
これは、今まさにこの瞬間に向けられた言葉ではないか、と思いました。
言葉の力。想像せよとうながす力。あなたは大丈夫と「大丈夫」を無理にも作ってしまう力。
「ありがとう」という何気ない言葉を発することは「施し」なのだと、ついこのあいだ自分自身が書きつけたことではなかったか。
持ち込んだ本から「施し」を受けてみて、改めて言葉の力というものを思いました。